09.「ごめんね、約束、守れなくって」

ロレンスと共に村の中に入る。


見える限りで村に被害はなく、空が燃えているように見えたのは更に向こうの平原で炎が上がっているのが原因だった。


家の間を慌ただしく行き交い、避難の準備を進めている村人に話を聞く。


「何があった?」


「西の平原に突然の魔物の大群が現れたのです。その大群はこちらへと進軍を始め、ちょうど村を訪れていた勇者様一行が我々の避難する時間を稼ぐために大群の中へ……」


焦るように語るその言葉を聞き終わる前に俺は駆け出していた。


「ビダン!?」


ロレンスの声が微かに聞こえ、それを置き去りにしてさらに加速する。


丘を越えると高速で流れていく視界一面に魔物の死骸が広がる。


激しい戦闘があったのだろう。


見える限りに人間の姿はない。


これを一つのパーティーがやったなら相当な実力だろう。


ただし、その一行がまだ無事だとしても相応に披露しているはずだった。


周囲の草は焼け焦げて、その臭いが死骸の臭いと混じって鼻につく。


所々クレーターのように抉れている地面を避けながら、駆ける速度を落とさずに剣を抜く。


遥か先の上空に鎮座する火球が見えた。


魔術によるものだろうと思われるそれは、しかし今までに見たことがないほど大きい。


ここまでその熱気が伝わってくるようだった。


恐らくあれは、村をひとつ焼き尽くしても余りあるほどの破壊力がある。


当然のように、人の身で喰らえば灰も残らないだろう。


それが、真っ直ぐに振り下ろされ、まるで隕石が落下するように地面に炸裂した。


真っ赤に染まった視界から一瞬遅れて、その衝撃が離れた俺のところまで響き鼓膜をビリビリと揺らす。


予感というより確信に近い感情に焦燥感に駆られる。


頬を焦がす熱量に僅かに目を細めながら、それでも速度を落とさずに平原へと駆けた。




破壊の中心へとたどり着く。


他とは比べ物にならないほど大きく抉られた地面が赤熱し、先程の魔術の破壊力を物語る。


しかしその景色を作った者の姿はない。


周囲に戦闘の気配もなく、ただ衝撃に薙ぎ払われた焼け野が広がっていた。


その中でひとり、倒れた人影を見る。


傍らに立ち、見下ろしたその姿は既知の相手だった。


「アリス……」


「ビダン、……?」


彼女の側に膝をつき、仰向けに倒れたアリスの頭を支えて抱き起こす。


意識が薄く、こちらに差し出された手に力がない。


燃えるような周囲の状況の中で握り返した手は驚くほど冷たかった。


唇の端から血が溢れ、虚ろな目がこちらを見上げる。


俺のことが見えているのかどうかもわからない。


腹に大きな傷があり、そこから流れた血液が地面に乾いた血溜まりを作っていた。


アリスは治癒師だ。


自分の傷を癒せるならもうとっくにやっているだろう。


今のアリスの負っている傷なら十分に治せる範疇。


それをしないのは、マナが残っていないから。


つまり、もう助からない。


「来て、くれたんだ」


「ああ」


命を絞り出すように、アリスが一言ずつ言葉を紡ぐ。


「サンと、ジャックは……?」


「二人とも無事だ」


「そっか、よかった……。私はもう、だめみたい」


「これくらいの傷なら、まだ治癒術で治せるだろ」


「私には、もう力が残ってないから」


すべてを悟ったアリスが、震える指で胸元漁る。


取り出したのは、小さな文字が刻まれた指輪。


「これ、誕生日。あの時、渡せなかったから、受け取って……」


あの時……。


最後に会った時、買い物をしていたのはこれのためだったのか。


誕生日なんてもうずっと前で。


俺がダンジョンに潜っている間にとっくに過ぎていて。


だけどその間ずっと、俺に渡すために持っていたんだろう。


旅に出てしまえば、また会えるかもわからないのに。


それを受け取って、握り締める。


「ごめんね、約束、守れなくって」


「ああ」


「あの子に、謝っておいてくれる?」


「ああ」


「ビダンは、幸せになって、ね」


「…………」


アリスの体からふと力が抜ける。


目蓋が閉じて、血が抜けて白くなった肌が周囲の残り火に照らされていた。

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