第19話 せいじょの夜伽④
6月っす。特に何もないですけど……
第四話お願いいたします。
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次に目が覚めた時見たのは見覚えのない天井。いろいろなチューブや電極が身体中に取り付けられているのがちらりと見える。
「……病院? え? なんで?」
タクシーで……お店の近くで……ん? そこから覚えていない。
「ああ、猪股さん。目が覚めました? 先生を呼んできますね⁉」
アタシは狭いタクシーに乗ったせいで
処置が早かったので、後遺症も出ないだろうということ。タクシーの運転手さんには感謝してもしきれない。
HCUから一般病室に移され、部屋から外を見ると見たことのある風景。落ち着いて病院名を聞いたらなんてことはない。かかりつけにしている病院だった。
義彦さんと同じ病院に同じ様に入院するとは思いも寄らなかった。早速、彼にメッセージを送るとものの一〇分ほどで病室に義彦さんが現れた。
「あ、あの……。ごめんなさい」
アタシは何故か義彦さんに謝っていた。一度だけ喫茶室で駄弁っただけの、ラインを数回やり取りしただけの人に。
だって、義彦さんはアタシのことを本気で心配してくれたし、無事だったことを本気で喜んでくれたから……
お金や身体の関係なしにこんなにも思ってくれる人はいなかったと思う。アタシは……泣いた。
義彦さんはむくんでいつも以上に浮腫んでブクブクなアタシの手を取って、何回も何回も良かった良かったと言ってくれていた。
肺血栓塞栓症で倒れてから三ヶ月経った。
アタシは、『せいじょの夜伽』を事務方に預け、いっさいの手出し口出しをしなくなった。心配していたような経営悪化は今の所まったく見えない。
新しい娘も入って以前より収益が良くなっているぐらいだった。
「なんだ、心配して損した……」
アタシはいま生まれてはじめてダイエットに取り組んでいる。
ダイエット専門ジムと契約したし、病院にもちゃんと通っている。
「何キロ痩せたと思う?」
「五キロぐらい?」
「は? 酷い! こんなに痩せたのに五キロって⁉」
「え、あ、ごめん……それで……どれくらい?」
「じゃ~ん! 一〇キロだよ!」
義彦さんも退院したので、お互いに会って近況報告会をしている。これがデートなら色っぽいがお互いに通院している病院の喫茶室での逢瀬だ。
つか、逢瀬でも何でなく都合があったのでお茶しているだけだったりする。
少し残念に思っている自分にびっくりだ。
「すごいね! 頑張ってる!」
「でもね~ あと五~六キロは軽く減るだろうけどその先は中々落ちなくなるらしいよ……そこでみんな挫折するんだって」
「大丈夫! 百重さんなら目標までまっしぐらに行けるよ! 僕が保証するさ」
「え? じゃ、じゃあ。これからもこんな風に会ってくれる?」
義彦さんはアタシの言葉に瞠目する。
「あ、ああ。ごめんなさい。アタシみたいなデブスじゃ嫌だよね。ごめん、忘れて!」
調子に乗った。義彦さんの優しさに目がくらんでしまったのかもしれない。ほんと馬鹿みたい。悲しくて恥ずかしくて俯いてしまう。
落とした視線の端にあるアタシのクリームパンみたいな手をそっと優しく取る義彦さん。
「百重さんはデブスじゃないよ。まあ、今はちょっとおでぶさんかもしれないけど、頑張ってそれを脱しようとしている。あと……あの。可愛いと思う、よ。少なくても……僕は」
視線をあげると真っ赤な顔をした義彦さんが目に入る。義彦さんは視線を彷徨わせ、時々アタシのことをちらチラチラ見てくる。
「あの。それって……」
「こ、こ、こ。こんな病院の喫茶室で言うことじゃないけど……ぼ、僕は百重さんのことが……好きです。僕はこんな身なので付き合ってくださいとは言えませんが……好きです」
あれから更に三ヶ月。義彦さんの励ましもあって、最初の九〇キロから六八キロまで二二キロの減量に成功していた。
お店はただのオーナーになって運営も全て人任せにしている。もうまったくお店にも出ないし、プライベートでも男と交わることがない。
いまアタシのそばにいるのは義彦さんだけ。
更に四ヶ月経ち、体重はとうとう五〇キロ台に突入した。たるんだ皮膚を明後日切除する手術をおこなえば、五〇キロちょうどぐらいになる予定。
たるんだ皮膚が洋服で見えないからか最近はよく街で声をかけられる。いわゆるナンパってやつ。生まれて初めての経験に浮かれたけど、義彦さんの顔が浮かんで即断ったわ。
たるんだ皮の除去手術のあとは二週間ほど入院させられた。あまりにも切除面積が大きかったので一度の手術では取りきらなかったから。それでも本当はもっと時間を掛けるものだと怒られたけどね。
さすがに激しく痛んだけど、義彦さんに褒めてもらいたくて頑張った。入院中はスマホ厳禁だったので早く連絡したかった。
退院して直ぐにスマホの電源を入れて、義彦さんに連絡をする。
ところが待てど暮らせど返信がない。それどころか既読にもならない。
アタシが入院している間にないかあったのかもと不安になり我慢ならなくて義彦さんのお家まで押しかけてしまった。だけど……
そこは、もぬけの殻だった。
表札は取り外され、ポストには目張り。カーテンは閉められ、人の気配がない。
「え? どゆこと?」
もしかしたらアタシのウチに引っ越したのかも? 一緒に暮らそうってだいぶ前から誘ってたし! 鍵だって渡してあるし!
そんな期待もあったんだけど、東雲の自宅に帰っても義彦さんはいなかった。
「一体どこに? ……ん?」
リビングのテーブルの上に封筒が置いてあるのを見つけた。宛先はアタシ。裏返すと左下に義彦さんの名前……
❝
猪股百重様
退院おめでとう。確か今日が退院の日だったよね。手術の痕はまだ痛むのかな? あまり無理しちゃダメだよ?
初めてキミに会ったときからもうすぐ一年になるんだね。長いようで短かったね。
その間にキミはすごくきれいになった。あ、前がキレイじゃないって意味じゃないからね⁉ 念の為。
一段ときれいになったであろうキミを見られないのは残念だけど、僕は行くね。
キミはもう大丈夫。そんなにもきれいになったのだから男性なんて引く手あまただよ。僕なんかにかまっている場合じゃない。
僕はキミの妨げになんかなりたくないんだ。
黙って消えることを許してくれとは言わない。身勝手ですまない。
短い間だったけど、幸せをありがとう。
百重さん、貴女が幸せになるのを遠くの空で見守らせてくれ。
さようなら。
笹本義彦
❞
「これって? お別れ? まさか……遺書?」
アタシは走り出した。
「いや!!!!!!! 義彦さんは妨げじゃない! アタシを! アタシのことを本当の意味で見てくれた初めての人! 居なくなんてなってほしくない!!」
近くの公園、駅、路地。通っていた病院。よく一緒に行ったレストラン……どこにもいない。
捜索願い出したところで警察が捜してくれる保証はない! でもどうしたら? こんな時、魔法が使えたら……サーチの魔法さえ使えたら――そうだ‼ 剣聖。
彼女は勇者がこの世界にいると言っていた。
『魔力が通ったあとがあの長い鉄の塊のところにある』
確かに彼女はそう言っていた。長い鉄の塊……電車よね。
「この世界にも魔力があるかもしれない……賭けてみるしかないわね」
賭けるとは言ったもののどの路線かさえも分からない。そんな状況で賭けなんて無謀すぎるとは思うが、義彦さんを探せる手立ては他に思い浮かばない。
東京駅で三時間粘ったが何の成果も得られず、新宿に移動する。もう夜の八時過ぎ。帰宅ラッシュも過ぎて、週末を楽しんだであろう酔っ払いがアタシに声をかけてきて邪魔くさい。
っ‼ なに⁉ 今のは!……魔力⁉
「痛ッテ! なんだよ、コピー紙で指切るってついてねえなぁ~」
「向井さんまだ仕事してるんスカ? そんなに仕事したらうちの会社がブラック化しちゃうじゃないですか⁉」
「もう指切ったし血は出ちゃうし、もう凹んだ。止め止め!」
「あははは……は?」
指を切ったと騒いでいたサラリーマンのその切った指をアタシは
一緒にいた同僚らしき男性も本人もまんまるに目を見開き固まっている。
「む、向井さん……。お知り合いッスか?」
「い、いや。初対面だ……だけど、心当たりは、ある」
アタシが舐った指を見て向井と呼ばれている男性はもうひとりを先に帰らせた。
「向井さん、きれいな奥さんいるんだから浮気はマズイっすよ?」
「馬鹿言うな⁉ ぜってー浮気などないから? この娘、多分うちの嫁の知り合いか、なんかかもしれんし」
「あ、そうなんスカ? じゃ、安心だ。ではお疲れさまです~」
「ふん、アイツ人を信用し過ぎだって! ……さて、お嬢さん。あんたが舐った指の傷が一瞬で塞がっている。その理由でも聞こうかな?」
アタシはもの凄くヤバいことをやってしまったらしい。男性の指を舐った瞬間にまったく現世で使えなかった治癒魔法を無意識で発動していたらしい……
アタシは無言でこの男性のあとをついて行った。
魔法を使えた事実は変わらない。なぜか魔法を使えた、魔力を手に入れた理由がこの人にあるはず。だって……さっきからこの人からずっと魔力を感じるんですもの。
義彦さんを見つける、助ける一縷の望みがあるのならアタシはそれに賭けるしかない。
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あ〜あ。せっかく避けていたのにね。
でも、洋一の人の良さは出ています。
それより。百重さん可愛くない? え? おかしくない?
勇者ヨシヒコはどこいった?
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