10.「どうして……」
アリスの最期を看取ってから、その亡骸を抱いて村に戻る。
既に魔物は撤退したようで、周囲には死骸しか残っていない。
サンとジャックの痕跡も残っていなかった。
あの火球で灰になったか、原型を判別できないほど傷付けられた、どちらにしても生きてはいないだろう。
そもそも、生きているなら治癒師のアリスをあの場に一人残すはずがない。
三人を殺したのは、おそらく強力な魔族。
魔王か、それに連なる幹部かのいずれかだろう。
やっぱり、駄目だったんだな。
サンの、勇者パーティーの目的は、達成されることなく志半ばで倒れた。
村に着いて、一先ずの危険は去ったと伝える。
恐らく目的は村への襲撃ではなく、勇者パーティーの殺害だったんだろう。
抱いたアリスの亡骸を見て、事情を察したロレンスへ頼み荷台に乗せてもらった。
追悼の言葉を述べる村長の話もそこそこに村を立ち、夜の間も馬車を動かして街へ向かう。
その間、お互いに一言も喋らなかった。
俺たちが拠点にしていた街に着く頃には空がうっすらと白んでいて、朝霧が肌に張り付く。
外壁を潜る門を抜けると、早朝の通りには人影がひとつもなかった。
澄んだ空気の静寂が耳にキンと鳴り、一瞬だけ世界に取り残されてしまったような錯覚を覚える。
そのままアリスたちが暮らしていた家の前へと馬車を止めてもらってロレンスへ礼をした。
「悪いな」
「気にするな」
俺を慮って言葉みじかに去っていくロレンスの馬車を見送る。
そして早朝のしんとした静寂の空気を肌に感じながら、家のドアを叩いた。
とんとん。
ノックをして、少し待つ。
とんとん。
もう一度、ノックを繰り返すと、家の中に微かに動く気配が生まれた。
未明の来客を不審に思っているんだろう。
それでも無視するつもりはないようだ。
もしかしたら、寝巻きの上から外套などを羽織っているのかもしれない。
そんな気配を急かすことなく外で待ち、ぎぃっと扉の軋む音と共に、今は一人だけになったこの家の住人が顔を見せる。
やはり彼女は寝巻きの上から外套を羽織っていた。
俺はなにも言わない。
なにも言えなかった。
唯一の肉親の亡骸に対面した相手に、言えることは何もなかった。
それでも彼女は、俺と、俺の抱いた姉の姿を見て理解する。
血の気が抜けて真っ白になった肌と、血が固まって黒く変色したローブと、大きく開いた腹部の傷と、ぴったりと閉じられた目蓋。
それを目の当たりにしたイリスの表情が絶望に変わる。
「どうして……」
姉に起きたことを理解して、戸惑いの言葉と共に両の目から涙が流れる。
口を開き、言葉が出ず、顔が悲しみに染まる。
そして思考に追いついた感情がやっと溢れ出した。
「どうして守ってくれなかったのよっ!」
パーティーを抜けたからとか、別々に行動をしていたからとか、そんな理屈ではなく。
彼女の中で姉を守るのは俺の役割だったんだろう。
遺体を運んでくるような状況であったなら尚更。
理屈ではなく、感情で俺を責める。
子供の頃からお互いに、ずっと一緒に居た相手として。
そして……。
その慟哭に、やはり答えられる言葉はなかった。
謝る気にはならなかった。
赦してほしいとは思わなかったから。
慰める気にもならなかった。
立派だった、意味のある死だった、なんて微塵も思えなかったから。
一緒に涙も流さなかった。
この死は確実ではなくても、見えていた結末だったから。
結局、勝手に死んでしまったアリスに、怒りと苛立ちと理不尽さが、心の底にほんの少しだけあったのかもしれない。
「人のため、なんて考えなければ、死ななかったのにな」
それは俺の本音で、だけど看過できない言葉だっただろう。
イリスが侮辱された姉の死に激昂する。
「お姉ちゃんは、みんなのために戦ったのよ! それをっ、」
「だけど無駄死にだ」
事実はだからこそ、怒りを生む。
あえて辛辣な言葉を重ねる俺の感情を、イリスは理解できなかっただろう。
怒りの許容値を超えたイリスが近くに立て掛けてあった短剣を握る。
未明の来訪に警戒してそこに用意してあったんだろう。
心臓を貫く勢いで突き出されたそれは、しかし俺の胸元へと触れてピタリと止まった。
イリスの実力では、俺の<<絶対守護>>は抜けない。
それは純然たる世界の理だった。
それでも殺意で俺を睨むイリスを見下ろして言う。
「俺を殺したいなら好きにしろ」
それを止める理由を、俺は持ち合わせてはいなかった。
とはいえその願いが、今すぐ叶うことはないが。
「遺体は弔ってやれ。ギルド証を持っていけば、ギルドに預けていた金を引き出せるはずだ」
頷きもせず、俺を睨み続けるイリスの前へ、膝を曲げ、遺体をゆっくりと降ろして横たえる。
去り際に俺は、アリスの胸元に輝くギルド証がSランクのそれになっていることに、今更に気付いた。
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