第12話「譲れないこと」

 風早君たちと初めてお昼を食べた日の夜――。


『うん、そうだよ。昔はトレーニングばかりしてた。そういう家系に生まれちゃったからね』

『そうなのですね(о´∀`о) でも、大会とかには出ていませんよね?(´・ω・`)』

『よく知ってるね?』


 日々の楽しみになっている他愛のないやりとりの中でなにげなくしてしまった質問。

 しかし、風早君からの返信を見て私は踏み込みすぎたことに気が付いた。


 確かに学校でほとんど話したことがない私が風早君のその情報を知っているのはおかしい。

 普通の部活ならまだしも風早君の場合は武道で、学校でそんな会話をすることなんてほとんどなかった。

 そもそも彼が武道をやっていることすら知る人は少なかったはず。


 一年生の頃はどちらかというと風早君は人を寄せ付けないような人で、遊びの誘いとかにも乗らない人だった。

 そんな彼と仲良くしようとする人はいなくて、彼が何をしているのかも知ろうとはしなかったと思う。

 そして二年になってからも、彼は自分から武道をしていることはあまり話したがらず、よく遊ぶ笹倉君たちぐらいにしか話してないという会話をしていたのを聞いたことがある。


 私が知ったのも、早乙女華恋としてではなくネコトとしてだった。

 

 それは、風早君がまだネコトのファンになってくれる前の出来事。

 彼は自称ネコトファンと言ってもいいくらいネコトのことを推してくれているから、きっとファンになる前の出来事でも覚えてくれているはず。

 お歌のレッスンに向かっていた私が不良の人たちに絡まれ、そしてたまたま居合わせた風早君が助けてくれたということを。


 暴力を一切せず、脅しだけで不良の人たちを追い払った風早君はとてもかっこよかった。

 その時にはもう風早君のことが好きだったけれど、更に好きになったくらいかっこよかったの。


 だって、目にも止まらない速さで風を切る正拳突き(?)を披露し、それによって不良の人たちをびびらせた後、逃げて行く彼らを見ながら風早君はこう言ったの。


『人を傷つけるために力を使うのは弱い奴がすること。力は誰かを守るためにあるんだよ』と。


 今思い返すと風早君もお年頃だったのかな、とは思うけれど、当時の私の心には凄く響いた。

 その時に私は時間も忘れて風早君に色々と質問をし、彼は初対面にもかかわらず丁寧に優しく教えてくれたの。

 だから私は彼が武道をしていることも知っているし、大会に出ていないことも知っていた。


 だけど、どうして大会に出ていないのかは知らない。

 そこの話になりそうになった時、風早君は困ったような笑みを浮かべて誤魔化してしまったから。


 けれど、今はそんなこと後回しにしないといけない。

 早乙女華恋が、風早君が大会に出ていないということを知っているのは普通におかしかった。

 そして、ネコトの正体が私だと知られたくないのなら絶対にしてはいけないミスだったと思う。


 もしかしたら、ここからネコトに結び付けられてしまうかもしれない――それは凄く困ることになるので、私はどう誤魔化そうかと必死に考え始める。

 しかし、私が何かを送る前に風早君が続けてメッセージを送ってきた。 


『出たくても、出られないんだ』


 出たくても出られない――やっぱり、何か事情があるみたい。

 別に風早君が過去に何か駄目なことをしたということではないと思う。

 風早君とは中学が違うけど、もし大会に出られないようなこと――例えば暴力事件を起こしていたりしたら、噂になっていないはずがない。

 私の学校には風早君と同じ中学の子だって何人もいるから、もし問題行動を起こしたことがあるならきっとその子たちの誰かが広めているはず。

 それがないということは、風早君が何かをやらかしたことはないんだと思う。


 やっぱり、家系の問題なのかもしれない。

 代々武道をやっている家らしいから、その家の決まりで出られないというところかな。

 だけど風早君は聞いてほしくなさそうだし、私もこれ以上ミスはおかせないのでここは別の話題にシフトしよう。


 ……そういえば、昔は委員長さん――二階堂さんと風早君凄く仲が悪かったのに、いつの間にか仲良くなってた。

 というよりも、二階堂さんの風早君を見る目は私と同じかもしれない。


 昔は、クラスの輪に溶け込もうとしない風早君に二階堂さんが一方的に突っかかっていたイメージだけど、今では一緒にいると凄く楽しそう。

 一年生の途中くらいから風早君に対して二階堂さんは何も言わなくなって、ちゃんと話すようになったみたいだけどいったい二人の間で何があったのかな?

 もし二階堂さんも風早君のことが好きなら――彼女は、私のライバルになってしまう。


 早乙女華恋という人間では二階堂さんの足元にも及ばないけど、ネコトという人間なら風早君に限っては勝ってるはず。


 だって、彼はネコトの大ファンのはずだもん。

 それなのに他の女の子に心を奪われるのはおかしいよね?

 だから、決して私は焦ったりしないの。

 焦らず、ゆっくりと風早君と距離を詰めようと思った。


 アイドルを卒業できる、その日が来るまで。


 だけど――それはそうと、私はしないといけないことがある。

 傍から見ればライバルに塩を送る行為だけど、それでもお昼の様子を見ると放っておくことはできない。


 私は二階堂さんや風早君の顔を思い浮かべながら、今日の仕事終わりにマネージャーさんからもらった物を鞄の中にしまうのだった。

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