07.「好きか嫌いかと言われたら、好きではないな」


ここは大聖堂の中。


聖女様の私室の前の扉を左右に挟んで、俺とイリスが壁に背を預けている。


他人から見たら衛兵にでも見えるだろうか。


だけど、教会の人間というには俺もイリスも冒険者然としすぎているかもしれない。


冒険者は基本的に動きやすい装備を好む。


夜営をすることもあれば金属鎧は邪魔だし、そもそも金属を加工しただけの鎧では魔物の攻撃を満足に防ぐことも難しいからだ。


魔術的な効果を付与させた鎧ならその限りではないが、そっちは作り手も限られる希少品だしな。


まあそもそも、人相が教会の人間としては無理がある、と誰かに聞かれていたら突っ込まれたかもしれないけど。


そんな俺とイリスが待つ部屋の中の聖女様は未だに出てくる気配はなし。


同じく修道服を着た女性が水の入った桶を持ってきたのでおそらく体を拭いているんだろう。


その女性はすぐに出て来てどこかに行ってしまったが、まだ聖女様からは声はかからない。


もう帰っていいんじゃねえかな、どうせあっちから勝手に会いに来るんだし。


とはいえ、ここまで来るのを提案したのは俺なので若干帰りづらい。


不評をかえば面倒なことになるのは既に体験済みだ。


……、師匠なら間違いなく帰るな。


あの人は、なんなら会話してる最中にも気付いたらいなくなってるし、待ち合わせしても三回に二回はちゃんと来ないからな。


俺もあれくらい自由に生きられるようになりたい。


いややっぱりなりたくない。


あれくらい図太くなると知らない間に恨みとかかってそうで嫌だ。


やっぱり人間程々が一番だな。


そんなことを考えながら待っていると、同じように時間をもて余しているイリスが話しかけてくる。


「ビダンは、ティアナのことをどう思ってるの?」


いつの間に名前呼びになってるんだ?


少なくとも、俺の前では二人が会話しているのを見た記憶はない。


そしてイリスは自己紹介もしていない相手を名前で呼ぶような距離感で人付き合いするような人間でもない。


だったら、なにかあったのは昨日のことか。


二人きりで残しても打ち解けたりはしないだろうなと考えていたが予想が外れたようだ。


まあべむに二人が親しくなっても困りはしないんだが。


そんなことを思いつつも、表情には出さずに質問に答える。


「どうって?」


「好きなの?」


「好きか嫌いかと言われたら、好きではないな」


第一に、相手をするのが面倒くさい。


第二に、聖女という役割が好きではない。


第三に、好意を持つ理由がない。


そもそも、そんな質問をされることの方が不思議なくらいの評価だった。


「そう」


自分から聞いてきたくせに、イリスが興味無さそうに答える。


いったいなんなんだ。


それきりしばらくの沈黙が流れると、部屋の中から声が聞こえる。


「ビダン様、入って来ていただいてよろしいですか?」


「どうした?」


扉を開けて中に入る。


そこには、布で申し訳程度に体を隠した聖女様の姿があった。


そのまま扉を閉じて、元の位置に戻ろうとすると、その前に今度は中から扉が開いた。


めんどくせえ……。


もうここから予想される一連のやり取りが全て面倒くさかった。


待ってる間に帰ればよかったとかなり本気気味に後悔する。


しかしそんな俺の思いを無視して聖女様は姿を現す。


「どうかなさいましたか?」


「なんで全裸だ」


「全裸ではありませんよ?」


布で前を隠したのは服を着ているとは言わねえ。


「そもそもなんで服を着てないのかって聞いているんだが」


「修道服の替えがなかったので、先ほどの者を呼んできていただけませんか?」


それだけなら中に呼ぶ必要もなかったろ。


そもそもイリスも一緒にいた訳だしそっちを呼べよ、と思っているとそのイリスがようやく口を開く。


「いつまで見てるのよっ!」


後頭部を叩かれて、しかしスキルが衝撃を阻む。


つーか、悪いのは俺じゃないだろ……。


そんな心の中の抗弁を無視して、叩いても効かない俺に腕を伸ばして目を隠す。


前が見えねえ。


いや、見えねえのはいいけどそのまま後ろに引っ張るのはヤメロ。


歩きづらいってレベルじゃねえ。


今度は実際に口に出して抗議したが、もちろん無視されて廊下に放り出される。


そしてイリスだけ部屋の中に戻り、なにやら抗議する声が聞こえた。


擬音で言えばガミガミって感じだ。


まあ聖女様には文句を言っても大して意味ないだろうけど、と諦めてしまう自分が悲しい。


やがて声が止み、出てきたイリスも若干の諦めムードだった。


「とりあえず、さっきの人を呼びに行くわよ」


イリスが行き先を決めるなんて珍しい。


なんて思いつつも、異論はないので先に歩き出したイリスのあとを歩く。


予めいる場所を聞いていたようで、すぐに見つかった女性に事情を話すと、衣装が全て洗濯していて、用意するには時間がかかるという。


別に他の人が着ている服を借りればいいのではと思ったのだが、聖女様だけあって、人前に出るには決まった正装があるらしい。


まああの服、見るからに特別な物だしな。


簡単に言えば凄い高そう。


仕方がないので、聖女様の部屋の前まで戻ってその話を伝えた。


「そうでしたか。それでは仕方がありませんね」


まあ元はといえば聖女様が服を汚して帰ってきたせいだしな。


それが不可抗力だったとはいえ。


「ビダン様、お願いがあります」


「断る」


「そう言わずに」


「断る」


「聞いていただけないなら、今すぐここから出ますよ」


どんな脅しだ。


「それで用件はなんだ」


聞くと、夕食に招待したいので日が落ちたらもう一度聖堂を訪れてほしいという。


教会で食事なんてごめん被りたいと思ったが、まあ例によって俺に拒否権はなかった。


「一回帰るぞ」


もうここに用はないので、イリスに告げて外へ出る。


しかし、こんなに簡単に部外者が出入りできて大丈夫なのか。


そんな俺の疑問はすぐに回収されることになる。




夕刻になって、再び聖堂へ向かうと中で今日三度目の、付き人の女性との再開を果たす。


「ティアナ様が、誘拐されましたっ!」


大丈夫じゃなかった。

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