第10話「敵情視察と喧嘩するほど仲がいい」

「――それでさ、その時翔太のせいで先生に凄く怒られたんだよ」

「いや、あれはお前も同罪だろ!? むしろ俺を囮にしたこと今も忘れてないからな!」

「とりあえず笹倉君と江村君は毎度問題を起こすことをやめてくれないかな?」


 湊と翔太の馬鹿話を聞き、委員長が呆れたように溜息をつく。

 だけど表情は笑っているので実は内心楽しんでいることがわかる。


 なんだかんだ言って、委員長は翔太や湊と相性がいいんだよな。

 まぁそれも、彼女の懐の広さがあってこそだろうけど。


 ちなみにその湊たちが馬鹿をやったというのは、ネコトちゃんが所属するアイドルグループのCDが発売される日に掃除当番になってしまい、どうにか抜け出そうとして先生に見つかったという話だ。

 俺は掃除当番じゃなかったから巻き込まれなかったのだけど、確か湊の巧みな言葉に誘導されて(騙された)囮になった翔太が先生に捕まってしまい、その後翔太の口から湊の仕業だというのが漏れて結局二人とも怒られたはず。

 最近はネコトちゃんたちのCDは地元出身だからか発売日にすぐに売れ切れてしまうから焦る気持ちはわかるけど、さすがにルールを破るのは駄目だ。

 もし同じようになったら俺はさっさと掃除を終わらせてそれから猛ダッシュでお店に買いに行くだろう。

 現に、今まで掃除当番が重なった日はそうしてきたしな。


 さてそれはそうと、翔太や湊、委員長はほっといても話が進むからいいのだけど、問題は今現在隣で頭を左右に小さく揺らしながらモグモグと小動物みたいにお弁当を食べている子だ。

 時々翔太たちの話を聞いていてクスリと笑っているので話自体は聞いているのだろうけど、相変わらず自分から進んで話に入ろうとはしない。

 見た感じ心なしか楽しそうには見えるのでこのままほっといても問題はないのかもしれないが、ちょっと一人除け者にするのも気が引ける。

 だから俺は委員長たちの話から一旦抜け、早乙女さんに話しかけることにした。


「早乙女さんのお弁当、おいしそうだね。お母さんが作ってくれたの?」


 俺が声をかけると、少し驚いたように早乙女さんの顔が俺へと向く。

 しかし、自分がされた質問を理解すると小さく左右に首を横に振った。


「あれ? もしかして早乙女さんが作ったの?」


 コクコク――今度は、一生懸命縦に首を振る。

 どうやら早乙女さんは自分でお弁当を作っているようだ。

 

 早乙女さんのお弁当の中身は、つくね団子にシュウマイ、ピーマンの肉詰め、それにポテトサラダやホウレンソウ入り卵焼きなど、どれもおいしそうだ。

 これらを自分で作っているなんて素直に凄い思う。


「早乙女さんはお料理が上手なんだね、凄いなぁ」


 俺は心から思ったことを早乙女さんに伝える。

 すると、なぜか彼女はブンブンと首を横に振ってしまった。

 見える頬は少し赤みを帯びているような気がする。


 もしかしなくても褒められて照れたようだ。

 やっぱりこの子はなんだかかんだでかわいいと思う。


「そういえば、頼人も次のライブに行くよな?」


 顔を赤くしてモジモジとする早乙女さんのことを微笑ましげに見つめていると、いつの間にかライブの話になっていたのか翔太が話を振ってきた。

 もう少し早乙女さんのことを見ていたかったけれど、話を振られてしまったら無視をするわけにはいかない。

 俺は名残惜しく感じながらも翔太に視線を向ける。


「あぁ、もちろん。いかないわけがないだろ」

「だよな~! あぁ、楽しみすぎる!」


 翔太は本当に楽しみなようで今からネコトちゃんたちのライブに思いを馳せる。

 俺としてもネコトちゃんのライブは楽しみでしかない。

 日々の修行もその日のために頑張っていると言っても過言ではないだろう。


 ……そんなこと父さんに聞かれれば、しばきまわされた挙げ句山に数ヵ月放り込まれそうだが。


「すっかり、アイドルオタクになっちゃって……」

「委員長?」


 隣で食べていた委員長の表情が急にくもり、俺は気になって声をかけてしまう。

 すると、ハッとしたような表情をした後、委員長はブンブンと首を横に振った。


「うぅん、なんでもないの! そ、それよりも、私もそのライブに行ってもいいかな!?」


「「「えっ?」」」


 何かを誤魔化すように声をあげた委員長の言葉に、俺や翔太たちの声が重なる。


「いや、委員長アイドルに興味ないでしょ? なんで来るの?」


 年下相手以外は毒舌の湊が委員長の考えを尋ねる。

 言い方は少し悪いが、同じ思いを俺も抱いていた。

 委員長は今までアイドルに興味を示さなかったし、今もアイドルが好きなようには見えない。

 そんな彼女がわざわざアイドルのライブに行きたがるなんて何を考えているのかわからなかった。 


「いいじゃん、私も見てみたいんだもん。風早君たちがハマってるアイドルを」


 なんだろ、若干拗ねているような感じで口を尖らせながら委員長は答えた。

 正直俺には委員長が何を考えているのか未だにわからない。

 だけど、湊たちには委員長の考えがわかったようだ。


「「あぁ、敵情視察か」」


「敵情視察? もしかして、委員長はアイドルになりたいのか?」


「「「なんでそうなる(の)!」」」


 港たちの言葉を解釈すると、湊、翔太、そして委員長の三人が声を揃えて怒ってきた。


「いや、だって、アイドルのライブを観に行くことを敵情視察って言うから、同じアイドルになりたくて観察に行こうとしてるのかと……」

「たまに見せる頼人の鈍感さには呆れるよ」

「本当にな」


「というか、笹倉君たちも間違ってるからね! 私はただ単に、好奇心で見に行きたいだけなんだから!」

「それはないね」

「ちょっと笹倉君……!」


 なんだか俺が呆れられたと思ったら委員長と湊の言い合いが始まってしまった。

 というよりも、委員長が珍しくも怒り、そんな委員長の怒りを湊が軽くいなしている。

 こんな光景を見るのは珍しいだろう。


 そして一番こういうことに耐性がない早乙女さんが隣でアワアワとして慌てていた。

 チラチラと俺の顔を見上げてくるのは、湊たちを止めてほしいという気持ちを表現しているのだろうか?

 普段なら俺も止めに入るのだけど、今はいまいち話の流れがわかっていないので止めづらい。

 ということで、ここは委員長たちの好きにさせておくことにした。

 この二人なら酷い喧嘩になることもないし、今のように湊が受け流していればすぐに終わるだろう。


 まぁその後で絶対委員長による報復があるだろうが、それはそれ。

 委員長を煽っている湊が悪いので俺は知らないふりをするのだ。


「大丈夫だよ、早乙女さん。ほら、喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ? 二人は仲良しだからじゃれ合ってるだけだよ」


 俺がそう言うと早乙女さんは小首を傾げたけれど、すぐに納得してくれたのかコクコクと頷いてくれた。

 どうやら早乙女さんはおとなしい見た目通り素直で聞き分けがいいようだ。


「元凶がこうも知らないふりをしていていいのかよ……」

「えっ?」

「いや、なんでもない」


 翔太が何か呆れたように呟いたので反応をすると、大きな溜息をつかれた後に首を横に振られた。

 何か呆れられるようなことを俺はしたのだろうか?

 翔太に呆れられるなんて地味にショックなんだが。


「喧嘩する程仲良し……。でも、風早君と喧嘩をするのはやだ……」


 そして隣では横にいる俺がギリギリ聞き取れるような声で早乙女さんが呟いていたのだけど、俺はどうやら間違った考えを早乙女さんに植え付けてしまったようだ。


 まぁそれはそうと、最近のネコトちゃんたちの人気は本当に高いのでチケットは既に売り切れてしまっている。

 だからどっちみち、委員長は次のライブに参加することは不可能なのだった。

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