第4話「目隠れ女子がかわいいんだけど」

「屋上に来るのはなんだかんだ初めてだな」


 放課後、湊たちに先に帰ってもらうように言った俺は、一人屋上に向かう階段を上っていた。

 いったい誰がいるのか、俺の興味はそれだけに注がれている。

 誰かに呼び出されるなんて初めての経験だからな。

 緊張をしていないと言えば嘘になる。


 屋上に出るドアに着くと、滅多に人に開けられないせいで錆びてしまったドアをギィーっと音を立てながら開けていく。

 すると、勢い強く風が俺に吹きつけてきた。

 現在は夏のため風は気持ちよかったけれど、まだ太陽が高く上る今の時間帯ではすぐに暑さが襲ってくる。

 俺はジリジリと焼き付けてくる日差しに耐えながら、まっすぐと前を見つめた。

 そして、見覚えがある女の子が立っていることに気が付く。


「早乙女さん?」

「――っ!?」


 俺が声をかけると、屋上からグランドを見下ろしていた早乙女さんが驚いて肩を震わせる。

 建付けの悪いドアが開く音には気が付かなったようだが、見た感じ緊張しているようだ。


 もしかして、彼女が俺を呼び出したのだろうか?


 そう疑問に思う俺だが、この暑い時期にわざわざ屋上に来る変わった生徒はいないため彼女が手紙の差出人と考えるしかない。

 現に彼女は、緊張したようにしながらもゆっくりと俺に近付いてきたのだから。


「えっと、手紙の差し出し人は早乙女さんだったのかな?」


 コクコク。


 俺が質問をすると、早乙女さんは一生懸命頷いてくれた。

 まるで小動物みたいな女の子だと思いつつ、俺はその真意を尋ねる。


「えっと、何か話したいことでもあったのかな?」


 そう聞くと、早乙女さんはまた一生懸命に頷いた後何やら手持ちのメモ帳に文字を書き始めた。

 彼女は本当に声を出そうとはしないため、こういうふうにメモ帳に伝えたいことを書いて見せてくるのだ。

 聞いた限りだと別に喋れないわけではないようだけど、何か理由があるのだろう。

 別に急いでいるわけでもないし、俺は彼女が書き終えるのを待つことにする。


 しかし、早乙女さんは慌ててしまっているのか困ったように首を傾げた後、別のページにまた文字を書き始めた。

 そして、先程と同じように首を傾げてまた次のページに切り替える。


 もしかして焦ってうまく書けていないのだろうか?

 見た感じ他人に気を遣いそうな子だし、俺を待たせることに焦っているのかもしれない。

 そんなこと気にしなくてもいいのにな。


「焦らなくていいよ。別にこの後用事なんてないから、ちゃんと書けるまで待つからね」


 俺は相手が早乙女さんということもあり、なるべく優しい言い方を意識して焦らなくていい旨を伝えた。

 すると早乙女さんは一度顔を上げ、その後少しこちらを見てきたかと思えばコクコクと頷いてまた文字を書き始める。

 その際に見えた表情が嬉しそうだったのは俺の錯覚だろうか?

 口元が少し緩んでいるように見えたからそう思ったのだけど、相手は早乙女さんだから違うかもしれない。


 まぁそんなことはさておき、早乙女さんは文字を少し書くと今度はなぜかスマホを取り出した。

 そしてスマホを見ながら文字を書き始める。


 今度は俺が言った通り慌てている様子はなく、ちゃんと何度も確認しながら文字を書いているようだった。

 いったい何をしているのかはわからないが、焦ってはいないようなので俺は約束通り彼女が書き終えるのを待つことにする。

 すると、文字を書き終えたらしき早乙女さんがそのページをメモ帳から切り取り、俺へと渡してきた。


「見ていいの?」


 コクコク。


 早乙女さんが許してくれたので、俺は手渡されたメモ帳の切れ端に目を通す。


『これ、私のチャットアプリのIDです』


 そう書かれた文字の下には、六桁のIDが書かれていた。

 これは任意で決められる相手にフレンド登録してもらうためのIDだ。

 そのIDを早乙女さんから渡されたことに俺は驚いてしまう。


「フレンド申請をしてもいいってことなのかな?」


 コクコク。


 俺の質問に対して、早乙女さんはまた一生懸命に頷く。

 どうしていきなりID情報を渡してきたのかはわからないけれど、彼女がフレンド登録を望んでいるのなら俺は断るつもりはない。

 それにこれは、委員長との約束を果たすとっかかりになるかもしれないからな。

 むしろ願ってもない申し出と言える。


「送ったよ」


 俺がそう言うと、早乙女さんはすぐにスマホを確認する。

 そして承認が終わったのか、顔を上げて俺のほうを見上げてきた。

 いったい何を考えているのかはわからないけれど、数秒置いて早乙女さんはまた自分のスマホへと視線を落とす。


 それから数秒後、俺のスマホから通知音が鳴った。

 見れば早乙女さんがスマホから顔を上げて俺の顔を見上げているので、どうやら彼女からメッセージが届いたらしい。


『よろしくです、風早君(*´▽`*)』


 チャットアプリを開いた先に表示されたのは、挨拶となんともかわいらしい顔文字だった。

 一瞬誰が送ってきたんだ、と疑問に思ってしまうが、これを送ってきているのは目の前にいる早乙女さんだ。


 話すのは苦手な子だと思っていたけれど、まさかネットの中では性格が変わる人間なのだろうか?


 不思議に思って早乙女さんの顔を見つめると、スマホで口元を隠しながら顔を背けられてしまった。

 心なしか、見える横顔はほんのりと赤い気がする。

 もしかして照れてるのだろうか?


 俺はチャットと言葉、どっちで返すか迷うが、おそらく早乙女さんがチャットで送ってきたのはメモ帳の代わりだと思い、言葉で返すことにした。


「顔文字好きなの?」


 コクコク。

 早乙女さんは再度頷いた後、すぐにスマホを操作し始める。


『はい、好きです(*^^*)』

「そうなんだね。今回呼び出してくれたのは、友達登録がしたかったってことでいいのかな?」

『はい、そうです(^^)/ わざわざ来てもらってごめんなさい(>_<)』


 本当にこのやりとりをしている相手は早乙女さんなのかと疑問に思うくらい、表現豊かだ。

 こうなってくると彼女が翔太の言う根暗な子には見えない。

 やっぱり何か理由があるんだろう。 


 気にはなるけれどそこに踏み込めるほど俺たちはまだ親しくないため、いつか彼女の口から聞ける時がくればいいなと思った。


「別にいいけど、何か教室だと不都合があったのかな?」

『恥ずかしかったです(/ω\)』


 思わぬ返事がきて、早乙女さんに視線を向けてみる。

 すると彼女は先程と同じように口元を隠しており、その横顔は真っ赤だった。

 そしてこちらの様子が気になるのか、チラチラと俺の顔を見るように顔がこちらを向く。


 あっ、この子かわいい。


 早乙女さんの予想外な反応に俺はそう思わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る