第17話「隠れSな女の子」
ネコトちゃんの元を訪れる約一時間前――。
「なんて無茶をするの!」
刃物を持った男に立ち向かったことで、俺は委員長に正座をさせられ説教を喰らっていた。
委員長は小柄で童顔な幼い子供みたいなのに、今は般若とさえ思うくらいの怒った様子を見せている。
ここまで彼女が怒るところを見るのは初めてだ。
「ま、まぁ、頼人には怪我がなかったんだし、男も取り押さえることができたのだから――」
「江村君は黙ってて!」
「は、はい!」
怒られる俺を哀れに思ってくれた翔太が仲裁に入ろうとしてくれたが、委員長に怒鳴られて即座に身を引いてしまった。
本当に怒った時の委員長は怖い。
周りの人たちは俺たちを見ながらヒソヒソ話をしているけれど、いったい今彼らにはどんなふうに俺たちが映っているのだろうか?
中には写真を撮っている人がいるし、SNSで拡散されないか心配だ。
「でも、あの時頼人が止めに入らなければネコトちゃんかクララちゃんのどちらかが刺されていたよ? 僕には頼人がした行動が間違いだったとは思えないな」
「それは結果論でしょ!? 風早君が刺されてたらどうするの!?」
「大丈夫だよ、頼人なら。むしろこの上ないほどの適任者だったはずさ」
「どういうこと……?」
湊の言葉を聞いて疑問を抱いた委員長が訝しげに俺の顔を見つめてくる。
言葉を発したのは湊なのに、どうやら俺の口から説明をしろと言ってきているようだ。
しかし――。
「企業秘密です……」
そう易々と話すわけにはいかなった俺は、口を閉ざすことにする。
「ほぉ……?」
当然ただでさえ機嫌が悪かったうえに誤魔化された委員長は、不機嫌そうに眉を吊り上げた。
一段と怖さが増すが、それでも俺は話すわけにはいかない。
湊が知っていることだって偶然が重なった故だ。
決して俺から進んで話したわけではない。
「なんの話だ?」
委員長の後ろでは俺の秘密を知らない翔太が湊に尋ねているが、湊は肩をすくめて首を傾げる。
俺が誤魔化したから自分も言うわけにはいかないということなのだろう。
「ねぇ、何を隠してるの? ほら、吐きなさい。早く吐きなさいよ」
そして俺たちのほうでは俺に秘密を吐かせようとする委員長が両頬を引っ張ってきていた。
怒っているはずなのに委員長の表情はどこか楽しげだ。
もしかしたら彼女は隠れSなのかもしれない。
「ひえませぇん……」
話せと言われつつも両頬を引っ張られている俺はうまく発音ができなかったが、それでも話さないことを委員長に伝える。
すると、委員長の表情がニヤッと意地悪く緩んだ。
まるで、もっと拷問ができるとでも言うかのように。
やっぱり彼女は隠れSな気がする。
「委員長、人目があるんだからそろそろやめなよ……」
楽しそうな委員長の表情に若干引いている湊が、周りを見回しながら苦笑いで委員長に声をかけた。
それにより委員長は初めて俺たちが今どんな状況に置かれているかを理解したようだ。
「えっ!? いつの間に私たち囲まれていたの!?」
委員長は見世物を見るかのように俺たちの周りを取り囲む多くの人を見て凄く驚いた声を出す。
どうやら怒りのあまり囲まれていることに気が付いていなかったらしい。
「そりゃあ――ピンチだったネコトちゃんたちをまるでヒーローかのように突然姿を現した男があっさりと助けたんだから、注目をされるのは当然でしょ? 刃物を持った男を素手で取り押さえるなんて普通じゃないし」
そう、湊の言う通り、俺はステージから降りた後も周りの人たちから凄く注目を浴びていた。
その状態で湊たちの元に戻ったところ、委員長のお説教タイムが始まったというわけだ。
みんないきなり正座をさせられた俺のことをとても驚いたように見ていたし。
そのせいで余計にみんな俺たちを見ていたのだろう。
「…………」
「あの、委員長……? 今更顔を隠しても遅いと思うのだけど……?」
大勢の人に見られている状態で説教をしていたことが恥ずかしかったのか、委員長は俺の腕に顔を埋めるようにして抱き着いてきたのだが、もう手遅れ感は否めなかった。
「仕方ないでしょ……! これは風早君のせいだからね……!」
「まぁそれは否定しないけどさ……」
俺がステージに上がらなければ彼女がこんなに怒ることもなく、注目をされることもなかったはずなので否定はできない。
だけどこんなふうに抱き着いてきたらそれはそれで注目を浴びてしまうんだよな……。
スマホのカメラをこちらに向けてきている人も多いし、本当にこれSNSで拡散されているんじゃないだろうか?
今更どうしようもないから止めるなどの無駄なことはしないけどさ……。
少し、頭が痛くなってきた。
「それよりも、大変なことになったね……。クララちゃん何も処罰されなければいいけど……」
もう実質委員長のお説教タイムは終わったため、クララちゃんを推している湊が話を変えて不安そうな声を出す。
その際に向けてきた目線から、俺に意見を求めてきているのがわかる。
正直言うと、クララちゃんの処罰は免れないだろう。
男に刃物を向けられた時にクララちゃんが答えてさえいなければ、彼女の人気具合を考えて事務所は彼女を守る方向で動いたはず。
例えば、刃物を持った男の思い込みや狂言だったということにしてな。
しかし、クララちゃんは答えてしまった。
あの男に貢がせていたということを認めてしまっていたのだ。
刃物を持った男がいることでステージから観客はある程度離れていたけれど、それでもその台詞を聞き取っていた人たちはいる。
そうとなれば、何かしらの対応を事務所は取らなければならない。
最悪、クララちゃんを切ることさえも視野に入れるだろう。
ここ最近彼女たちの人気は上がり続けているし、事務所自体も大して大きくないところらしいから看板となる彼女たちの人気は絶対に落とせない。
更にさっきのクララちゃんを庇うネコトちゃんの行動は、多くの人の心を掴むはずだ。
そうとなれば、天使の歌声を持つアリサちゃんと今回人気がうなぎ上りになるであろうネコトちゃんだけで組ませ、人気が急降下して足を引っ張るクララちゃんを切りたいと考えてもおかしくない。
厳しい判断と言わざるを得ないが、芸能界などでは珍しくないことらしいしな。
「……悪い、先に帰っててくれないか?」
思うところがあった俺は、湊たちに先に帰るよう促した。
「どこに行くつもりなの……?」
俺一人別行動をしようとしたことで、相変わらず俺の腕に顔を埋めていた委員長が不安そうに俺の顔を見つめてくる。
まるで幼い子供のような表情を見てこのまま離れることに躊躇してしまうが、それでも今は優先したいことがあったので優しく委員長の手を放させた。
そして、後は湊に委員長のことを任せることにする。
「ちょっとやっておかないといけないことを思い出したからね」
「でも――!」
「いいから、頼人の好きにさせてあげなよ。何も心配はいらないからさ」
こういう時察しがいい湊は、刃物を持った男が現れた時と同様に委員長の腕を引っ張って止めてくれた。
俺が何をするかはわからないまでも、ネコトちゃんたちに関わることをしようとしているのを理解しているのだろう。
今回はクララちゃんのことだし、湊としてもどうにかしたいだろうしな。
――ただ、湊には悪いけど、例え厳しい処罰を与えられることになったとしても俺はクララちゃんを助けるつもりはない。
手がないというわけではないけど、事実を捻じ曲げて隠蔽するようなことは嫌いだからだ。
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