解放

ジルブェシター Side ─────────────


「何!?失敗した、だと?」


その報告を聞いた男は椅子から立ち上がり拳を握り締めデスクに叩き付けた。


「失敗?捕まえるまで戻ってくるなと伝えた筈だが?」

「この依頼に関しては俺には無理だ。違約金が倍だろうと払ってやる。」


妖精猫ケット・シーは捕獲率がS級程の難しさとは言われているが、それは強さではなくて希少性からのランクだ。森に逃げたとの報告で、いると分かっていながらのこの失敗など腑抜けているとしか有り得ない。


「ゴールドである貴方が出来ないだ?。妖精猫ケット・シーは最弱に分類されていだはずだ。依頼を続けないというならば黒蛇ベルス・サーペンスにランクを改める様に報告するぞ。」


冒険者ギルドだろうが闇ギルドだろうが等級は同じ。上位でもあるゴールドに大金を払い出した依頼がまさか失敗するなどと誰が思う。妖精猫ケット・シーとは言わば幸福を呼ぶ猫だ。だから過去多くの妖精猫ケット・シーを狙う者達で数が減り、隠れ住むようになったといわれていた。強さも強くなく、普通の猫よりも強い程度だというのに、ゴールドが出来ないわけがない。喉から手が出るほど求めているというのに。ランクの降格は、冒険者や暗殺者だろうが一番嫌な罰だろうと、続けさせる為に放った言葉に。


「それでいい。違約金も払う。それで済むなら安いもんだ。」


前払いで払っていた現金の倍を、懐からデスクに置くと、ではと去って行こうとする男。


「ッ!?降格だぞ?本当にいいのか!?たった一度の依頼で、今までやって来た事が無駄になるんだぞ!」


ギルドとの信頼関係もあると言っても闇ギルドだ、薄い関係。失敗したらそこまでの奴だった、と終わるぐらいだろう。闇ギルドでの昇級は難しいと聞いた。ゴールドまで上り詰めた男がそう易々と降格を受け入れるわけがないと問うと。


「ゴールドだろうが俺はそこまでの奴だったって事だ。もう昇級を目指す気も無いし、降格するならそれはそれでいい。辞められる訳もないし、簡単な依頼で十分だ。」


そう言い扉を開けて足を止めた。


妖精猫ケット・シーには手を出さない方いいぞ。忠告はした。」


そうして出て行った男に、デスクに置いていた書類を握り潰す。何が忠告だ。様は見付けられなかっただけだろう!魔物を欲しがる奴がどれ程いるか。しかもあの妖精猫ケット・シーだ!もうすぐ手に入れると自慢してしまった。止めれるわけがない。


「必ず捕える。お前が無理だろうが他にも金を払えばいいだけだ。」


椅子に深く座り込み笑みを浮かべた。デスクに置かれた金を手に、増えたならば得をしたぐらいの気分で窓を眺めると、ばさりと聞こえた羽根の羽ばたく音。鳥かと思い見えたのは、真っ赤な瞳で俺を見る夜鳥ナイトバードの魔物だ。


「ッ!?何故、ここは町中だぞ!」


男を見詰めるその目に息を潜め窓から離れようとすると、部屋の扉が大きな音を立てて倒れた。そこから現れる魔物共に青ざめるや、立ち上がろうとしたのか椅子に躓き尻餅をついた。


「何で、確りと鍵はしていたはず。奴隷の首輪まで外れている!?」


鼻に皺を寄せ牙を剥き出しに威嚇する魔物共に、怯え縮こまる男だったが、魔物共の中から現れた蒼白い美しい毛並みの狼に目を奪われた。


《あの男の言葉を聞いても変わらぬようだな。》


頭へと響く太く重く怒気を含む声。それでも、何と美しい魔物か!?あぁ、欲しい!俺の物に、これ程の魔物がいれば妖精猫ケット・シーなど必要無いと、欲を含む視線に狼は虫酸か走るかのように、皺を寄せ顔を振るう。


「そこの狼、俺の元へ来ないか?俺の元へ来るならば何でもするぞ。最高級な肉でも寝床でも何でも。」


美しい毛並みに触れてみたい。そう近付こうとするなり唸り毛並みを逆立てた。


《我が貴様の元へ?行くわけがなかろう!我は主の物であり主以外にはあり得ぬ!貴様の元へ行くならば、牙でその首を噛み千切ってるぞ!さすがに汚れるのでしないが、貴様の相手は我ではない。我は力を貸しただけに過ぎぬ。》


男に背を向け立ち去ろうとする狼に、手を伸ばした。


「ちょっと待って」

《我よりも相手にする者がいるだろう。死にたくなければ逃げればよいが、もう無理だろう。》


その言葉と共に姿が消えた狼。はっと周りを見るや牙を剥き出しに近付いて来る魔狼ワーウルフ、角を向けて来る角兎ボーンラビ。毒を牙から滴る毒蛇ポイズネーク。岩に覆われた身体で迫ってくる岩蜥蜴ログリザード。今まで捕えていた魔物共が迫り来る。


「来るな!!お前達の世話をしていたのはこの俺だ!生きているのも俺のお陰なんだぞ!それを分かってるのか!?」


ジリジリと迫り来る魔物に、男は笑みを浮かべた。大丈夫だ、警報器は作動させた。防御 ガードを張り守ってれば兵が助けてくれるはずだ。手を前に出し魔法を発動させる。


「【防御 ガード



えっ?

防御 ガード】【防御 ガード】【防御 ガード】【防御 ガード】【防御ガード】…」


震える手で何度も唱える、張れない防御 ガードを。


「何故だ!?どうして張れない!?」


迫る魔物に焦り、何度も唱える。ドスの効いた唸り声は部屋に響き、口から滴り落ちる涎。鋭い牙に硬い皮膚。誰も来ない。こんなに音もしてるのに、何故来ない?大きく開くそこから、二本の牙が目に映る。


「やめろ、やめろ、やめろーーーー!!!


ア゛ァァァァァァ、イ゛ィッ…ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…」


皮膚が破れ牙が食い込み血が滲み出る。肉を食い千切る音、何度も出ては入る牙。足の骨が折れ、失くなる。


イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ…


死ねるのなら早く殺してくれ!!涙と鼻水で濡れる顔で、男の最後に目に映ったのは憤怒の形相で笑ってるかのように見えた魔物達の顔。


パクリ、ゴックン。


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