08.「散歩してたら偶然見つけてな」

完全に日が落ちて、闇に包まれた森の中を複数の影が進む。


野盗が十人ほどで前後を囲み、連れていくのは後ろ手に枷をはめられた聖女の姿。


誘拐犯たちとその被害者だ。


「お頭ァ、この聖女様拐ったあとどうするんですかァ?」


「依頼人の前まで連れてこいって依頼だ。前金も貰ってるし、仕事は最後までやってやるさ。まあ、その依頼が終わったあとどうなるかはわからねえがな」


「ヘヘッ、そりゃ楽しみですねェ」


呑気に雑談する野盗は追っ手がかかるなどとは微塵にも考えていないのだろう。


実際、誘拐に使った隠し通路はまるで迷路のようになっており、更に出口が複数箇所にあるので追跡するのは不可能に近い。


その隠し通路自体も依頼人からの情報で、その存在と正しい道順を知る者自体が限られたごく一部の人間だけなのだ。


しかし、追うのが不可能であることと捕まえるのが不可能であることはイコールではなかった。


月の明かりも届かない木々の間をくぐる人影のうち、最後尾を歩いていた一人が短く呻き声をあげてその場に倒れる。


「おい、どうした」


白目を向いて失神している男に驚いて叫ぶ。


「て、敵だっ!」


言うとと同時に、聖女様の左右を固めていた男たちが同時に倒れた。


そして、俺は聖女様を抱き抱えて、その一団の外側に着地する。


「無事か?」


腕の中の彼女に問うと、不思議そうに、しかしそれを口には出さずに短く答える。


「はい」


少なくとも外傷は無いようだ。


洗濯されたばかりの修道服にも汚れもない。


金属の手枷が不自由そうだけどそれくらいで、まあそれはもうちょっと辛抱してもらおう。


「ビダン様、なぜここに?」


それはどうやって追いかけてきたのかという質問か、どうして追いかけてきたのかという質問か。


どちらにしろ見上げる聖女様の視線と一緒に無視しておいた。


「散歩してたら偶然見つけてな」


完全に嘘だったが、まあそんなことはどうでもいい。


「こいつらは?」


知り合いか?との質問に、聖女様が頭を左右に振って否定する。


まあ知ってたけど、一応の確認だ。


斬ったあとに斬ってはいけない人間だったと言われても困るからな。


そんなやり取りの合間に、横から飛び掛かってきた男を蹴って叩き返す。


両腕がふさがっていて動きづらいんだから配慮してほしいところなんだが野盗にそんな事を言っても無駄なだけか。


後ろの木に叩きつけられて地面に落ちる手下を無視して、集団の頭目らしい男が声をあげた。


「ナニモンだぁ!?」


野盗とはその殆どがギルドに入らず街の外で暮らし、犯罪行為をして生きている。


神が実在する世界でわざわざ進んで盗み殺しを生業にするなんて、よっぽどの理由があるかただの考えなしの馬鹿か、まあ後者だろうな。


直接的な神罰が下るわけではなくても、神とその教えは抑止には十分な認知を得ているのだから。


その姿を見ればおおよその実力もわかる。


おそらく高くてBランク程度だろう。


周りの手下も推定Cランク。


四人倒したから残りは六人。


実力的にも人数的にも大した驚異じゃない。


聖女様の証言と救出したという事実があれば、全員殺しても罪には問われないだろう。


あとのことを考えても、それが一番面倒がない。


そう考えて聖女様を地面に下ろすと同時に剣を抜くと、声が響いた。


「お待ちください!」


その制止の声を機と見て、飛び掛かってきた野盗三人の短剣を砕いてそのまま殴り飛ばす。


斬らなかったのは聖女様に止められたから。


一般人なら死んでもおかしくない威力で殴ったが、仮にもCランク冒険者に相当するくらいの力があれば重症で済むだろう。


それでもまだ退く気配のない野盗たちとの睨み合いになる。


実力差は明白だろうになぜ逃げないのか。


理解に苦しみながらも内心でため息を吐いて、懐から魔石を取り出して上空に投げる。


それが、ぱっと輝くとまるで昼になったように周囲を照らした。


これで、かなりの距離から見ても一目でここの異変がわかる。


まあ他に追手がいるわけでもないのでハッタリなんだが。


流石にこの状況でもまだ誘拐を続行するのは難しいと判断したのか、野盗たちがサッと身を翻して森の中へ消えた。


おい、倒れてるの持っていかないのかよ。


薄情なやつらだ。


まあ、野盗なんてそんなものか。


やっぱり全員死体にした方が世の中のためだったんじゃねえかな、と思いつつ聖女様を見る。


「どうして止めた?」


「貴方に人を殺させる訳にはいきません」


「今更だな」


今更、人を殺すことに何かを思うほど平和な人生を歩いてはいない。


「それでも、自分のために殺めるのと他人のために殺めるのは違うでしょう?」


背負う責任が自分にあるか他人にあるか、確かにその違いは重要だ。


冒険者なんてやっていれば尚更。


俺が無言で剣を鞘に納めると、木の影からイリスが姿を現す。


「終わったみたいね」


「イリス様も……、なぜここに?」


一度はぐらかされた質問をもう一度聖女様が問う。


「誘拐されたと教会の人間に聞いてな、ここまで追ってきたわけだ」


言いながら、聖女様の後ろに回って手枷を聖剣で斬り落とす。


「ですが、どうしてここが?」


聖女様が誘拐されたのは聖堂からこの森に繋がる秘密通路を使って。


更にそこから灯りも使わずに移動させられた聖女様を追跡するのは困難だろう。


ただし、森で不審な企みをしている野盗と、その拠点の位置を事前に知っていれば話は別だった。


「ではビダン様は事前に調査をしていたのですね?」


「調査の目的は別件だがな」


聖女様をわざわざ助けに来たのも、慈善活動ではなくその別件の絡み。


「その別件とは?」


聞かれて、答える前に、轟音が響いた。

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