第13話「満面の笑みと複雑の笑み」

「――で、なんで委員長がいるの?」


 ライブ当日、待ち合わせ場所に現れたツインテールの女の子を見て湊が訝しげに眉をひそめる。

 そんな湊に対してツインテールの女の子――委員長は、ニコニコ笑顔で口を開いた。


「優しい人からチケットをもらえたの」


 女の子らしくお洒落をし、それによってかわいさを増した委員長の言葉を聞いて湊と翔太の視線が俺へと向く。

 そして目だけで『お前が用意したのか?』と聞いてくるが、生憎用意したのは俺じゃない。


 おそらく、早乙女さんだ。


 思い返すこと、委員長がライブに行きたいと言った日の翌日。

 朝登校した彼女の机の中にライブのチケットと手紙が入っていたらしい。

 そのことを委員長は俺にだけ報告をしてきた。

 湊たちには当日会ってから驚かせたいということで内緒にしたかったみたいだ。


 いきなりライブのチケットが入っていたら疑うものだけど、俺が持っているチケットと全く一緒だったし、女の子特有のかわいらしい文字で委員長宛に手紙が入っていたから信じることにした。

 そしてその文字が、以前早乙女さんが俺とのやり取りでメモ用紙に書いていた文字と凄く類似していたのだ。


 だけど、そのことを早乙女さんに尋ねてみたところ凄い勢いで否定をされてしまった。


 その際に見えた動揺は逆に彼女が用意したと言ってるようにしか見えなかったものだ。

 いったいどうして彼女が用意できたのか――そして、どうして委員長のために用意したのにもかかわらず必死に隠そうとしているのか。


 見えてくるのは二つの可能性。

 一つは、早乙女さんがネコトちゃんのファンで自分用に用意していたライブチケットを委員長に譲ったため、そのことを気にしてほしくなかった早乙女さんは匿名で委員長に渡したということ。

 もう一つは、早乙女さんがチケットを用意できる立場であり、そしてその立場にいることを知られたくないということだ。


 普通に考えれば前者だろう。

 早乙女さんはとてもいい子だし、相手に気にしてほしくないという考えを持っていても不思議じゃない。

 しかし、一つだけ気になることがあった。


 それが、早乙女さんはネコトちゃんと同じアニメ声だということだ。


 そのことを踏まえると今までの見方が一変する。

 もしかして彼女は――。


「ねね、早く行きましょ、風早君」

「えっ? あ、あぁ、そうだね」


 考え込んでいると、おめかしをした委員長が嬉しそうに俺の服の袖を引っ張ってきたので、我に返った俺は戸惑いながらも頷く。

 これから楽しみにしていたネコトちゃんたちのライブに行くというのに、俺はいったい何を考えているのだろうか。

 今考えてもわからないことなのだし、もし俺の仮説が当たっていたとしても彼女・・が隠したがっているのなら詮索するべきじゃない。

 それが彼女に対する礼儀だ。


 自分の中で考えをまとめた俺は、再度委員長を見て笑顔を作る。


「さて、今日は委員長が迷子にならないように気を付けないとね」

「なっ――!? ちょっと風早君それはどういう意味かな!? 私のことを子供扱いしてるの!?」


 俺が冗談めかして言うと、委員長がポカポカと体を叩いてきた。

 こんな行動を取られれば子供扱いもしたくなるというもの。

 それにライブ会場は人で溢れているし、小柄な委員長を見失っても不思議じゃない。


 という意味があったのだけど、委員長は俺の言葉が気に入らなかったらしい。

 それと湊と翔太の目が酷く俺を睨んでいるんだが、そんなまずかったのかな?


 俺は怒る委員長に叩かれ、そして親友二人からは睨まれながら会場へと移動するのだった。


 ――そして、待ちに待ったネコトちゃんたちのライブ。

 大きなバックアップがない自分たちを売り出すために磨き続けている、歌とダンスは見る者を魅了するほどに高クオリティ。

 特にセンターを任されているアリサちゃんは天使の歌声と言われるほどに綺麗な歌声をしている。

 そして、ネコトちゃんとクララちゃんを含む三人の踊りはダンサー顔負けだ。

 これで人気が出ないはずがない。


 現に――。


「ネコトちゃぁあああああん!」


 数曲聞き終えた後、隣に立つ委員長は大はしゃぎしていた。

 普段は大人に見せようと取り繕っている彼女だけど、内心は結構子供だ。

 今は取り繕うことも忘れてはしゃいでしまっている。


 委員長が実は子供っぽいことを知らない湊たちは戸惑うかと思ったけれど、推しアイドルたちに目を奪われていて委員長の様子に気が付いていない。

 ――どころか、委員長と同じように自分の推しアイドルの名前を大声で叫んでいた。

 なんだか取り残された気分だ。


「ねぇねぇ、ネコトちゃんかわいい! 凄くかわいい!」


 曲が終わり、次の曲が始まるまでの間にはしゃいでいる委員長が子供のように輝かせた目をして話しかけてきた。

 完全に堕ちたな、と俺は思いつつも笑みを浮かべて委員長を見る。


「だよね、本当にネコトちゃんはかわいいんだ。この世で一番かわいい女の子だよ」


 天使の歌声を持ちながらお嬢様キャラとしても人気を有するアリサちゃん。

 毒舌妹キャラで不思議なカリスマ性を持つクララちゃん。


 ネコトちゃんはその二人に比べると見劣りすると思われているのか、髪型を猫耳にして猫耳キャラとして事務所から売り出されている。

 しかし、彼女のアニメ声はアリサちゃんの歌声に劣らない魅力があるし、猫耳キャラにしなくても彼女の容姿は二人に勝るとも劣らない。

 何より、ファン皆に向ける笑顔は誰もを魅了する魅力があった。


 俺はそんな彼女のことをこの世で一番かわいいと思っている。


 だけど、俺の言葉を聞いた委員長は先程まで浮かべていた満面の笑みではなく、複雑そうな笑みを浮かべてしまった。

 いったいどうしたんだろう?


「これほどまでに残酷な人間を僕は他に知らない」


 そう呟いたのは、俺を挟んで委員長とは逆の位置にいる湊だった。


 残酷?

 それは俺のことだろうか?


 しかし、俺が尋ねようとすると次の曲が始まってしまった。

 曲の最中に私語は厳禁。

 だから俺は思考を切り換えてネコトちゃんたちのライブを楽しむことにした。


 ――そんな中だった、ある事件が起きたのは。

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