第16話「声」
「――とりあえず、クララに処分は下さないといけないでしょうね。最悪、クララはもうグループから外すことも検討しないと……」
風早君のおかげで刃物を持った男の人を取り押さえることが出来た後、マネージャーさんはクララちゃんを交えながら偉い人たちとお話をしていた。
ライブでこんな騒ぎが起きたことは私たちのグループに酷い被害を与えてしまっている。
順調に人気を伸ばしていて、最近では全国的に大きく活動を始めていただけに事務所にとってはとても重たい出来事で、そのためクララちゃんへの処罰は重たくなるという声が聞こえてきた。
クララちゃんは泣いて謝っていたけれど、マネージャーさんたちは許してくれそうにない。
可哀想だと思うのに私に出来ることは何もなかった。
ただ、皮肉なことにSNSでの私の人気は現在急上昇中らしい。
身を呈してクララちゃんを庇いながら刃物を持った男の人に立ち向かったということで、多くの人の心を掴んだとマネージャーは言っている。
あの時の出来事を動画で撮っていた人がいたらしく、その映像がSNSで流れているのが大きいとの事。
――でも、そんな事どうでもよかった。
私一人人気になっても何も意味がない。
三人で頑張っていきたかったのに。
三人で仲良くやっていきたかったのに。
もうそれは無理かもしれない。
だって、クララちゃんがあの男の人を誘惑していたということがSNS内を駆け巡ってるんだから。
「ネコトさん、大丈夫ですか……?」
泣いているクララちゃんを見つめながら考え事をしていると、同じグループのアリサちゃんが心配そうに声をかけてきた。
アリサちゃんだって今後のことに不安を抱えているはずなのに、私のことを心配してくれるなんてとても優しいと思う。
クララちゃんも危ういところはあるけれど、本当はとてもいい子だということを私は知っている。
だから私はこのグループが大好きで、これからもこの三人で頑張りたかった。
「うん、大丈夫だよ。アリサちゃんは大丈夫?」
私は心配をかけないよう無理矢理笑顔を作って答える。
しかし、付き合いが長いだけにアリサちゃんには私の虚勢は丸わかりだったみたい。
「どんな結末だろうと、また三人で頑張りましょう」
私の手に優しく自分の手を重ねると、アリサちゃんはとても優しい声で励ましてくれた。
私と同じようにアリサちゃんも三人で頑張っていきたいと思っているみたい。
そのことに私は少しだけ救われた気がした。
「そうだね、また頑張ろう」
――そう答えた私だったけれど、現実はとても非情だった。
「処分が決定しました。クララは謹慎処分とし、その後はソロで活動させます。今後はネコトとアリサの二人グループで活動をしてください」
「「そ、そんな……!」」
あまりにも重たい処分が下され、私とアリサちゃんは声を出さずにはいられなかった。
もうクララちゃんはお部屋から連れ出されてしまっている。
彼女が連れ出された時点で嫌な予感はしたけれど、まさかグループから外されるなんて思わなかった。
「せっかくここまで三人でやってきたんです! いくらなんでもグループを外すなんて……!」
「仕方ありません。普通のアイドルグループであればこんな処分は下さなかったかもしれませんが、ここ最近のあなたたちの人気はうなぎのぼり――あなたたちは、トップアイドルになれる可能性を秘めているのです。ですから、余計な障害は取り除かなければなりません」
「ですが、それはクララちゃんもいたからこそです!」
私はなんとかクララちゃんを外されないように主張をする。
しかし、マネージャーさんは首を横に振った。
「現在クララの人気は急降下。逆に先程も言った通り、ネコトの人気はかなり上がりました。元々は天使の歌声により頭一つ人気が高かったアリサと並ぶどころか、ネコトのほうが人気になりつつあります。このチャンス、逃すわけにはいきませんよね?」
「ですが――!」
「いい加減に割り切りなさい! あなたは商業アイドルなのですよ!? 自分が売れることをしっかりと考えなさい!」
食い下がる私に対して、マネージャーさんは初めて大声を上げた。
マネージャーさんに怒鳴られるのは初めてな経験で、私は自分がどうしたらいいのかわからなくなる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、目頭がとても熱くなってきた。
そして、思わずお部屋を飛び出してしまう。
「ネコトちゃん……!」
背中からはアリサちゃんの声が聞こえてきたけれど、私はもうそのまま走り続けた。
「――ひっく……ぐすっ……ひどいよぉ……。あんまりだよぉ……」
あの後建物の外へと出た私は、誰にも見つからない場所で一人泣いていた。
たった一つの出来事が今まで積み上げた物を一瞬で壊すだなんて想像もしてなかった。
せっかくここまで頑張ってきたのに、もうなんのために頑張ってきたのかわからない。
クララちゃんが悪かったのはわかってるし、アイドルとして活動をしている以上事務所の意向に従わないといけないというのもわかってる。
頭ではわかってるけど、心が納得していなかった。
そのせいで胸がとても苦しくて、誰かに話を聞いてほしい。
うぅん、誰かじゃない。
この苦しみを無くせるように――。
「――君の泣き顔なんて、見たくなかったな……」
「えっ……?」
突如頭上から聞こえてきた声。
それは、今最も聞きたかった人の声だった。
反射的に顔を上げると、ライブが中断となってもう帰ったはずの男の子が私のことを見下ろしていた。
「どう、して……?」
「凄い勢いで君が飛び出して行ったからかな? 話、聞こうか?」
そう言ってくれた人は少し困ったような笑みを浮かべながらも、とても温かい目を私に向けてくれている。
それが今の私にとって何よりも救いだった。
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