第20話「幻想的な女の子」

 ライブ会場を後にすると――俺は、ある屋敷を訪れた。


「――入っていい」


 一般家庭の二倍ぐらいあるドアの向こう側から聞こえてきたのは、クールな印象を受ける女の子の声。

 数時間前に電話越しに聞いたとはいえ、生で聞くとやはり少しだけ違う印象を受ける。

 彼女の声を聞くのは約一年ぶりなので少しだけ声の質が変わったのかもしれない。


 俺は若干緊張をしながらゆっくりとドアを開けた。


「よく来たね」


 中に入ると、すぐに俺を歓迎する言葉が聞こえてくる。

 声がしたほうを見れば、少し幻想的だと思うほどの可憐な少女がこちらを見つめていた。


 彼女の名前は天上院てんじょういん夜見よみさん。

 俺と同じ高校二年生だ。


 夜見さんは日本人とは思えないほどに色素が薄い粟色の髪を長くまっすぐと下に伸ばしており、前髪の隙間から除く瞳は碧眼で綺麗に澄んでいる。

 肌は純白に近く、シミ一つないのでよく外国人に間違われると本人は言っていた。

 そんな彼女が幻想的に見えるのは、掴みどころのない不思議な雰囲気を彼女が纏っているからだろう。


 少し見ないうちにまた一段と綺麗になったな、と思った。

 彼女もネコトちゃんと同様滅多にお目に掛かれない美少女なのだ。


「急な連絡だったというのに時間を作って頂いてありがとうございます。予定とかは大丈夫でしたか?」

「心配いらない」


 多忙な人なので今日は無理して時間を作ってくれたのかと思ったけれど、どうやら問題はなかったようだ。


 ――と、思ったのだけど。


「――お父上や総理との食事会をドタキャンして、後で怒られるのは私なのですが……」


 何やら夜見さんの隣でとても暗い表情をしているメイドさんがいるのだけど、絶対にこれは大切な用事をドタキャンした奴だ。


「あの、夜見さん?」

「大丈夫、何も問題はない」


 不安になった俺が顔色を窺うようにして声をかけると、彼女は無表情で問題はないと答えた。


 本当に問題はないのだろうか?

 後で俺が夜見さんのお父さんに怒られるというパターンだけは嫌なんだけどな。

 だって、そうなると俺の父さんにも怒られるようになるわけだし。


 ただまぁ、夜見さんが問題ないという以上は揉め事に発展することはないのだろう。

 それならばあまりつついて機嫌を悪くするのもよくないのでもう気にしないほうがいい。


「ところで、電話の件なんですが――」


 俺は頭を切り換え、今日起きたことの顛末を再度説明する。

 夜見さんはそれを黙って聞き続け、頭の中で整理をしているようだった。


 そして全てを話し終えた後――。


「ばかなの?」


 とても辛辣な言葉が返ってきた。

 うん、端的に怒っているというのがわかる。


「えっと……」


 一筋縄ではいかないとはわかっていたけれど、思った以上に不機嫌になっているので俺は少し戸惑ってしまう。

 すると、彼女は高級そうな漆黒の椅子から立ちあがり、ゆっくりと俺に近寄ってきた。


「ねぇ、頼人」

「は、はい?」

「君、何か勘違いをしてない? なんで君がアイドルのことに首を突っ込む必要があるの?」


 夜見さんは俺の傍まで来ると俺の目を見据えるようにして下から見つめてくる。

 クールな彼女にしては珍しくて怒っているようだ。


「なんでって、先程も言ったようにネコトちゃんが困ってるから……」

「困ってる? ただの子供のわがままじゃないの?」


 確かにネコトちゃんの思いは聞き分けのない子供のわがままに聞こえなくはない。

 しかし、ネコトちゃんの場合は優しさゆえのわがままだ。

 それをただの子供のわがままで終わらせてほしくはなかった。


「一緒に活動する仲間を助けたいという彼女の思いを俺は間違っているとは思えません」

「ふふ、面白いことを言う。そのくせに、君はクララという女の子を助けるつもりはないんでしょ?」


 夜見さんは鼻で笑うようにしながら目をギラリと輝かせる。

 俺は今日起きたことを話しただけで具体的にどうしたいかとかの話はしていない。

 それなのにクララちゃんを助けるつもりがないとバレているなんて、やはりこの人は頭の出来がそこら辺の人とは違う。


「そもそも君はどの面を下げて夜見の前に現れてるの? 夜見は君にとって都合がいい女?」

「えっ……?」


 急に話が変わり、思わぬことを聞かれて俺は再度戸惑ってしまう。


 夜見さんが都合のいい女?

 いったいどういうことだろう?


「夜見のことを裏切っておいてこんな時だけ来るの? 幼馴染みだったら大目に見てもらえるとでも思った?」

「ちょ、ちょっとまってください! 裏切ったってなんですか!? 俺は別に裏切ってませんよ!?」


 目に見えて怒っている夜見さんを前にして、俺は慌てて彼女の言葉を否定する。

 どうやら彼女が不機嫌になったのはネコトちゃんのことだけでなく、俺に対して何か勘違いをしているというのがあるみたいだ。

 おそらく俺が訪れた時にその態度を見せなかったのは、こちらにそのことを悟らせないために胸の中で押し殺していたということだろう。

 普段ポーカーフェイスなこの人ならむしろ怒りを見せるほうが珍しいからな。


「ふっ、裏切ってない? 元々君と夜見の関係は幼馴染以外にもあったはず。それを君は一方的に破棄した。それを裏切り以外のなんだと言うの?」

「あっ、それは……」


 ここでやっと俺は夜見さんが何について怒っているかを理解する。


 去年まで俺たちは長期休みの度にずっと一緒にいた。

 その理由が俺と夜見さんの関係――俺が、彼女の専属のボディガードとして幼い頃から雇われていたからだ。

 彼女は日本屈指の大手財閥のご令嬢で、元々俺の父さんが彼女のお父さんにボディガードとして雇われていたことが関係する。

 最初、誰にも心を許さなかった彼女はボディガードを付けられることを嫌がっていたが、同い年だった俺にだけは傍にいても文句を言わなかったので、俺の修行を兼ねてボディガードとして付けてみようという軽い気持ちがきっかけだったと聞いている。


 当然最初の頃はボディガードとしての役目は全く期待されていなかったので、どちらかというと遊び相手をしていたようなものだ。

 そして長期休みの度に俺は呼び出され、去年の高校一年生まではずっと一緒にいたことになる。


 だからお嬢様の彼女と一般市民である俺が幼馴染みという、少し不思議な関係がなりたっているのだ。


 しかし、俺たちの関係も去年突然として終わりを迎えた。

 夜見さんはそのことに対して怒っているようだ。


 ――だけど、一方的に俺が破棄したというのはどういうことだろう?

 あれは確か、父さんと夜見さんのお父さん――天上院社長の話し合いで決められたことのはずなんだが……。



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あとがき


いつも読んで頂きまして、ありがとうございます。

新作短編ラブコメ

『憧れの先輩が義姉になったのでゲーム友達に相談したらその日からやたらと義姉がかまってくるようになったんだけど?』

を公開致しましたので、

是非ともそちらも読んで頂けますと幸いです。


※相変わらずの砂糖多めな甘々物語に仕上げております!

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