第6話「再婚話とアニメ声」

「えっ、再婚?」


 早乙女さんとのやりとりを終えてもう寝ようとしていると、急に俺の部屋に来た父さんから予想外のことを言われた。

 真剣な表情で話があると言ったので何か重要なことだとは思ったけど、さすがにこれは予想外だ。


「そうだ、まだ正式にいつからかは決まっていないが、近いうちにすると思う」


 父さんは厳格な人だ。

 熊顔負けにゴツい体と厳つい顔だけでも怖いのに、今の日本ではもうほとんど見かけなくなった和服を普段着としていて、あまり話さないことからご近所さんからは凄く怖がられている。

 そんな父さんに再婚相手がいるとは思いもしなかった。


 父さんは俺が幼い頃に母さんが亡くなってからずっと男手一つで育ててくれていた。

 きっと苦労も多かったことだろう。

 いきなりのことで少し戸惑っているが、俺は反対をするつもりはない。


「そっか、おめでとう。俺は問題ないよ」

「あぁ、お前ならそう言ってくれると思っていた。ありがとう」


 父さんはそう言うと、もう話は終わりだと言うかのように部屋を出て行く。

 多分照れ臭いのだろう。

 俺と父さんの間であまりそういった会話はしてこなかったしな。


「再婚か……こういう時、翔太が好きなギャルゲーでは再婚相手に娘がいるのが鉄板なんだっけ? 確か、妹か姉ができて、攻略ヒロインの一人に入るとかどうとか」


 昔、そんなふうに翔太が熱弁してくれたことがあった。

 そして自分もそんな運命を辿らないかな、と言っていたけれど、不謹慎な発言に湊が怒っていたな。


 なんせ、翔太の両親は健在だからだ。

 それなのに再婚を望むなど、そこに至るまでの過程を想像すれば不謹慎極まりない。


 まぁ翔太はそこまでを想像することなんてできていないだろうけどな。


 それにしても、再婚か……。

 再婚相手に娘がいて、その子がネコトちゃんだったらいいのにな。


 ……そんなうまい話があるわけないけど。


 俺は少しだけ妄想に浸りながら、明日も朝からトレーニングがあって早く起きないといけないため、そのまま眠りにつくことにしたのだった。



          ◆



「おはよう、早乙女さん」


 次の日、早乙女さんはまた学校に顔を出したので俺は挨拶をしてみた。

 すると昨日とは違い、コクコクと一生懸命に頷いて早乙女さんは俺の隣の席に腰を下ろした。

 どうして二回も頷いたのかはわからないけど、どうやら避けられるような感じではないらしい。

 俺はそのことにホッと安堵をする。


 そうしていると、突如スマホから通知音が聞こえてきた。

 授業中になると没収されるため慌ててマナーモードにするものの、気になったので誰がメッセージを送ってきたのかを見てみる。


 すると、とてもかわいらしい顔文字が見えた。


『風早君、おはようございます(*´▽`*)』


 このメッセージを誰が送ってきたのかわかった俺は、すぐに隣の席を見てみる。

 その席に座る女の子――早乙女さんはこちらを向いており、俺の様子を窺っていたことがわかった。

 しかしおそらく目が合ったのだろう。

 彼女はビュンと首を横に振って俺から顔を逸らしてしまった。


 だけどまだこちらの様子が気になるのか、チラチラとこちらを見ては俺がまだ見ていることに気が付きすぐに顔を逸らす。

 いったい何がしたいのかわからないけど、なぜか早乙女さんの耳は赤く染まっているように見える。

 照れ屋な子のようだし、メッセージでやりとりをするのも恥ずかしかったのだろうか?


『おはよう、早乙女さん』


 とりあえず顔を背けられてしまうので、俺はチャットアプリのほうでもう一度挨拶をしてみた。

 するとすぐに通知音が俺のスマホから聞こえてくる。

 見れば画面に早乙女さんのメッセージが表示されていた。


『今日もいい天気ですね(^_^)』


 いや、お見合いか!

 思わずそう思ってしまったけれど、わざわざ早乙女さんがメッセージをくれたのだからちゃんと返さないといけない。

 無理にでも話そうとしてくれているのは有難いことだと捉えよう。


『うん、いい天気だね。早乙女さんは晴れが好き?』

『好きです(*´▽`*) でも、夏は苦手です(´・ω・`)』


 夏は苦手?

 あぁ、夏の晴れは苦手ということか。

 熱いし汗をかくから嫌なのだろう。


 そういえば、ネコトちゃんが所属するアイドルグループにアリサというお嬢様みたいなアイドルがいるのだけど、夏に彼女が汗をかいて見えた脇に対し、翔太が凄く喜んでいたな。

 あまりの喜びように湊と一緒にドン引きしたものだ。


 ……いや、男としてはその気持ちがわからないわけではないのだけど、ちょっと喜び方が異常だったからな、翔太の場合は。


『熱いのが苦手?』

『はい(;´・ω・) それに、虫も苦手です(@_@;)』


 確かに女の子は虫が苦手な子が多い。

 俺は修行で山にこもることもあるから慣れているけど、委員長なんて大の苦手だ。

 一年生の頃教室に黒い悪魔というあだ名がつく虫が出たことがあったが、その時なんて大騒ぎだったからな。

 早乙女さんも見た感じ気が弱そうだし委員長と同じく虫が苦手なのだろう。

 

 ただ、話は天気のことだったはずなのに、いつの間にか夏の話に変わっているようだ。

 とはいえ特に気にする必要もないだろう。


 そうしてやりとりをしていると、予鈴が鳴り担任教師が教室に入ってきた。

 これ以上やりとりをしていると注意をされてしまうため、俺はスマホをしまうことにする。


 すると――。


「もう、おわり……」


 残念そうにする、早乙女さんの声が聞こえてきた。


「えっ?」

「――っ!」


 思わず早乙女さんに顔を向けると、俺の視線から逃れるように彼女は口元を押さえて俺から顔を背けてしまった。

 口を押さえていることから先程の声は聞き間違いではないのだろう。

 どうやら早乙女さんは俺とのやりとりを楽しんでくれていて、まだやりとりをしたいと思ってくれていたらしい。

 それは男としてとても嬉しいことだと思う。

 早乙女さんからするとただ単に話し相手ができたことに関する喜びが勝っているだけかもしれないけど、それでも女の子からやりとりをしたいと思ってもらえるのは嬉しいことだ。


 だけど、今の俺はそんなことよりも気になることがあった。


 先程の声に俺は聞き覚えがあるのだ。

 出そうと思っても中々出すことができない、独特の声。

 それは、ネコトちゃんと同じアニメ声だった。

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