第26話「お嬢様はツンデレですよね」

「――ご、御冗談ですよね……? まさか、本当にそんなことをしたりはしませんよね……?」


 汗だくの頼人をお風呂に向かわせた後、夜見が今考えていることを伝えるとお付きのメイド――クロエが、声を震わせながら聞き返してきた。


「本気。すぐに手続きをして」

「ま、待って下さい! さすがにそれはお父上がお許しにならないかと……!」

「大丈夫、何も問題はない」

「大ありです……!」


 どうやらこの子には夜見の考えが理解できないらしい。

 仕方がない、夜見の考えを理解できるのは限られた人間だけだから。


「夜見の人生は夜見が決める」

「か、会社のほうはどうするおつもりですか!?」

「今時リモートも珍しくない。大丈夫」


「が、学校のご友人たちは……!」

「人生に別れは付き物。それに、離れていても連絡を取る手段はあるから問題ない」

「ですが――!」


 ――クロエはその後もくだらない心配ごとばかりを言ってきたけれど、夜見が間髪入れずに返していくとしまいには黙り込んだ。

 そして諦めたように絶望的な表情を浮かべてしまった。


「――迷惑を掛けて悪いとは思ってる。だけど、夜見はこうしないといけない」

「どうしてそこまで……」

「これが、頼人のためだから。例え夜見の不利益になろうとも、これは夜見がしたいことなの」

「……わかりました、それでは仕方がありませんね」


 夜見の気持ちを伝えると、先程まで絶望に染まっていた表情が明るい物へと変わる。

 そして、苦笑いをしながらも優しい目を夜見に向けてきた。


「手続きのほうよろしく。多少強引な手を使っても問題ない」

「物騒なことをおっしゃらないでください。大丈夫です、少しお願いを・・・・すればいいだけの話ですから」


 うん、オブラートに包むように言い直しただけで何も変わらないね。

 まぁこの子は優秀だから後のことは任せておけば問題ない。

 後は最後の詰めをしておこう。


「それで、家はどこをお買いになられますか? 土地を買って家を建てるとなりますと時間がかかってしまいますので、一旦は高級マンションにお住まいになられるのがよろしいかと存じますが」

「うん、その辺についても既に考えてる。ちょっとスマホを貸して」


 夜見の言葉を聞いたクロエは預けておいたスマホを夜見に渡してくる。

 そのスマホを受け取った夜見はある相手へと電話をかけた。


「――そう、お願いしてもいい? うん、こっちは問題ない。それに、そっちも夜見がいたほうが都合がいいはず。だって――年頃の男女・・・・・を二人だけ・・・・・にする事を・・・・・心配してい・・・・・るんでしょ・・・・・?」


 夜見がそう言うと、相手は少しだけ悩んだ後夜見の要求を呑んでくれた。

 これでもう何も心配はいらない。


「恐ろしい御方ですね……。怖いもの知らずにもほどがあります……」


 電話を切ると、やりとりを聞いていたクロエがまた苦笑いをしていた。

 その顔からは若干冷や汗をかいていることがわかる。


「問題ない、勝算があってのことだから」


 夜見は決して無茶ことはしない。

 全て勝算があってから行動をするし、なければ勝算ができるように持っていてから行動をする。

 それが夜見のやり方。


 そのためには多くの情報が必要。

 情報があってこそ戦略は練られるし、相手を丸め込むことができる。

 先程の件だって、普通では知りえない情報を夜見が持っていたからこそこちらの要求が通ったんだしね。


 ――うん、この結末はなんだかんだ言って、夜見にとってもいいものになったかもしれない。

 過去に犯した頼人の過ちはまだ許していないけれど、それはこれから償ってもらう。

 今はその取っ掛かりができただけでも夜見にとっては十分だった。


 だから今回のきっかけになったアイドルネコトには感謝をし、こちらもそれ相応のお礼をする必要がある。

 夜見は相手に貸しを作ることはよくやるけれど、借りを作ることはしない。

 そのためにも、今回の夜見の判断は必要なことだった。


「はぁ……これから胃が痛くなる日々が続きそうです……」

「あっ、君は付いてこなくていいよ」

「え”っ!?」


 夜見の言葉を聞くと、ガチンッと音が聞こえそうなくらいに大袈裟にクロエは固まってしまった。


「ご、護衛は――」

「頼人がいる」


「お、お面倒をお見になる方が――」

「頼人がいる」


「お父上がお許しにならな――」

「頼人がいれば何も問題はない」

「…………」


 また間髪入れずに返すと、クロエはみるみるうちに目の端に涙を溜めて夜見の顔を見つめてくる。

 20歳という大人なのに、縋るような小動物のような表情がかわいい。

 だからいじめたくなる。


 でも、さすがにいじわるはこれくらいにしよう。


「嘘だよ。あっちの家も広いから、一緒についておいで」

「お嬢様……!」


 ついておいでと言うと、クロエは嬉しそうに目を輝かせた。

 かわいい。


「さて、そろそろ頼人が上がってくるかもしれないし、この話は終わり」


 すぐに頼人が知る内容にはなるけれど、どうしてこうしたかまでを頼人が知る必要はない。

 これから先更なる驚くべき事態があの子を待っているというのに、あまり負荷をかけるのはよくないしね。


「お嬢様は本当にお優しいですね」

「なんのこと? 夜見は夜見の好きにしているだけ」


 そう、これは夜見が好き放題しているだけ。

 だから恩を着せるつもりはない。


「お嬢様は、意外とツンデレですよね」

「何、クビにされたいの?」

「い、いえ、御冗談です、あはは……」


 全く見当違いのことを言ったクロエを見つめると、クロエは苦笑いをしながら首を横に振った。

 とりあえず後でおしおきをしておこう。


 夜見はそんなことを考えながら、頼人が戻ってくるのを部屋で待つのだった。

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