魔王討伐なんて危険なことはしたくないので、サボっていたら追放されました。~世界最強SSSランクのチート聖剣を手に入れた俺は、世界平和とか興味ないけど旅に出ます~

あまかみ唯

一章:旅の始まり

01.「君は追放だ」

「ビダン、君は追放だ」


「は?」


酒場でテーブルを囲んでいると、対面の勇者から、突然そう切り出された。


いや、突然でもなかったんだけど。




事の起こりは今から少し前、パーティーでギルドからの討伐依頼を終えて街に帰ってきたところから始まる。


俺たちが拠点にしているのは人の流通も多く活気に溢れた街で、日が傾いたこの時間は特に人の流れで混雑していた。


パーティーメンバーの四人揃って馴染みの酒場に向かう途中、俺が伸びをして呟く。


「今回も楽勝だったなー」


軽く言った俺に、治癒師のアリスが眉をひそめた。


背中にかかる黒髪を揺らして、親の顔より見慣れた幼馴染は随分と不機嫌そうだ。


「ビダンは雑魚の相手ばっかりで大物はサンが相手してたじゃない」


「自分の役割は済ませたんだからいいだろ」


というのも俺のスキル<<絶対守護>>はBランク以下のモンスター、武器、アイテムからのダメージや効果を防ぐというスキルで、必然的に雑魚の相手が俺の役割になる。


「雑魚の相手が、じゃなくて雑魚の相手も、でしょ。四人しか居ないんだからちゃんと働きなさいよ」


「大物の相手なんてサンがやればいいだろ」


うちのパーティーは、Sランクで<<勇者>>のサン、Aランクで<<戦士>>の俺、Aランクで<<治癒師>>のアリス、同じくAランク<<魔術師>>のジャックで構成されているので、必然的に強敵はサンが相手をするのが一番だ。


まあ今日の魔物はAランクのウェアウルフとその眷属だったから俺がピンで前衛をやっても問題ない程度だったけれど、逆にいえば俺が戦略的に自主的な戦力の温存していても余裕の相手だった。


決してめんどくさいからサボっていたわけではない。


「サンもなにか言ってやってよ」


それでも不満そうなアリスに話を振られたサンは顎に手を当てて考える。


「そうだね、今日のことはともかく、ビダンはもう少し真面目に修行してくれたら嬉しいかな」


「うるせ、俺はお前みたいに選ばれた奴とは違うんだよ」


勇者の称号を持つ相手に毒づく。


勇者とは、世界を救う可能性があるとして、神から称号を与えられた者。


人々の希望となって世界を光で照らす者。


別にそれが羨ましいわけではないけど、俺の戦士やアリスの治癒師と違って神から与えられるその称号を、俺は以前から疎ましく思っていた。


「君の絶対守護だって似たようなものじゃないか」


「俺はいいんだよ」


そもそも勇者のように特殊なクラスと違って、スキルはその有用性に差こそあれ誰もが持ちうる普遍的なものだ。


「ジャックはどう思う? っていつも通りね」


アリスが最後尾を歩いていたジャックに視線を向け、また戻す。


人より頭ひとつ高い背丈をしているジャックは無口なのが常で、今も口を開かずについてきている。


「そんなことより、うまいものでも食おうぜ」


先頭を歩いて酒場についた俺が、話題を変えて振り替える。


今日達成した依頼はAランクのもの。


Sランクは言わずもがな、Aランクの依頼とそれをこなせる冒険者も数が限られた上澄みであり、もちろんそれ相応の報酬が支払われていた。




「いらっしゃいませー!」


元気の良いウェイターの声を聞きながら、いつもの席を囲んで腰かける。


テーブルを囲んで右手にアリス、向かいにサン、左手にジャック。


これもいつもの並びだ。


店の中では俺たちと同じような冒険者たちが騒がしく食事をしている。


そもそも世界を救うことを目的とする勇者という職業は、冒険者という括りで正しいんだろうかと思わなくもないのだが、もうずっと昔からの慣習なので疑問に思ってもなにかが変わるわけではない。


そんなことを考えながら、向かいの席で柔和な笑みを浮かべているサンを見ていると、アリスが俺に質問する。


「ビダンはレベルいくつになった?」


「74だな」


「最近全然上がってないわね、ビダンのレベル」


「お前だってレベルは大差ないだろ」


「わたしはビダンがひとつ上がる間にみっつも上がったもの」


というアリスのレベルは76、ジャックは77。


昔からずっと俺の方がレベルが上だったのに、いつの間にかアリスに追い抜かされてしまっていた。


「リーダーがめでたくSランクになったんだからそれでいいだろ」


「サンは80だものね」


レベル80。


それはギルドにSランク冒険者と認定されるための到達点。


もちろんそこまで行ける人間は数えるほどしか居ない。


「でもみんなにも、僕と同じくらいにはレベルを上げてほしいかな。魔王を倒すにはそれくらいの実力が必要だからね」


「私はもう少しかかるかなー」


言ったアリスにジャックが同意するように頷く。


魔王討伐を倒すには前提としてSランク相当の実力が求められる。


それは誰かの許可を得るためのものではなく、それ未満の実力では足手まといにしかならないということ。


魔王どころか魔王軍の幹部ですら、Sランク冒険者がパーティーを組んでやっと互角の戦いが出来るというくらいの前提だ。


俺たちのパーティーが勇者を擁しながらこんなところでギルドの依頼をこなしているのもそんな理由である。


俺個人としては、そこそこの依頼を安全にこなして不自由ない生活が出来たらそれで良いので、魔王討伐とか馬鹿みたいだなと思っているけど。


なぜそんな風に思っていながらこのパーティーに居るのかといえば、と考えてアリスを見る。


「どうしたの?」


「いや」


生まれてから二十年、その半分以上を一緒に過ごしてきた相手。


お互いの故郷を失ってからは、ずっと冒険者としてパーティーを組んできた。


ある意味家族のような存在。


アリスを見て、サンを見る。


会話が弾む二人の姿を見る俺の心境は、複雑だった。


グラスに注がれた酒を飲む。


その中身は、少しだけ苦い。


「ちょっと、聞いてるの?」


アリスに言われて三人の視線が俺に集まっていることに気づいた。


「いや、聞いてない」


正直に答えた俺に、なぜかアリスが怒ったような視線を向ける。


いったいなんの話だろうか。


「真面目に戦ってレベルを上げなさいって話よ」


「またその話かよ」


俺のレベルが上がらないのは真面目に戦っていないからというアリスの意見。


そんなことはない、と言いたいところだけど事実なので強く否定できなかった。


レベルが上がれば魔王討伐に旅立たなくてはいけない。


それが勇者と、それに連なるパーティーの使命だから。


いっそ誰か別の勇者様が魔王を討伐してくれないだろうか。


そうすれば簡単な依頼だけをこなして安全に暮らしていける。


そんな叶わない願いを思いながら、全力でレベルが上がらないように戦闘を誤魔化していたらいつの間にかパーティー最低のレベルになっていたわけだが。


俺の内心を読んで、サンが厳しい視線を向ける。


「ビダン、今この瞬間にも人々は魔王の脅威に晒されて生きているんだ。だから僕たちは一刻も早く強くなって世界を救わなければいけない」


それはもう、何度も聞いた台詞。


勇者としての使命がそう言わせるのか、本人の人々を思いやる気持ちがサンに勇者という称号を与えたのか。


卵が先か鶏が先かみたいなもんかな。


元々魔王討伐は分の悪い賭けだ。


魔族は総じて人間よりも強靭で、魔王ともなればその世代の勇者がSランクのパーティーを組んだ上で何組も散っていくのが当たり前になっている。


人と書いて他人と読む相手のために命を懸けるなんて、やはり俺には理解できなかった。




「ならビダン、君は追放だ」




真剣な面持ちでサンが言った言葉は重く、もちろん冗談ではあり得ない。


「勇者の責務は魔王を討伐して、人々の平和を守ることだ。その使命を共にできない人間と一緒にパーティーを組み続けることはできない」


「おいおい、本気で言ってるのかよ。三人じゃパーティーとして成り立たないだろ」


冒険者のポテンシャルは高く、その分下手な仲間がいても役に立たない。


そもそもSランクに到達できる冒険者はほんの一握りで、魔王討伐を目的とするなら必然的に少数精鋭となっていく。


だがそれでも、三人という人数は少なすぎる。


パーティーの剣となり盾となる前衛、広範囲への攻撃を可能とする魔術師、仲間を癒す治癒師。


本当に最低限の割り当てで、柔軟性に欠け、想定外の事態が起こったときに対処ができない。


それでも、サンが言葉を取り消すことはなかった。


そして両脇の二人も、口を閉ざしながらもそれに納得している。


既に意思の統一はなされていたんだろう。


だとしたら、さっきまでのアリスの忠告は最後通告だったのか。


とはいえ、俺も自分の意見を曲げる気はなかった。


「お前らの考えはわかった。なら俺はもうここに用はないな」


結局、こうなることは避けられなかったんだろう。


椅子に立て掛けた剣を手にとって、俺は席を離れた。




「ビダンッ」


店を出た俺をアリスが追ってくる。


なにかを言おうとして口を開きかけた彼女が、しかしなにも言えずに目を伏せた。


俺の答えは変わらない。


あちらの主張も変わらない。


ならこれ以上なにも言えることはない。


進む道は別たれたのだから。


「お前はこっちじゃなくてそっちを選んだんだろ」


そう告げた自分自身の言葉で、胸に微かな痛みを覚える。


こうなることはずっと前から決まっていた。


俺は、魔王を倒すことに命を懸ける意義が見いだせなかったから。


その場を離れると、アリスはずっと俺の背中を見送っていた。




ひとり宿屋に戻って部屋を引き払う。


パーティーメンバーで集まっていた方がいいと、アリスを除いて同じ宿に止まっていたのだが、もうその必要もなくなったからだ。


冒険者の俺に大した荷物はなく、背負う袋ひとつと装備を片手に宿を出ながら、さてどうしようかと考えると、どんっ、と衝撃。


「痛っ」


と知っている声が聞こえた。


視線を下ろすと、鼻を押さえた少女がひとり。


彼女の名前はイリス。


アリスの妹だ。


姉と同じ黒い髪を肩より上で切り揃えている。


顔立ちはやはり姉妹で似ていて、自然と記憶の中にある数年前のアリスが思い浮かんだ。


ちなみに、アリスとイリスはここから少し離れたところにある一軒家を借りてふたりで住んでいる。


今年で二十歳になる俺とアリスの四つ下の彼女も冒険者であり、相場的にも姉妹二人分の稼ぎがあれば家のひとつを借りるくらいは然程難しくはない。


「お姉ちゃん見なかった?」


ぶつかられて不満そうな顔をしながら、イリスが聞いてくる。


いや、ぶつかられたのは俺の方なんだがな。


まあ幼馴染みの妹とは当然旧知の仲で、そんなことを抗議しても無駄なのは最初からわかっているのでわざわざ言わないけれど。


「アリスなら、酒場にいるぞ」


「ふーん、それでビダンは何してるのよ。どこか行くの?」


その問いは俺の背負った荷物を見てのものだろう。


とはいえ、説明するのは面倒だしその気もなかった。


「ちょっと旅に出てくる」


なんて人生を迷走し始めた奴みたいな台詞を吐いてぱたぱたと手を振る。


「あっ、ちょっと!?」


戸惑いの声を上げるイリスを無視して俺はその場を離れた。




さて、どうしようかな。


少なくともここ数年間、パーティーでの活動を前提とした日々を送っていた俺に突然のフリータイムは完全に無計画だった。


つまり無職である。


いや、冒険者ギルドで仕事を受けることはできるから無職ではないか。


さいわい絶対守護のスキルのおかげでBランク以下の依頼はソロでも問題なくこなせるし。


そもそも冒険者と無職の境界線が曖昧だという話はともかく。


しかし勢いで宿を出てきたのは軽率だったな。


いや、あのまま戻ってきたサンたちとバッタリ会ったら気まずいってもんじゃなかっただろうけど。


それでも今の俺のように闇に包まれた裏路地であてもなくポツンと立ち尽くしているよりはまだマシだった気がする。


とりあえず、なにをするか決めよう。


空っぽの自分の脳みそを捻ると、自然と思い浮かべるのは師匠の言葉。


『強くなれ。弱さは悲しみを生むことしかできない』


その言葉は極端な教えだとは思うし、師匠自体が極端から極端に走るような人だったけれど、それでも俺が今生きてここにいるのが師匠の教えがあってこそなのは間違いない。


ということで目的地は決まった。


そうだ、山に行こう。


やることを決めた俺は朝になるまで時間を潰すため、さっきまでの飲んでいたところとは別の酒場に向かった。

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