第18話「もう一つの顔」
湊たちと別れた後はネコトちゃんが出てくるのを待っていた。
クララちゃんが厳しい処罰を受けた場合、心優しい彼女が気にしないとは思えない。
そのためのケアをするために俺は残ることにしたのだ。
もちろん、アイドルとしてのネコトちゃんと直接話すのは難しい。
ネコトちゃんと俺はアイドルとファンという関係であり、深い話をしたりすることなんてできやしないからな。
だけど、ネコトちゃんのもう一つの顔――早乙女華恋が相手なら、それはさほど難しくないだろう。
彼女はなぜか俺に気を許してくれている部分がある。
深く傷ついている彼女の前に俺が顔を出せば、自分の気持ちを吐き出してくれる可能性は高かった。
だから、気配を消して身を潜め、ネコトちゃんが早乙女さんに戻って一人になったところで話しかければいい。
そう思っていたのだが――。
「――今の、ネコトちゃんだよな……?」
ステージの近くにあった建物から飛び出してきた女の子は、独特な猫耳の髪型をしていた。
あんな髪型をしている子はネコトちゃん以外見たことがない。
それからすぐにアリサちゃんが飛び出してきて、ネコトちゃんの名前を呼んでいることからまず間違いなかった。
どうやら俺の予感は当たっており、ネコトちゃんは思っていた以上に精神的ダメージを追ってしまったようだ。
「――アリサちゃん」
「えっ……?」
後ろから声を掛けると、焦りながらネコトちゃんを探していたアリサちゃんが戸惑ったように振り返る。
「あなたは確か……先程ステージで助けてくださった御方……」
「覚えていてくださったんですね?」
「はい……確かお名前は、風早様……でしたよね?」
驚いた。
まさかあの状況でネコトちゃんが漏らした言葉を聞き取っていたとは。
そして覚えていたことにも驚いている。
「はい、それであっていますよ。ところで、ネコトちゃんはクララちゃんがグループから外されると聞いてショックを受けた感じでしょうか?」
「どうしてそれを……? もしかして、盗み聞きを……?」
アリサちゃんは少しだけ――相手に気付かれない程度のほんの少しだけ、眉を顰める。
最初から表情の変化を窺っていない相手なら見落としてしまうほどの小さな変化にとどめたのは、彼女が相手に嫌な気持ちを与えないように意識しているからだろう。
しかし、生憎俺はこういった時は相手の表情を常に観察しているため見落とすことはしなかったが。
いなかったはずの人間が事態を知っている。
それが彼女に疑心感を抱かせてしまったのだろう。
別に彼女に落ち度はないためわざわざ指摘する必要はない。
「いえ、状況から想像しただけです」
「なるほど……あなたほどの御方ならそれも可能なのでしょうね」
ふむ、意外な評価だ。
この子と話すのは初めてなはずなんだけどな……。
少し気になったが、今はネコトちゃんのことが優先なため他のことは後回しにしておこう。
「ネコトちゃんのこと、俺に任せてもらえませんか?」
こんなことを言ってもそう易々と了承されないのはわかっている。
だけど今は他の邪魔が入ることは避けたかった。
しかし――。
「……一つ、お聞かせください」
てっきり任せられないと言われると思っていたのに、数秒考えごとをしたアリサちゃんは予想外の返しをしてきた。
いったい何を聞きたいのだろうか?
「なんでしょうか?」
「ステージでのネコトちゃんの様子を見るに、彼女は風早様に絶大な信頼をおかれているのでしょう。あなたの言葉なら彼女の心に一番響くかもしれません。ですが、下手な期待を持たせることはネコトちゃんを更に苦しめることになります。策があって行動をなさろうとされている、とお思いしてよろしいのでしょうか?」
それは、空気を割くかのように真剣な声で尋ねられた言葉。
普段相手に安らぎさえも与える鈴を鳴らすような優しく綺麗な声ではなく、少し険のある相手を脅すような声だったのはネコトちゃんのことを心配しているからこそだろう。
彼女も優しいことで有名だけど、やっぱりただ優しいだけの女の子ではないらしい。
クララちゃんのことがあり、そしてネコトちゃんまでもが取り乱している中で本当なら不安が勝るだろうに、冷静を装えるだけの芯が通った女の子というわけだ。
そして、おそらく彼女はネコトちゃんが俺の名前を呼ぶ以前に俺のことを知っている。
そうでなければここまでのことを言ってこないだろうからな。
お嬢様というのはキャラ設定かと思っていたが、今も雰囲気が崩れないことを見るに設定ではないのかもしれない。
そうなれば、繋がりも見えてくるというわけだ。
「アリサちゃんは何か勘違いをされているようですね。一般人の僕にアイドル業界のことでできることはありませんよ」
「では、なぜ風早様はネコトちゃんの元に向かわれようとされているのですか?」
「彼女の気持ちを――彼女が、どうしたいのかを知りたいからです」
「……それが答えではございませんか」
俺の言葉を聞き、アリサちゃんは困ったように苦笑いをしてしまう。
もうこれ以上の会話は不要だろう。
「人払いと、ネコトちゃんのことは適当に誤魔化してもらえますか?」
「時間稼ぎですね、承知いたしました」
「あっ、それと――彼女が僕のことを名前で呼んでしまったこと、隠しておいてください」
「どうしてでしょうか?」
「おそらく彼女はそのことに気が付いていませんし、できるならネコトちゃんのもう一つの顔のことを僕は気が付いていないことにしたいんです」
そうしなければおそらく、早乙女さんは俺の前からいなくなってしまうだろうから――。
最後の言葉は飲み込んだが、アリサちゃんはこちらの思いをわかってくれたようだ。
おそらくネコトちゃんから普段自身の正体を隠していることも聞いていたのだろう。
アリサちゃんは俺の言葉に頷いた後はネコトちゃんのことを俺に任せてくれ、時間を稼ぐためにマネージャーさんたちの元へと戻った。
こうしておかないとネコトちゃんの捜索が始まるのは目に見えていたので、彼女が頭のいい子で助かったと思う。
みんなの元から飛び出してしまうほどにネコトちゃんが傷ついているのなら、そうのんびりと構えてはいられなかったからな。
俺はその後周りにパパラッチなどがいないことを確認しながらネコトちゃんが向かった方向へと急ぐのだった。
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