第9話「目隠れ女子は気に入られたい」
いや、何かというか、おそらく誰かを探しているのだろう。
彼女がこんな人が多いところにまでくるなんて、いったい誰を探しているんだろうか?
「早乙女さん、風早君を探しに来たんじゃないのかな?」
「えっ、なんで?」
「ほら、お弁当箱みたいな物を持ってるし……」
委員長からそう言われたので早乙女さんの手を追って腰ら辺を見てみると、確かに弁当箱が入っているらしき袋を持っているように見える。
状況だけを見れば食堂でお弁当を食べようとしているようにしか見えない。
そしてわざわざ食堂でお弁当を食べようとするなら、食堂でしか食べられない人と食べようとしているんだなと想像するのが自然な流れだ。
だけど、それが俺に結び付く要素はない。
確かに彼女とはやりとりをするようにはなったけれど、一緒にご飯を食べようと思ってもらえるほどの仲になれたかと言えばそうではないだろう。
なんせ、やりとりをするようになったのは昨日からなのだ。
いくらなんでもご飯を一緒に食べようと思ってもらえるほど仲良くなるにはまだ時間がかかるだろう。
なんせ俺は男で、早乙女さんは女なのだから。
異性で食事などハードルが高いはずだ。
特に今まで他人を避けてきた早乙女さんにはきついと思う。
しかし、だったら他の誰を探しに来たのかと聞かれれば思い浮かぶ相手はいない。
早乙女さんが誰かと仲良くしている姿は見たことがなく、それは相手が上級生や下級生でも同じだ。
だから今日のことを考えると彼女が探していそうな可能性が一番あるのは俺だった。
一応、チャットでメッセージを彼女に飛ばしてみる。
『早乙女さん、食堂にいるの? 誰か探してる?』
すると、数十秒で返事がきた。
『あっ、どこに座られていますか?(>_<)』
どうやら本当に俺のことを探していたらしい。
あちらからは俺を見つけづらいだろうからこちらか行ったほうがいいか。
「迎えに行くの?」
「迎えに行くというか、用事があるみたいだからちょっと行ってくるよ」
俺は委員長にそう言い残すと、スマホと食堂を交互に見ながら落ち着きなくキョロキョロとしている早乙女さんの元へと向かった。
彼女は俺に気が付くと、嬉しそうに頬を緩ませてテクテクと近寄ってくる。
「ごめん、待たせちゃったね。何か用事があるのかな?」
用事がなければわざわざこんなところにこないだろうけど、一応俺は聞いてみた。
すると早乙女さんは自分のスマホと俺の顔を交互に見始め、何かを考えているような素振りを見せる。
いったい何を考えているのだろう?
俺はそんなふうに疑問を抱きながらも早乙女さんが口を開くのを待つことにした。
こういう子を相手にする時は急かすのは絶対に駄目だ。
こちらが急かすと慌ててしまいきちんと話すことができなくなる。
逆に自分のペースで話させてあげると、結構話してくれるものだ。
……まぁ早乙女さんの場合は、口ではなくスマホで話してくるのだけど。
しかし、この後俺にとって予想外のことが起きる。
「――その、お昼ご飯、一緒に食べてもいいですか……?」
それは、なぜか早乙女さんに服の袖を摘ままれて場所を移した後に聞こえてきた、独特な高くてかわいらしい声。
聞き覚えのあるその声を発したのは、紛れもなく目の前に立つ早乙女さんだった。
思わず頬が緩みそうになるほど耳障りのいい声を発した彼女は、スマホを胸の前で握りながら落ち着きなくソワソワとしている。
チラチラと俺の顔を見上げてきてはすぐにスマホへと視線を落としてしまい、その様子から緊張をしているのがありありと伝わってきた。
「声、出すことにしたんだ?」
俺は少し戸惑いながらも、彼女がチャットではなく自分の声で話しかけてくれたことに嬉しさを感じる。
だから彼女が聞いてきたことに返事をするのを忘れて聞き返してしまった。
「えっと、風早君と二人きりの時なら、いいかなって思いました……」
早乙女さんは落ち着きなく髪を弄り始めながら俺の質問に答えてくれた。
二人きりの時だけ――それはきっと、俺が彼女の声を馬鹿にせず褒めたからだろう。
まだ他の人に聞かれるのは怖いけれど、自分の声を認めた俺には聞かせてもいいと思ったってところか。
やはりあの時褒めて正解だったようだ。
「………………風早君、私の声聞いても気が付かなかったし、かわいいって褒めてくれたもん。だったら二人きりの時だけはいいはずだよね? この声で気に入ってもらえたら凄く嬉しいし……」
何やら早乙女さんはまたソワソワ――いや、これはモジモジとしているのかな?
なんだか体を擦り合わせながらブツブツと言い始めたけど、大丈夫なのだろうか?
急に様子が変になった早乙女さんのことが俺は心配になってしまう。
とはいえ、こういう時に指摘をしたら駄目だということもちゃんと俺は理解をしている。
だから彼女がモジモジとしているのはスルーすることにした。
「うん、俺も声で直接話してくれたほうが嬉しいよ。それに、俺を練習台にして慣れたら、もしかしたらみんなともちゃんと話せるようになるかもしれないしね」
「練習台……もしかして、お願いをすればこれからも二人きりでお話ししてもらえるのでしょうか……!?」
俺が練習台になると言うと、なぜか早乙女さんがグイッと顔を寄せてきた。
勢いがついた思わぬ行動に俺は数歩下がってしまうが、その分早乙女さんが距離を詰めてきたので距離間は変わっていない。
今までまともに話したことはなかったけれど、この子は声を出すとまるで別人になるようだ。
やっぱり他人を避ける根暗な子には見えない。
正直俺は早乙女さんのことを謎な子だと思ってしまった。
「えっと、もちろんだよ」
俺は少し早乙女さんに気圧されながらも彼女の言葉に頷く。
別に俺は善人じゃないからここで断るという選択肢がないわけではなかった。
だけど委員長との約束があるし、何よりもこの早乙女華恋という女の子に俺が興味を抱いてしまっている。
だからあっさりと彼女の言葉に頷いたのだ。
もしかしたら、彼女の身長や声がネコトちゃんによく似ているからかもしれない。
敬語で話すところもネコトちゃんとよく似ているし、それで彼女が気になったと考えるなら説明がつく。
まぁネコトちゃんの場合はファンにタメ口を使うと印象が悪くなるという気遣いがあるからだろうけど。
「えへへ……やりました……!」
俺の言葉を聞いた早乙女さんはとても嬉しそうに笑みをこぼした。
その際に何を言ったのかは彼女が口元を手で隠したため聞き取れなかったけれど、どうやらこの様子を見るに自分でも他人と話せないことを克服したいと思っていたらしい。
それなら俺も彼女が克服できるように頑張ろうと思った。
その後は、お弁当を一緒に食べたいという彼女を連れて委員長たちの元に戻った。
すると、翔太たちはともかく委員長がいることは予想外だったのか早乙女さんは少し戸惑ってしまったけれど、委員長が笑顔で迎え入れたからか逃げることはなく俺を挟んで隣に座ってくれたので一安心。
ただ、その際に翔太と湊が物言いたげな目で俺と委員長、それに早乙女さんを見回していたのが気になった。
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