二章:聖女の献身

01.「わたくしは聖女ティアナと申します」

馬車に揺られて、目的の街に辿り着く。


頭を下げて馬車を降りると真上に太陽が輝いていて、その眩しいくらいの陽射に目を細めた。


街は外周をぐるっと壁で囲まれていて、中は王都や聖都程ではないが栄えている。


国の中でも上位に入る規模の都市で、少なくとも俺たちが過去に拠点にしていた街よりも人が多い。


その要因のひとつが、四方の大門から真っ直ぐ道路を通して見ることができる大聖堂にある。


ずっと昔に聖女が神託を受けここに街を作ったとされる伝説から、神教の聖地のひとつとして信徒の巡礼が絶えない。


そんな門をくぐって町の中へ入ると人と馬車の行き交う広い通りの真ん中に、一人の女性が立っているのが見えた。


自然と人が避けて通るその姿は真っ白な教徒の衣装に身を包み、誰かを待つような佇まいに視線が引かれる。


彼女は背丈ほども有る杖を片手に携え、翼の意匠を象られたそれは特別な装備であることが遠くからでも一目でわかった。


腰より伸びた銀髪が太陽に照らされて輝き、こちらに視線を向けると、ゆっくりと一歩を踏み出す。


そして俺の目の前に立った彼女が視線を上げて口を開いた。


「こんにちは」


凛とした声が響く。


「貴方が聖剣の契約者様なのですね。わたくしは聖女ティアナと申します」


うやうやしく頭を下げるその所作も洗練された美しさを感じる。


「少し、お話をさせていただけませんか?」


その提案に俺は聖女様との距離を詰め、そのまま自然な流れで横を通り過ぎた。




いや、絶対面倒なことになるやつでしょこれ。


俺は危ないことを進んでやるどこかの勇者様とは違うんだよ。


ということで、一縷の望みにかけてスルーしてみたのだがそのまま解放されることはやはり無理だったようだ。


まあわかってたけど。


しかし、無視して歩き始めたら呼び止められると予想していたのだが、そうはなからなった。


俺の後ろにイリスが着いてきていて、その更に後ろに聖女様が着いてきている。


無視しておいて自分から後ろを向いて確認するなんて出来ないから実際にその状況を見てはいないんだが、周囲の視線でそうなっているのがわかる。


聖女様を引き連れて歩いてるアイツ誰だよって注目が刺さってくるし。


面倒ごとは避けたいと思ってたのにむしろ目立ってる。


これならいっそ、直ぐに呼び止めてくれた方がマシだったわ。


そんな因果応報な現状に逆ギレして流石に覚悟を決める。


とはいえ公衆の面前で今更立ち話もアレなので、丁度向かっていたギルドホールに入って、広間に設置されている待ち合い用の椅子に腰を掛けた。


そんな俺の意図を察して、聖女様はテーブルを挟んで向かいの席に腰かける。


最後に若干立ち位置に困っていたイリスが俺の右手に座った。


ここまでガン無視されていたにも関わらず、彼女は微笑みを崩さずにこちらを見る。


メンタル強すぎだろ。


周囲の冒険者の視線を集めてるがそんなものは無視だ。


聖女様に絡まれた時点で平穏な一般市民プレイは完全に頓挫していたのだった。


「改めまして、ティアナと申します。聖女として神に仕えています」


この人も俺と同じかそれ以上に周りから視線を集めているのだが気にする気配がない。


やはり聖女様は格が違うな。


「それで、何の用だ?」


「はい、わたくしを貴方様の旅に同行させていただきたいのです」


「断る」


無事に交渉が決裂したのでもう帰りたいのだが、そうは許されないらしい。


いや、ギルドに用事があるからどっちにしろ直帰は出来ないんだが。


「理由をお聞かせいただいても?」


「逆にこっちが聞きたいんだが」


いきなり聖女様に絡まれる心当たりがない。


「聖剣の契約者様と教会も無関係ではありませんから」


確かに聖剣の伝承には当時の聖女の名前も出てくる。


とはいえもう2000年も前の話のはずで、随分遠い因縁だと思わなくもないが。


「それに、魔王討伐は教会としても大きな目的のひとつです」


教会の理念は人間の救済。


なので当然のように人間の生活を脅かす魔王の討伐も命題の一つに入っている。


まあ結局先頭で戦うのは勇者とそのパーティーなんだが。


「それについてはひとつ言っておきたいんだが、俺は魔王討伐にも世界の平和にも興味はない」


「ではなぜ、聖剣と契約を……?」


「強いていうなら、力が欲しかったからだな」


こうやって言うと悪魔に魂を売りそうな物言いだが、そういうことではなく師匠の教えである。


「という訳で、そちらの意向には添えない」


「では、わたくし個人として旅の同行をお願いしても?」


それこそどういう理屈だよと問いたくなるが、聞いてしまうとやぶ蛇になる気がしてならない。


なので、シンプルに答える。


「断る。そもそも旅に出るかも決めてないからな」


「そうですか」


聖女様が残念そうな顔を浮かべたのを好機と見て腰をあげた。


「話は終わりだな」


これ以上話す気はないと言外に伝えて、ここに来た元々の目的、ギルドでの手続きに向かう。


聖女様は座ったまま、ついでにイリスも座ったままだ。


あの二人が残されて、会話が弾む姿は想像できないがまあどうでもいいか。




受付に挨拶をしてギルド証を見せると、奥から対応したのは別の職員が現れる。


「こんにちはー」


カウンターを挟んで俺の前に立ったのはサークルさんだった。


ううん?


声も顔立ちも雰囲気もそっくり、だけどもちろんここは俺たちが拠点にしていた街にではないので彼女が出てくるのはおかしい。


そしてよく観察すると、眼鏡の形と髪型が違うのに気付く。


双子かな?


「初めまして、スクエアです」


お辞儀する彼女の左右に結んで肩の前に流した二本のお下げが揺れる。


サークルさんはポニーテールだったな。


やっぱり別人か。


別人と言うにはそっくりだけど。


そして顔をあげた彼女が四角い眼鏡越しにこちらを見つめる。


「ビダン様ですね、サークルから話は聞いていますよ」


表情は動かさないが内心で面食らってしまった。


自分の預かり知らぬ所で話題なってると思うとなんとも落ち着かない。


まあサークルさんだし、こうして直接言われるんだから悪いようには伝わってないだろうけど。


だろうと思いたい。


だといいなあ。


「挨拶もなしに街を出ていったって怒ってましたよ」


うわー。


事情を説明するのが面倒だからって会わずに出てきたのが即効で裏目ったようだ。


「あと心配もしてましたよ」


まあだから会いたくなかったんですけどね。


他人に心配されるという行為はなんとも心地が悪い。


「というか情報が早いですね」


あっちの街からこっちの街まで馬車で直行してきたのに。


一応手紙など馬車より速い連絡手段はいくつかあるが、わざわざ雑談レベルの俺の話なんて急ぎで伝えたりもしないだろうし。


「私たちは<<姉妹念話>>を使えるんです」


あー、スキルのおかげなのか。


念話自体がかなり希少なスキルな訳だが、姉妹で同じスキル、というか姉妹間限定のスキルと言うのもまた珍しい。


二人の容姿が瓜二つ、というかたぶん双子なのが関係してるのかな。


「姉妹なのに別の街に住んでるんですね」


「こんなスキルを持ってるせいで、あえて離れて暮らしてるんですよ。一緒に住んでるとあれ買ってきて、これ買ってきてみたいになりますから。あと雑談なら念話でできますし。仕事の役にもたちますので」


なるほどなー。


その感覚は家族のいない俺にはよくわからないものだったが、本人が言うならそうなんだろう。


しかし伝言が頼めるなら都合が良い。


「サークルさんにすみませんでしたと伝えておいてください」


「そういうのは、自分で伝えてください」


ぐうの音もでない正論であった。


もう帰ってもいいかなあ……。


とはいえそういう訳にもいかないので、今ギルドにある依頼の確認と、情報収集、あとレベルの確認をしてもらう。


「レベル……、85!?」


うん、もはや懐かしい。


慌てて頭を下げる彼女の日本のおさげが前後に揺れる。


しかしサークルさんが叫んだ前回と比べると、やっぱりというかあんまりレベル上がってないな。


修行の期間と内容で言ったら山ごもりよりもダンジョンごもりの方がハードだったんだが。


このままいくともうすぐレベルも頭打ちかなー?


そんなことを考えながら更新されたギルド証を受け取ってイリスたちの所に戻る。


「また来てくださいね」


と言ったスクエアさんには笑って誤魔化しておいた。




放置した二人は結局一言も会話をかわさなかったようである。


「宿に行くがどうする?」


「ではわたくしはこれで失礼します」


聖女様は用事があるらしい。


正直解放されて安心している。


イリスはなにも言わず、しかしすっと腰をあげたので特に会話もせずに店を出た。


泊まるのはギルドでのおすすめされた冒険者が集まる宿。


宿泊の手続きを済ませて部屋を見てから荷物を置いて外へ出ると、隣の部屋を借りたイリスが続いて部屋から出てくる。


律儀だなあ。


そんなに真面目に監視しなくても逃げやしないんだが。


と思っても直接言ったりはしない。


近くに同じく冒険者が集まる酒場があり、そこで食事と軽い情報収集をして宿に戻った。




「んん?」


部屋に戻ると床に手紙が落ちている。


嫌な予感しかしねえ。


白い無地の封筒は、逆にそれが強烈に誰からのメッセージであるかを自己主張をしているように感じられる。


もしかしたら呪いのアイテムかもしれない、と一縷の望みにすがって焼き払ってしまおうか迷ったが、無視しても無駄だろうということは用意に想像できたので諦めて封を開けた。




『今夜、街の灯りが落ちてから、大聖堂までお越しください』

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