12.「だって言ったら、決心が鈍るもの」

夢の中で、過去の記憶を見ている。


「危なっ」


叫んだアリスが焚き火に前屈みになり、上衣の襟から溢れて火に触れそうになったペンダントを慌てて押さえる。


野宿の最中で俺は見張り。


サンとジャックは向こうで寝ていて、何故かアリスが起きている。


とっくに日が暮れていて、焚き火以外に光源はなく、周囲の木々の先は闇に包まれ、月明かりも遮られて届かない。


とはいえこの辺りは比較的平和なので、特別警戒する必要もないけれど。


「お前も早く寝ろよ」


「もう少ししたらね」


焚き火を挟んで座り言葉を交わす。


このやり取りをしたのは何度目だろうか。


特に用事があるわけでも無さそうなのにアリスは俺の前から動こうとはとしない。


「そのペンダント、前買ってたやつか?」


それは前に道具屋でアリスが見ていたものと同じ形をしている。


金属の中央に白く濁った石が埋まっているが、おそらく宝石の類ではないだろう。


たしか金額もそんなにしなかったはずだ。


「うん、大切な人に会えるペンダントだって」


それは嘘だろ。


そもそも、その効果を聞いてもどんな魔術が刻まれてるのかさっぱりからねぇし。


「ビダンが迷子になったら、これで探してあげる」


「迷子になるとしてもお前の方だろ」


自慢じゃないが俺は師匠に鍛えられて地獄を見てから、方向感覚に自信がある。


一度通った道は忘れないし、森の中をさまよったあとでも方角を正確に把握できる。


「いいじゃない、たまには迷子になっても」


「訳がわからんことを言うな」


まあそもそも、そんな効果もないだろうけどな。


「ところでギルド証は?」


「荷物の中」


「おいおい」


ギルド証はその利便性の代わりに、紛失すると至極面倒なことになる。


具体的に言うと再発行に際した煩雑な手続き、紛失によるペナルティ、最悪の場合冒険者としての資格剥奪だ。


悪用はできないけど、まず物自体が貴重品だからな。


高ランクなら尚更で、中央に埋め込まれている魔石だけで価値にしたら結構なものになるだろう。


なので大抵の冒険者が首から下げているのにはそういう理由もある。


そのギルド証をアリスが荷物をゴソゴソと漁って取り出した。


俺と同じAランクの意匠の物だ。


「ランクが上がると豪華になるのはいいけど、純粋に邪魔よね」


それはまあわかる。


アリスは治癒師だからまだマシだろうが、戦闘で激しく動き回る俺なんかは剣を振る度に邪魔になるんだよな。


まあ我慢できないほどじゃないし、やっぱり身に着けておく利便性の方が上なんだけど。


「邪魔なのはわかるけど、無くさないように着けとけよ」


言うとアリスが何かを思い付いた顔をして、俺は面倒事の予感を覚える。


「ビダンが着けて」


「やだよめんどくせえ」


「じゃあ着けない」


宣言して焚き火の上を越えて放られたギルド証をキャッチする。


無くすなっつってんのに扱い雑すぎ!


しかし、ここで放り返してもキャッチされずに地面に落ちる未来が見えるし、変に跳ね返って焚き火にジャストインしたら大事である。


結局、話題にした時点で俺の負けだったな。


諦めて腰をあげて焚き火を回ってアリスの後ろに立つ。


チェーンの長さ的にそのまま頭を通してもいいんだけど、絶対に納得しないだろうな、ということで留め具を外すと、アリスが自分の後ろ髪を纏めて持ち上げる。


黒髪の下から現れた白い首筋が、焚き火に薄っすらと照らされて闇に浮かぶ。


「早く」


「はいはい」


腕を回して先につけていたペンダントの紐と絡まないように気をつけてチェーンを留める。


「んっ……」


うなじに指が触れて、アリスが小さく声を漏らした。


「これでいいか?」


「うん、ありがと」


アリスが髪を下ろして首筋が隠れ、そのまま俺が元の場所にに戻ろうとすると、背中越しに声をかけられる。


「ねえ、ビダン」


「断る」


「まだなにも言ってないじゃない」


「どうせ面倒事だろ」


「よくわかるわね」


面倒な頼み事をする時に相手の顔を見ないのはアリスの癖だ。


そしてその癖は主に俺に向けて使われる。


「ちっとは長い付き合いだからな」


俺の言葉にアリスが気配で薄く笑って、だけど話題を続ける。


「もし私に何かあったら、イリスをお願い」


「だから断るって言ってるだろうが」


「あとね、魔王討伐が終わったら伝えたいことがあるの」


「今言えよ」


「それはだめ」


「なんでだよ」


「だって言ったら、決心が鈍るもの」


「そんな決心捨てちまえ」


それは珍しく俺の心からの本音だったが、それが受け入れられないことはわかっていた。


それこそ長い付き合いだから。


そんな俺の気持ちも伝わっているだろう。


振り向いて、アリスがなにも言わず、困ったように、そして寂しそうに笑う。


もうあまり時間は残っていない。


俺のまだAランクのギルド証をアリスが腕を伸ばして指で撫でると、冷たい金属の感触が胸に触れた。




目を覚ます。


目蓋を開けると伏せた視線のすぐ目の前に、白銀の刃が月明かりを反射して輝いている。


胸に生まれた冷たい金属の感触。


馬車の旅の途中、一泊の野宿で俺は木に背を預けて眠っていた。


他の乗客も各々別の場所で眠りについているだろう。


この聖剣を突きつけている相手を除いて。


「残念だが、テスタメントは契約者にしかその力を発揮しない」


SSSランクの武器なら俺の<<絶対守護>>を当然に破ることができるが、それは正式な使い手が振るった場合の話。


「自分のランクが足りないなら武器に頼る、その発想はよかったけどな」


視線を上げてテスタメントの刀身を掴むと、抵抗もなくイリスの手から柄が抜けた。


それを鞘に仕舞ってもう一度寝ようとすると、イリスが叫ぶ。


「どうしてなにもしないのよっ!」


人を殺しに来ておいて、もしかして止めてほしいのだろうか。


家族を侮辱されたイリスが俺を殺そうとする。


俺はそれを止める気がない。


俺の中ではそれで完結してる話。


少なくとも俺は、イリスを慰めるようなつもりはない。


とはいえそんな俺の心の中の意見は、当然のようにイリスには伝わらない。


「どうしました?」


イリスの叫び声を聞いてきたんだろう。


御者兼馬車旅の責任者が馬車の方から現れた。


「なんでもない」


と言ってもこの険悪そうな二人組は客観的にどう見てもなんでもなくない。


しかし説明するのも納得してもらうのも面倒だった。


「ですが、」


言いかける御者に金貨を何枚か握らせる。


その感触を確認してから口を閉じ、イリスの方を向く。


彼女も面倒事は避けたいようで、不満そうな顔のままながら頷くと御者は納得したようで再びこちらに視線を戻す。


「わかりました、ですが馬車の中で揉め事は遠慮してくださいよ」


「ああ」


見送って、再び眠るために腰を下ろすとイリスもこれ以上諍いをする気にはならなかったようで、少し離れた木の下で横になる。


なんか近くね?


と思ったがもう面倒くさかったので言及はせず、眠りにつくと朝までゆっくりできた。


そして御者が歳出発の声をかけに来ると、イリスがこちらを見ずに黙ったまま先に馬車に乗り込む。


俺もそれにならって次の街まで一言も話すことはなかった。




こうして、俺とイリスの前途多難な旅が始まった。




第一章、旅の始まり-完-




次回、第二章、聖女様にストーキングされる。


という訳で第一章完結です。

いかがだったでしょうか?

もし面白い、続きが読みたいと思っていただけたなら評価をお願いします。

感想もお待ちしています。

次回更新は数日開く予定ですので、しばらくお待ち下さい。

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