第7話「小動物のような女の子」

 そういえば、ネコトちゃんは早乙女さんと同じくらいの身長だ。

 それに、ネコトちゃんは今でこそ東京などでも活動をしているけど、元々はこの岡山で活動をしていたローカルアイドル。

 つまり地元は俺と同じ岡山になる。


 もしかして、早乙女さんがネコトちゃんなのか?

 それだったら早乙女さんが普段から目を隠し、声を出そうとしない理由にも説明がつく。


 目を出してしまえば自分がネコトちゃんだということに気付かれて騒がれるし、声も独特なためネコトちゃんと結びつけられやすい。

 それ以外にも、早乙女さんの休みが酷くなった時期とネコトちゃんが東京で活動を始めた時期が重なる。


 これら全てが偶然と片付けるにはできすぎてるんじゃないだろうか?


 ――なんてな。

 いくらネコトちゃんが好きだからって自分にいいように考えすぎだ。

 もし本当に早乙女さんがネコトちゃんなら俺と連絡先を交換なんてしていないだろう。


 アイドルは恋愛がご法度で、男の影がちらつくだけでも危ない。

 ネコトちゃんは猫キャラで売り出していたり、見た目や独特な声によって勘違いされやすいけど、常識を備えた賢くて落ち着いた女の子だ。

 意味もなくこんな危険な綱渡りをするような子じゃない。

 だから本当に全てが偶然重なっただけなのだろう。


 早乙女さんが声を出さないのは、過去にアニメ声をからかわれたことがあるのかもしれない。

 そして他人を避けるようになったのも、目を隠すようになったのもその延長だと考えられる。


 からかわれたことがあるのならもう関わりたくないと思っても不思議じゃないし、目を隠せば髪が邪魔をして他人の目が少し気にならなくなるからな。


 そう結論付けた俺は、一つだけ早乙女さんに告げることにする。


「早乙女さんの声、とてもかわいいね」

「――っ!?」


 俺がそう言ったことで、驚いたように早乙女さんの顔がこちらを向く。

 実際驚いてるのだろう。


 今しがた俺が言ったことはわざわざ言うようなことではなかったかもしれない。

 だけど、早乙女さんがアニメ声を気にして他人を避けているのなら、その不安要素を取り除きたかったのだ。


 それに早乙女さんの声は本当にかわいい。

 なんせあのネコトちゃんと同じ声なのだ。

 これでかわいくないはずがない。


 早乙女さんは何かを言いたそうにこちらをチラチラと見てくるが、ショートホームルームが始まったことでもうスマホを操作することができない。

 だから困ったような様子を見せていた。


 少しタイミングが悪かったかな、と思いつつも今更どうしようもないので俺は視線を担任教師へと向けた。


 すると、少しして小さな手により机の上にそーっとメモ用紙が置かれる。

 スマホが使えないからメモ用紙を使ってやりとりをすることを試みたようだ。


 チラッと視線を早乙女さんへと向けてみると、即座に顔を背けられる。

 見える耳が真っ赤になっていることから多分照れてるんだろう。

 なんというか、小動物みたいでかわいい子だと思った。


 俺は胸に温かい感情を抱きながら置かれたメモ用紙に視線を向けてみる。

 しかし、書かれている内容に首を傾げた。


『変ではないですか? 何か気が付いたことはありますか?』


 メモ用紙にはそう書かれていた。

 一文目の内容はわかる。

 今までからかわれたことがあるのなら自分の声が変なんだと思うのは当然の思考だ。

 だけど、気が付いたことってなんだろう?

 気が付いたことといえば声がネコトちゃんにソックリだということだけど、早乙女さんはアイドルに興味があるようには見えないので多分そのことじゃない。

 だとしたら何になるのかな?


 彼女が実はアニメ声だった――なんてことは聞いたらすぐわかるから違うはずだ。


 他に気になったことといえば彼女がやりとりが終わることに残念そうにしたことだけど、そういうことかな?

 残念がってることを知られたら恥ずかしいと思ったんだろうか?


 ――うん、他に思い当たることもないし多分そうなんだろうな。

 だったらわざわざ明言して彼女に恥ずかしい思いをさせる必要はない。

 だからここはとぼけるべきだ。


『変ではなくて、とてもかわいい声だと思ったよ。別に気が付いたことはないね』


 俺はそう書くと、教壇で話をしている担任教師の目を盗んでサッと早乙女さんの机にメモ帳を置く。

 さて、彼女はこれに対してどう返してくるのか――そう思って視線を早乙女さんに向けると、なんだか手をパタパタとさせていた。

 よくわからないけど、こんなことをすれば目立って当然。

 そのせいで担任教師の目を引いてしまう。


「早乙女さん、何をしているのですか?」

「――っ!」


 担任教師に声をかけられた早乙女さんはビクッと体を震わせる。

 そして自分がしていたことに気が付いたのか、おそるおそるといった感じで担任教師のほうに顔を向けた。

 先生の一言によってクラスメイトたちも早乙女さんに視線を向けてしまっているし、注目されるのが苦手らしい早乙女さんは身を縮こまらせる。

 今さっきのは早乙女さんが悪いとはいえ、なんだかかわいそうに思えた。

 何より、俺も関わっているのでこのまま黙って見ているのも気が引ける。


「すみません、先生。自分が払った虫が早乙女さんのところに行ってしまい、それで彼女が手で追い払っていたんです」


 俺は手をあげて先生たちの視線を自分に向けさせると、咄嗟に考えた嘘を先生に伝える。


「そうですか。風早君も反射的に追い払ってしまったのだとは思いますが、周りに気を付けてくださいね」


 早乙女さんの動きは虫を追いやるような感じではなかったので少し苦しいかと思ったけれど、意外とあっさりと先生は信じてくれた。

 俺に関しても軽めの注意で終わらせてくれたし、優しい担任でよかったと思う。


「はい、すみませんでした。以後気を付けます」


 俺がそう答えると、担任教師は連絡事項の続きを言い始めた。

 もうみんなも早乙女さんや俺からは興味を無くしており、先生の言葉へと耳を傾けている。 

 どこにも角が立たなかったので俺にしては丸く収められたんじゃないだろうか。

 後は早乙女さんが気にしていなければいいけどな。


 そう思って横目で早乙女さんのことを盗み見てみると、なぜか彼女は教科書で顔を隠しながらこちらを向いていた。

 そしていっこうに俺から顔が逸らされる気配がないのだけど、彼女は今いったい何を考えているのだろうか?


 早乙女さんの態度が理解できず、俺は授業が始まってからも早乙女さんのことが気になってしまうのだった

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