02.「これは、髪飾り?」
一人、山の中で集中する。
目標はとりあえず、アリスとジャックより先にSランクの到達、そしてサンのレベル越え。
森は深く、周りには魔物の住み処が複数。
普通ならば安全の確保を最優先するような環境。
だけれど俺には最適の環境だった。
なぜならここにはBランクまでの魔物しか生息していないから。
少なくとも俺の<<絶対守護>>を抜けて傷を負わせるような魔物はここには居ない。
息を吐いて、浅く吸い、跳ねるように森を翔る。
前方には魔物の群れの気配。
「おるあぁ!」
腰から抜いた剣を右手に握り、草むらを抜けた瞬間に振り抜いた。
まずは一匹、そのまますぐ近くにいたオーガに刃を走らせて二匹目。
そのまま魔物を狩りながら、昔に師匠とやった修行を思い出す。
まだ俺が10歳にも満たず、今よりもずっと短い剣を握っていた頃。
冒険者としての生きる術を教えてくれた人。
まあそれでも素直に感謝する気にならないくらい酷い修行を課す鬼畜でもあったけど。
実際に死を覚悟したことが両手両足の指の数じゃ足りなかったし。
今思い返してみれば、当時の時点でCランク冒険者相当のステータスと今と変わらない<<絶対守護>>のスキルを持っていた俺を、よくあれだけのバリエーションで臨死体験させたなと感心するくらいの人だった。
もう何年も会っていないその相手は噂を聞くこともなく、まだ生きているかもわからない。
まあ、あの人が戦闘で死ぬことはないだろうけど。
死んでいるとすれば病死とか餓死とかそのへんだろう。
なんて考えている間も身体は自然に動き続け、30体ほどを斬ったところで周囲から魔物の気配が消えていた。
これで、ギルドから受けた依頼のひとつは完了。
この調子でいけば山を降りる頃には報酬だけで小金持ちだな。
なんて考えながら腕を振って剣についた血を払う。
まだ息はあがっておらず、休憩するには物足りない。
鍛練は追い詰めれば追い詰めるほど効果がある、というのは師匠の談。
その理屈が本当に正しいのかはわからないが、実際に効果はあって今の俺がここにいる。
冒険者のレベル上げとはひとえに自身の中の<<マナ>>を鍛えることにある。
自身の肉体をマナによって強化する戦士職も、マナを他の現象に変換する魔術師や治癒師もその基本はかわらない。
<<聖女>>や<<聖騎士>>のように神に祈りを捧げて奇跡を行使する神職はまたちょっと違うんだけど。
ともかく修行には様々なアプローチがあり、魔術師なんかはひたすら瞑想で自身の中に流れるマナを鍛えるような人間もいるが、少なくとも俺はひたすら実戦を重ねるのが一番だった。
パーティーを組む前でも、アリスと一緒に冒険者をやっていたから、一人になるのは本当に久しぶりだ。
そもそも、ギルドの依頼を受ける時点で安全面に考慮してパーティーを組むことを推奨されるわけだけど。
しかしこのあたりにはAランクの魔物などはいない。
というかそんなのがホイホイいたら人間はとっくに絶滅してるだろう。
Aランクというハードルはそれほどに高いもので、逆説的に自分のスキルの有用さを再確認した。
これさえあれば、疲労で意識が朦朧としようとも、危なげなく魔物と戦うことができる。
そして寝食のためにわざわざ自身の安全に時間をかける必要もない。
ということで、俺は寝食の時間も惜しんで、魔物を狩り続けた。
日が落ちて、暗闇に包まれた森の中、血にまみれた影がゆらりと揺れる。
むせかえるような死臭を纏い、更に血を求めてさまよう姿はまるで地獄から這い上がってきた怪物のように見えただろう。
俺である。
数日寝てない朦朧とした意識の中で、それでも俺は魔物を狩り続けていた。
半覚醒と覚醒の波を繰り返し、半覚醒中に無意識で斬った魔物でできた血溜まりを、覚醒した俺の意識がたった今確認する。
うわあ、酷い惨状。
誰だよこれやったの。
はい、俺ですね。
まあ魔物はいくら殺してもいいんだけど、もしも人間が近くに来たら間違って一緒に斬りそうで怖いな。
とはいえ、流石にそうなったら半覚醒の俺でも気付くだろうと根拠もなく考えておいた。
よし、頑張れ未来の俺。
俺は信じてるぞ俺。
そのまま十数日をかけてひとつの山からほとんどの魔物を狩り尽くす。
いくつかの連なる山々を移動して繰り返し、そろそろ本格的に野生の生き物な気分になってきた。
当然その間に全く人と会話する機会がなかったので、頭の中も(メシ、ニククウ。マモノ、コロス……)みたいな感じになっていた。
いや、流石にそこまでではないかな。
あと口から出る言葉も、掛け声か叫び声か呻き声が大半になり、冒険者が通りかかったら本格的にモンスターとして狩られてたかもしれない。
まあそこら辺にいる木っ端冒険者にはそもそも負ける気はしないがな。
……、今の台詞が一番魔物というか魔族っぽかったかも。
そんなことを考えながら狩り残した魔物がいないかを探していると、通りかかった山肌にぽっかりと穴が空いていることに気づいた。
「洞窟?」
人の背丈よりも少し高いくらいの入り口から、奥を覗くと暗闇が広がっている。
こんなところに洞窟があるとは知らなかった。
未発見のものだろうか。
修行のためには必要ないけれど、興味に引かれて俺は洞窟の入り口を潜る。
中に入り少し進むと緩やかな下り坂になっていて、次第に穴の幅が広がっていく。
土の匂いが強くなり、心なしか肌に触れる空気が冷たくなったように感じる。
一応警戒をしながら進んだが、そこまでの距離はなく魔物に会うこともなく奥までたどり着いた。
そこにあったのは人間の白骨死体。
恐らくもう何年も、ここで放置されていたんだろう。
近くに落ちたギルド証でCランクの冒険者だったことがわかった。
遺品になりそうな物は他になかったので、とりあえずそれだけ回収して来た道を戻る。
その途中で入口側からは死角になっていた地面に、落ちている金属の輝きに気づいた。
「これは、髪飾り?」
奥の遺体が死ぬ前に持っていたものだろうか。
もしそうだとするなら数年は放置されていただろうそれは、しかし金色の見事な輝きと緑色の宝石を携えていた。
高そう。
ということで、それも拾って軽く土を払い、懐に仕舞う。
ステータスはどれくらい上がっただろうか。
一度ギルドに行って、確認するのもいいかもしれない。
ちなみにこの世界でのレベルというのは、ステータスが上昇した結果で、ただの目安のようなものである。
そしてステータスをあげるためには鍛練をあるのみで、魔物を倒した数などは直接的に関係はない。
そのおかげで鍛練と素質次第で他人よりずっと早くレベルを上げることも可能なんだけど。
余談だが、そんな仕組みなので全く戦闘を行うことなく、真理の追求の末に大魔術師と呼ばれるようなレベルになった愉快な人間も過去にはいたりする。
まあともかく、一度山を降りよう。
そろそろ山籠りの反動で、人間的な料理を深刻に体が求めていた。
まともな穀物と調味料を使った食事が食いてえ。
あと酒。
ということで、山を降りて人間的な生活を満足のいくまで堪能してから、ギルドを訪れる。
「レベル……、81!?」
と、応対の受付嬢が驚く声がギルド内に響いた。
いや、声がでかいわ。
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