第21話「天才美少女の本音」
「いや、それは――」
「言い訳はいい」
俺が誤解を解くために話をしようとすると、まるで空気を裂くかのような冷たい声で夜見さんは話を終わらせた。
駄目だ、まるで聞く耳を持っていない。
普段は冷静沈着で誰よりも聡い人なのに、こんなふうになるまで俺はこの人を怒らせてしまっているのか……?
威圧感を全身から放ち、俺の顔を睨むようにして見つめる夜見さんに俺はたじろいでしまう。
このままではこちらのお願いなど耳を貸してすらもらえない。
いったいどうすれば――。
俺は冷や汗が背中を伝うのを感じながら脳をフルに稼働させる。
――しかし、どれだけ脳を使って考えを巡らせようともこの場を凌げる答えは出てこなかった。
元々彼女を説得するために来たのだから説得する材料がないわけではない。
だけど、彼女がそもそも怒っているなんて事態は想定しておらず、彼女の怒りを鎮める手が思い付かないのだ。
本気で怒っている彼女を言い負かせたことなんて一度もないからな。
……いや、堂々と言っていいことではないのだけど。
目の前にとんでもないプレッシャーを放つ天才を前にした俺は、あまりにも絶望な状況に思わず変なことを考えてしまった。
現実から目を背けたところで何もならないことはわかっているのだけど、それくらいこの人を怒らせるのはやばいのだ。
「――はぁ……もういい」
必死に考えを巡らせてから数十秒経った頃、夜見さんは呆れたような溜息を吐いた。
「あっ、ちょっと待ってください!」
話が終わらされる――そう思った俺は慌てて声を出して彼女を止めようとする。
だけど、そんな俺に対して夜見さんは意外な言葉を言ってきた。
「話を進めよう。君もそのためにここに来たんでしょ?」
夜見さんは自分の椅子に座り直すと、ジッと俺の目を見つめながら話を聞く姿勢を見せてくれた。
そして俺にも向かいの椅子へと座るように促してくる。
どうやら頭ごなしに追い返すつもりはないらしい。
俺はそれに安堵しつつも、気を抜くことが許されない状況だと悟る。
なんせ、彼女の目にいつもの優しさなど一切込められておらず、全身からプレッシャーを放ったままなのだから。
彼女にとって有益な話でなければ即話を終わらせるという意思が見て取れた。
「えっと、夜見さん……俺から言うのもなんですが、やっぱり先に誤解を解かせて頂けませんか? このままだとまともに話しが出来そうにないので――」
「誤解? 夜見のことを放っておいてアイドルに
あぁ……はい。
うん、これはとんでもなくめんどくさいことだって即座に俺は理解した。
そもそもこの人が俺のことを君呼びする時は言い訳があるのなら言ってみろという挑発的な意味を込めている時だし、誤解の内容も的を得ていると言えなくはないのだ。
夜見さんの護衛から外したのは父さんたちだけど、ちょうどその頃からネコトちゃんにハマってしまい、その後は長期休暇の時はネコトちゃんのライブによく行っていた。
いったい誰が夜見さんにその情報を流したのかはわからないけれど、彼女からすれば護衛の仕事を放り出してアイドルのライブに行っていると映っても仕方がない。
むしろ父さんたちの話し合いで決められたという内容が彼女に伝わっていたとしても、深読みされすぎてて父さんたちが俺のことを庇っていると思われているのかもしれないな。
さて、ここで俺がネコトちゃんのライブに行くために護衛の仕事をやめたんじゃないと彼女に伝えたとして、彼女はそれを信じてくれるだろうか?
――いいや、絶対に信じてくれない。
物的証拠は彼女が推測する際に信用するポイントの中で上位に位置付けられるからだ。
あぁ、自分のタイミングの悪さを恨むことしかできない。
「ご、誤解は誤解なのですが、それを証拠なしに信じてほしい――って言っても、信じてくれませんよね……?」
「当たり前」
「ですよねー」
ご機嫌を窺うようにして聞いてみたのだけど、取りつく島もなくバッサリと切り捨てられてしまった。
これはもう諦めてどうにか彼女の力を貸してもらえるように説得する方向へと切り替えたほうがよさそうだ。
そうしないと、本当にこのまま帰らせられかねない。
「はぁ……仕方ありませんね。それではここに来させて頂いた理由――というか、お願いしたいことについてなんですが」
「却下」
「まだ聞いてませんよね!?」
内容を話す前に断られてしまい、俺は思わずツッコミを入れてしまう。
この人本当は聞く気ないだろ……!
「せめて聞いてから判断してくれませんか!?」
「やだ」
「なんでですか!?」
「答えがわかっているものを聞いてどうなるの?」
つまらなさそうに溜息を吐く夜見さんは、全く聞く耳を持っていないのがわかる。
俺がクララちゃんを助けるつもりがないと言い当てた時にはもう既に読み切っていたというわけだ。
この人の場合俺の思考回路も理解しているわけで――だから、聞くまでもないと言っているのだろう。
「あのね、頼人。勘違いをしてはいけない。夜見は、善人じゃないの」
「は、はい」
「頼人が困ってるなら助けてあげる。頼人のためならなんだってしてあげる。だけど、他の人のためなら夜見は手伝わない。だって、夜見は善人じゃないから」
「は、はい――えっ?」
夜見さんの雰囲気に押されて頷いていた俺は、なんだかとても凄いことを言われたんじゃないかと思って固まってしまう。
そして彼女の言葉を思い返そうとするのだけど――。
「――あの、お嬢様……? 久しぶりにお会いできたことで怒りと嬉しさが入り混じって気持ちが整理できていないのはわかりますが、本音が駄々洩れになっていますよ……?」
「…………間違えた。とにかく、夜見は頼人が思っているような人間じゃないから。だから手伝わない」
何かメイドさんに耳打ちをされた後、若干頬を赤らめた夜見さんが急に席を立って俺の額を指で押さえがら脅すように言ってきたので、言いようのない迫力に俺は思考が止まってしまうのだった。
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