かにクリームコロッケとわたし

 午前11時40分。幾千ものかにの死骸を従えた私は、かに達からすると悪魔にでも見えるだろうか。裁判にでもかけられたら、おそらく2秒と経たずに死刑宣告がされるだろう。それほどまでに、私の回りは原型を無くしたかに達の屍で埋め尽くされていた。

 しかし、その裁判で私は言うだろう。断じて私は殺していない。私は彼らを納棺しているだけであり、殺しの首謀者は別にいる、と。

 納棺という表現の正否はともかくとして、本当に私は彼らを殺してなどいないし、その部分については間違いなく正当な言い分ではあるのだが、果たして彼らは聞く耳を持ってくれるだろうか。

 仮に幾千もの人の死骸の上に化け物が立っていて、そいつが私はやっていない、ただ埋葬しようとしているのだなどとほざいたとして、それに耳を傾ける人類はいないだろう。絶対に軍隊がやってきて射殺されるのがオチである。それか軍隊では歯が立たず、スーパーヒーローとの激闘が繰り広げられる可能性もあるが、いずれにせよ化け物の意見には誰も耳を傾けようとせず、2時間で敗北してエンドロールだ。その上、席を立った観客達の話題は、ヒーローとヒロインのキスシーン。人の心が無い化け物はどちらであるか。

 そう考えると、彼らは裁判を開いてくれているだけ、人類より幾分か人道的である気がしてくるではないか。それが例え2秒で終わるものであっても、死刑以外の結論があり得ない形式的なものであっても、きっちりと形式に則って正当な手筈を踏む彼らに、私はおもわず脱帽した(本当に脱帽してしまうと工場長に怒られてしまうので、もちろん心の中で、の話であるが)。

 とはいえ、感心したままで呆けていては、ギロチンにかけられてジエンドである。どうにかしてこの裁判を2秒で終わらせず、無罪を勝ち取る必要がある。

 無実の罪を晴らすには、真犯人を連れてくるのが手っ取り早い。彼らの大量殺戮、その首謀者がだれか。それを示すことができれば、わたしの罪が晴れるのは自明である。

 さて、それは誰なのか。結論はすぐに出た。漁師である。

 しかし、では漁師を連れてこよう、では終われないと言うことも、私は既に気づいていた。世の中のたいていの問題は、結論が出た、イコール解決、では無いのである。

 まず、漁師を生業としている人間がどれほどいるか。いくら日本で第1次産業のボリュームが小さくなっているとは言え、食糧確保に必須な部門であることに変わりは無いのだから、相当な数いらっしゃることは想像に難くない。ましてや、ここにあるかにが日本で捕られたものだとは限らない。そうなると、世界にまで視野を広げる必要があるのだ。この広い世界の中から、この狭い工場に運ばれてきたかにを捕った漁師が誰かを特定するなど、およそ素人のできる範疇では無いのである。私ははじめて、Twitterの特定班の能力をうらやましく思った。

 自分が特定班に加わり、漁師の居所を突き止める妄想、もといシミュレーションを一通り終えたところで、私はさらなる壁の存在に気づかされた。

 それは、本当に漁師を首謀者としてつるし上げていいのか、ということである。彼らはなぜかにを捕まえるのか。自分でその蟹を食らうのだろうか。否、自分で食べていないからこそ、今わたしの回りにかにの死骸が存在しているのだ。

 そう、彼らは自らの意思でかにを殺しているわけではない。彼らの後ろには巨大な組織がある。いわば彼らは、雇われの殺し屋なのである。つまり、漁師をつるし上げたとしても、所詮それはトカゲのしっぽ切りにしかならないということであり、つぶすべきは、後ろに隠れている、組織だ。

 と言うかそもそもその組織は何のためにそんな殺戮をさせているというのだろう。金になるのかも知れないが、命をなんだと思っているのか。

 生まれて初めて私の中の正義感がほとばしった。こんなことをしている場合では無い。今すぐこの悪を暴くため、動き出さねば…!


「はい、一度昼休憩はいりまーす。お弁当用意してありますので、良ければ皆さん召し上がってくださいね。」

 ……。

 工場で正義感に駆られたところで飯は食えない。冷え切った正義感を置き去りに、弁当を手に取る。日替わりで支給される弁当は、この工場で製作されているもので、地味に高級なものである。社会の底辺であるわたしにとっては中々の楽しみだ。

 単純作業ですさんだ心を躍らせ、いざ箱を開ける。

 刹那。よく見た景色、納棺していたかに達。気づき。組織の殺戮の目的、それは我々消費者。つまり、わたしはこれまで、大量殺戮の片棒を担いでいた張本人。裁判でギロチンに駆けられて当然の存在。いや、待ってください、わたしは今この殺戮を目の当たりにして、正義感を燃やしている善良な人間なのです。情状酌量の余地があるでしょう。え、その正義感はさっき冷え切って置き去りにしたじゃないかって?いやだなあ、そんなの一旦おいただけで休憩が終わったらもう一度ひろうつもりでしたよ。当然でしょう。善良なのだから。ええ、そうでしょう。

 なんとかギロチンは避けられないかと、有る事無い事口走る。

 しかし、正義感を披露と言ってしまった以上、かにを食べる権利などあろうか。いや、ない。

  昼休みを終え、かにクリームコロッケを食べる権利を失うことになった私は、二度と工場には来ないことを誓いながら、ただひたすらに納棺を続けた。

 とまあ、適当なことを考えた午前中。残り5時間。次は何を考えれば良いんだろう。


(労働は中々終わらないけど)おわり

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