第5話「早乙女華恋の想い」
あの後、早乙女さんは用事があると言って帰ってしまった。
急いでいたようだったから、結構大事な用なのかもしれない。
それならば友達登録は今日でなくてもよかったと思うのだけど……まぁ、早乙女さんには早乙女さんの考えがあったんだろう。
あまり気にしても仕方がないことだ。
俺は気にせずに家へと帰ることにした。
すると、手に持っていたスマホから通知音が聞こえてきた。
見れば、早乙女さんからメッセージがきたようだ。
『今日は急だったのに、友達登録してくださってありがとうございました(#^^#) これから仲良くしてもらえると嬉しいです(^^)』
なんというか、凄く律儀な子だ。
そして知れば知るほど、やはり根暗な子には見えない。
それどころかこの様子だとクラスメイトたちとも仲良くできそうなくらいいい子に見える。
本当に、彼女はどうしてあんなふうに一人でいることを選んだんだろう?
どうしてもそのことが気になってしまう俺だったが、踏み込む勇気はなくそのまま『こちらこそ仲良くしてくれると嬉しいよ』と返し、帰路に着くのだった。
◆
『起きてますか?(´・ω・`)』
夜中の21時頃、私は意を決して風早君にメッセージを送ってみる。
迷惑かな、とも思ったんだけど、どうしても我慢ができなかった。
本当はもっと早くにメッセージを送りたかったけど、お仕事でバタバタしていてこんな遅い時間になっちゃったの。
『うん、起きてるよ。どうかしたのかな?』
メッセージは送ってすぐに返信がきた。
そのことに私の胸はドクンッと脈打つ。
風早君から返信がきたことが嬉しくて仕方がなかった。
『えっとね、少しお話ができないかなって……だめでしょうか?(;´・ω・)』
『話? 電話がしたいってことかな?』
お電話……!
風早君とお電話……!
風早君とお電話をする事を想像して、私の胸の鼓動は速くなる。
思わずパタパタと両手を動かしたくなるくらいに嬉しい。
「ネコトちゃん、急に手をパタパタとさせてどうしたの?」
「――っ!? な、なんでもないよ……!」
気が付いたら私の空いていた左手が上下に動いていて、お隣に座っていた同じアイドルグループのクララちゃんが不思議そうに私の顔を見ていた。
私が慌てて首を横に振ると自分のスマホに視線を落としたけど、不思議そうにしていたので変に思われちゃったかもしれない。
だけど、男の子とやりとりをしていると知られると問題になっちゃうから詳しく話すことなんてできなかった。
とりあえず私は頭を切り替えて風早君にお返事をすることにする。
『うぅん、チャットがしたいなって思いました(>_<)』
本当はお電話をしたかったけど、私が声を出してしまうと風早君にアイドルのネコトだって気付かれちゃうかもしれない。
だから私はこうしてチャットで我慢するしかなかった。
私は中学時代からずっと学校では声を出さないようにしている。
その理由としては、アイドルのネコトが私ということを気付かれないようにするためだった。
少し気にしすぎかもしれないけど、私の声は他の人たちと違って凄く独特な声をしているの。
だから、私の声とネコトの声が同じだと気付かれる可能性は低くない。
特に風早君は、二年生に上がって少ししてからずっとネコトのことを応援してくれてる。
私のグループは三人組で他の二人のほうが絶対にかわいいのに、ずっと私のことを応援してくれているの。
だから私の声に気が付いてもおかしくない。
ただ、正直に言うと私は風早君にファンになってもらえて凄く嬉しかった。
元々一年生の時から風早君はこんな私のことを何度も庇ってくれてて、そんな彼に私は密かに思いを寄せていたから……。
だから、アイドルとしての私のファンになってくれたと知った時はもう嬉しすぎて心臓が破裂しそうだったの。
もちろん風早君は私がネコトだってことには気付いていないんだけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
その上昨日は急に握手会で告白までされてしまって、私は舞い上がってしまったの。
アイドルは恋愛を禁止。
それは鉄則であって、破ることは許されない。
だから私はずっと風早君への想いを胸に秘め、隣の席でネコトの話を嬉しそうにする風早君に『それは私です』って言いたくなるのをずっと我慢してきた。
それなのに風早君が凄く真剣な表情で告白をしてきたから、私は我慢ができなくなってしまったの。
だから、連絡先を交換するくらいならいいと自分のことを許した。
そうしないともう本当にこの気持ちが溢れてしまいそうだったから。
風早君はネコトのことが好きであって、早乙女華恋には興味を持っていない。
自分で言ってて悲しくなるけど、それは紛れもない事実。
だから、私がどれだけ好きアピールをしても早乙女華恋という人間がするなら問題はないの。
だって、相手にはされないのだから。
彼が私に本気になることはない。
そして彼さえその気にならなければ、私はちゃんと我慢ができる。
そういう思いがあって、この友達登録を申し込んだの。
今まで私は女手一つで育ててくれたお母さんの負担を少しでも減らそうと、アイドルとして頑張ってきた。
でも、そろそろわがままの一つでも言っていいはずなの。
これくらいならきっと、神様も許してくれるはずだから。
私は風早君からメッセージが来ることに浮かれながら、そんなふうに自分へ言い聞かせるのだった。
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