第2話「放ってはおけない女の子」
昼休み――俺は翔太と湊と共に食堂を訪れていた。
俺たちはいつも昼食は食堂で取るようにしているのだ。
――だけど、今日はなぜかもう一人珍しい人物がいた。
俺はその人物に視線を向けて話しかけてみることにする。
「なぁ委員長、なんでいるの?」
「あら、食堂をこの学校の生徒である私が使うのに何か問題でも?」
魚介類をメインとしたB定食を自身の前に置く委員長は、小首を傾げて何か問題があるのかと聞き返してきた。
ここまで白々しくとぼけられる子はそうそういないだろう。
「いや、いつも他の女の子たちと食べてるじゃん。どうして今日は俺たちに混ざってるんだ?」
「察しが悪いな、頼人は。そんなのお前と食べ――ぐふっ!」
委員長がいることの理由を知っていそうな翔太が説明をしてくれようとしたのだが、途中で脇腹を押さえて蹲ってしまった。
その隣ではニコッと笑みを浮かべた湊がいるのだけど、腕の角度的に完全に犯人はこいつだ。
というか、普通に翔太に攻撃するために動く湊の腕が見えていたしな。
そして俺の隣では委員長がジト目で翔太を見つめているのだけど、その腕にはフォークが握られている。
委員長のおかずは魚で和食なのだから、フォークが登場する必要は本来ない。
つまり、別の用途で使おうとしたことは明白なのだが、いったい何に使おうとしたのか。
――うん、知らないほうがよさそうだ。
「それで、何か話があるんじゃないのか?」
とりあえず目の前では翔太たちが喧嘩を始めてしまったので、俺は委員長に話しかけることにした。
彼女がわざわざ俺たちに混ざるなど何か話があるとしか思えないからな。
「あぁ、うん。実はね、早乙女さんのことでちょっと相談したいことがあったの」
「早乙女さん?」
「うん。ほらあの子、今日久しぶりに学校に来たじゃない? 今までも時々休んでいたけど、ここ最近休む頻度が多くなってたから心配で……」
あぁ、なるほど。
確かに早乙女さんはここ最近学校に来ていなかった。
周りと交流を持つタイプじゃないどころか、みんなを避けるような態度を見せるため関わろうとする奴も少ない。
だからみんな、彼女は不登校になってしまったと思っていたんじゃないだろうか。
実際、俺は不登校になりかけていると思っていたしな。
委員長はとても面倒見がいい性格をしているから、そんな早乙女さんのことをずっと気にかけていた。
「あいつ根暗だもんな。話し掛けても俯いて目を合わせようとしないし、会話なんて紙に書いて口で話そうとしないんだから」
決着はついたのか、若干ふてくされたように翔太が話に入ってきた。
まぁ湊相手に翔太が口喧嘩で勝てるはずがないので、この態度を見なくてもどちらが勝ったかはわかってしまう。
「翔太、いつも言ってるけど人にはそれぞれ事情があるんだ。そんな酷い言い方をするな」
「あっ、わりぃ……」
俺が注意すると、翔太は申し訳なさそうに表情を暗くした。
悪気があって言ったのではなく、なんとなく思ったことを口にしただけだということはわかっている。
だけど、何げなしに言ったことが相手を傷つけてしまうのは珍しくないんだ。
俺はそういうことを嫌っている。
「こういうところが、早乙女さんに懐かれてる理由なんだろうなぁ」
「えっ? なんか言ったか?」
「うぅん、なんでもない」
委員長が何か呟いたと思って聞いたのだけど、首を横に振られてしまった。
どうやら俺に話しかけたのではなく独り言だったようだ。
「それで、委員長は早乙女さんが不登校にならないよう、今日どうにかしたいってことだよな?」
「うん、相変わらず話が早くて助かるよ」
「でもさ、それは相談相手を間違えてないか? 俺よりもコミュ力の高い女の子に相談したほうがいいだろ?」
「むしろこの上ないくらいにベストな人選だと思うけど」
俺の言葉に対して委員長は笑顔を返してきた。
よくわからずに首を傾げるのだが、横目に映った湊と翔太はなぜか納得がいったように頷いている。
もしかして、理解できていないのは俺だけなのだろうか?
「まぁ相談だって言うなら乗るけどさ、正直俺たちのような外野がつつくのはよくないと思うぞ」
「どうして?」
「踏み込まれたくないラインっていうのは誰にでもあるんだよ。早乙女さんの場合、話し掛けられるのはその踏み込まれたくないラインの内側のように見える」
「そうなのかな……?」
俺の言葉を聞き、委員長は残念そうに表情をくもらせる。
相談されているのだからどうにかしてあげたいけれど、こればかりはどうしようもない。
隣の席で今まで見ていたからわかるが、早乙女さんは周りと仲良くしたそうには見えないのだ。
むしろ、話しかけられることで困っているように見える。
そんな子に話しかけていくのは逆効果でしかないだろう。
本当にこの問題を解決したいのなら、彼女がどうして休んでいるのかを知らないといけない。
ただ、それを知れるほど俺たちは親しい関係ではないため、現状どうしようもないというわけだ。
「でも早乙女さん、いっつも風早君には自分から挨拶をしてたよね?」
まだ諦められないのか、委員長は何かを期待するように俺の顔を見つめてきた。
「そうだっけ? 俺からしていたような気もするけど……まぁ、隣の席だからじゃないか? というか、あれを挨拶と呼んでいいのかどうか疑問だけど?」
いつも教室に入ってきたら頭をペコッと下げてくるだけで、言葉で挨拶をしているわけではない。
少なくとも友達同士でするような挨拶ではないことは確かだ。
「それに、今日はなんだか挨拶をしたら驚かれたし……」
「久しぶりだから驚いたのかも?」
「うぅん……?」
そんな感じでもなかったような気がするんだよな。
でも、だったらどんな感じかと聞かれるとうまく説明はできない。
ただ、こちらの様子を気にしているように見えるため、本当に俺が知らない間に何かをやってしまったのかもしれないな。
「早乙女さんのこと、どうにかしたいんだけどなぁ……」
「まぁ隣の席だし、ちょっと気にかけてみるよ」
「ありがとう。やっぱりこういう時の風早君は頼りになるなぁ」
「期待に応えられなかった時が困るから、あまり過度な期待はしないでほしいな」
「うん、わかってるよ。でも、ありがとうね」
本当にわかっているのかと聞きたくなるような笑顔で委員長は頷いた。
どうしたらいいのかわからないから、その笑顔は困るんだよな……。
俺は困ったな、と思いつつも委員長の期待に答えるためにどうにか頑張ってみようと思った。
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