第14話「予想もしない事態と動かざるを得ない状況」
「――殺してやる!」
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
ライブの最中に突然男がステージに上がったことさえも驚かざるをえなかったのに、その上男は鞄から包丁を取り出してネコトちゃんたちに構えたのだ。
これは、絶対に許されない暴挙にもほどがある。
「か、風早君、これもイベント? イベントなのかな?」
全員がパニックになる中、普通ならありえない事態に対して委員長がイベントかと俺に尋ねてきた。
やらせの可能性がないかと言えばなくはないのだが、ネコトちゃんたちの反応――そして、警備員を含む関係者の人たちの焦った表情を見るにやらせではないだろう。
何より、今までネコトちゃんたちのライブでこんな催しがあったことなど一度もない。
「イベント、ではないだろうな……」
「ど、どうするの!? ネコトちゃんたちが危ないよ!?」
「どうするも何も、警備員に任せるしかないでしょ!」
慌てふためく委員長に対し、同じく焦りを抱いている湊が怒鳴るように大声を出した。
湊の言う通り、ここは警備員に任せるべき場面だ。
これも彼らの仕事の一つだし、現場配置や内部事情を知らない外部の人間がしゃしゃり出ると彼らの邪魔になりかねない。
――しかし、こういった事態はほとんどないため、初めてのケースに警備員が戸惑って動けていないのが遠目からでもわかった。
だから、俺は行動することにする。
「ちょっと風早君!? 何をしているの!? まさか――!」
「委員長は湊たちと一緒にいろ!」
目の前にいる人たちを強引にかけわけながらステージに向かっていると、何を思ったのか委員長が付いて来てしまったので俺はきつめな口調で彼女に命令をした。
それによって彼女は怯えた表情をするけれど、キッと睨むような表情をして俺に付いてこようとする。
そんな委員長の腕を湊が引っ張って止めた。
俺はそれを見てもう委員長のほうは大丈夫だと思い、ネコトちゃんたちの元へと急ぐことにする。
◆
「ど、どういうつもりなのですか! こんなことをしたらだめですよ!」
いきなりステージに上がってきた男の人が包丁を私たち――うぅん、クララちゃんに包丁を向けてきたことで私は焦りながらも声を張る。
こんな人今までに見たことがない。
握手会で来てくれるファンの顔はみんな覚えているから、少なくとも私のファンじゃないと思う。
クララちゃんに用があるみたいだし、クララちゃんのファンの人なのかもしれない。
「うるさい! お前は関係ないだろ! 俺はクララに用があるんだよ!」
やっぱり、クララちゃん目当ての人みたい。
チラッとクララちゃんに視線を向けてみれば、とても青ざめた表情をしてしまっている。
包丁なんかを向けたられたらそうなるのは当然の反応だった。
私だって正直言うと凄く怖い。
でも、クララちゃんはメンバーの中で一番幼いから私が守るべき。
そう思った私は、クララちゃんを背中に隠しながら男の人に話しかける。
「こんなことしても何もなりませんよ! お話があるのなら握手会に来てください! そうすればクララちゃんとお話できます!」
短い時間だけど、握手会ならファンとアイドルがお話できる。
私なんて風早君とお話するためにたった一分くらいしか話せない握手会のことを毎回楽しみにしていた。
この人もこんな馬鹿なことをしなかったら少しくらいお話しできたはずなのに、いったい何がこの人をこんな行動に駆り立ててしまったんだろう?
「いいんだよ、これで! そいつを殺して俺も死ぬ! それで全て終わりだ!」
「どうしてそんな酷いことをしようとするんですか! クララちゃんがいったいあなたに何をしたって言うんですか!」
私は必死に男の人に声をかける。
早くこの男の人を取り押さえてほしかったけれど、どうしてか誰も止めに入ってくれない。
警備の人たちはいったい何をしているの、と心の中で思いながらも私は男の人の顔を見つめた。
すると、男の人は信じられないことを口にする。
「何をされたって!? それはクララに聞いてみろよ! 売れるまでは恋人として俺に貢がせ、自分が大人気になった途端あっさりと俺を捨てたその女によ!」
「えっ……? ほ、本当なの、クララちゃん……?」
私は男の人の言葉に動揺をしてクララちゃんに視線を向ける。
アイドルの恋愛はご法度。
いくら最年少とはいえ、クララちゃんがその決まりを知らないわけがない。
だから男の人が思い込みで言ってる可能性は十分にある。
だけど、ここまでの行動をしているのだから嘘はついていないと思った。
恋人というのは思い込みだったとしても、貢がせていたということは何かしらの物かお金をクララちゃんはもらっていたのかもしれない。
本当だったら同じグループの子のほうを信じるべき。
でも、クララちゃんという女の子がどういう子かというのを知っていた私は、男の人が言ってることは真実のような気がしてしまった。
そして、その予感は当たってしまう。
「だって、勝手に貢いできただけだもん! くれるって言ってるのをもらって何が悪いの! それに、付き合ってなんかないし!」
やっぱり……。
クララちゃんは善悪の判断が危ういところがある。
事務所を通してファンからのプレゼントをもらっていたのならいいけれど、個人的に直接もらっていたのは問題だよ。
それに多分、きっともらっていたのは少額の物じゃないだろうし。
そして、クララちゃんの今の言葉が男の人を刺激してしまった。
男の人は顔色を変えて包丁を握る手に力を込める。
今にでも突っ込んできそうな様子に私の足はすくんでしまった。
「付き合ってなかっただと……!? それなのにあんなにもいろんな物を買わせたのかよ! 本当に殺すぞクソ女!」
とうとうそう叫びながら、男の人は突っ込んできてしまう。
だけど、足がすくんでしまった私の体は動くことができない。
そしてそれは、私の後ろに匿っているクララちゃんも同じようだった。
せめてこの子だけでも守らないと――そう思った私はクララちゃんの体を後ろ手で背中に隠すように抑えながら、ギュッと目を閉じた。
もう本当に、体に痛みが走ることを覚悟する。
でも――その時、聞き覚えのある声が私の耳へと届いた。
「どんな理由があろうと、人を殺していいわけがないだろ」
「うぐっ――!」
聞き覚えのある声と同時に、刃物を持っていた男の人の呻き声が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、見覚えのある男の子が私を庇うようにして立っている。
その男の子が誰かと頭が理解した途端、私は凄く安堵してしまった。
――そう、思わずその男の子の名前を呼んでしまうくらいに。
「風早君……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます