第18話 せいじょの夜伽③
さて、第三話です。百重さん運命的な出会い……になるのでしょうか?
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ぼーっと考え事をしながら歩いていたせいで、病院の廊下の角で出会い頭に何かと衝突してしまい尻もちをついてしまった。
「ああ‼ すみません! 大丈夫ですか?」
「あ、はい。こちらこそすみません。ボーッとして周りを見ていませんでした。お怪我はありませ……ん、で……」
「ははは、追加の怪我はないですね! 貴女こそ転んで痛いところはないですか?」
「分厚いクッションを自前で持っているので大丈夫です。あははは」
アタシがぶつかってしまったのは車椅子の方だった。
幸い、車椅子は転倒することもなく彼にも怪我を負わせることも無かったようでホッとした。
「申し訳ございませんでした。以後気をつけます……。では失礼します」
挨拶をしてその場を離れようとすると、車椅子の彼に困った様子が伺えた。
「どうかされましたか?」
「ああ、いや。ロックが外れなくて……あれ? おかしいな」
アタシが衝突した際に車椅子のロック機構に異常が発生したようだ――要するに九〇キロの巨体が激突して車椅子の部品を壊したってことなんだろうけどね……
♂♀♂♀♂♀♂♀
「本当に申し訳ございませんでした……」
「いや、僕も悪いですしそんなに恐縮しないでくださいよ!」
何とか近くのナースステーションから看護師をアタシが呼んできて車椅子の交換で事なきを得たが、看護師に彼もアタシもしこたま叱られた。
「でも……ぼーっと考え事をして歩いていたのはアタシですし……」
「いやいや、慣れていない車椅子で彷徨いていた僕もダメなんですよ!」
「もう看護師さんに二人で叱られましたし、両成敗ってことで……」
「そうですね。それで終わりにしましょう!」
看護師さんのお説教から開放されたあと、彼とアタシは病院内の喫茶室でお茶をいただいていた。
彼は数ヶ月前交通事故で下半身不随となり、最近になってやっと車椅子で移動できるようになったということ。
「ちょっとね。ベッドの上から移動できるってことが嬉しくてね。はしゃいじゃったのが悪かったんだよね――」
曲がり角で上手く速度を落とせなかったんだって彼は笑う。
「ホント、百重さんは怪我してない? あと……初対面で聞くことじゃないかもしれないけど、ここ病院だし、どこか悪いところでも?」
彼、
「い、いや。大丈夫です。さっきも言ったけどお尻のクッションは分厚いので……はは。まあ、そのせいで病院に来たようなものですけど……」
最初はココロのほうがやばいかと受診したのだが、結局成人病のほうが大問題とわかったんだから嘘はいってない。
「失礼ついでに言っちゃうけど、成人病とかなのかな? ちょっと百重さん……体重過多な……ね?」
「義彦さん、そこまで言うならデブってはっきり言ってくれたほうがスッキリするわよ⁉ まあ、ご想像の通りの成人病のはしりみたいなんですけどね」
本当は、今日明日に血管が詰まって死んでもおかしくないぐらいのことはお医者さんに言われた。かなりショックだった……
「僕。こんなになって初めて健康の大事さって奴をわかったんですよ。両親も交通事故でなくしているって言うのにね……遅すぎです」
彼はバイクの単独事故で脊椎を損傷して一時意識不明だったそうだ。既にご両親も交通事故で亡くされており、天涯孤独になってしまったとのことでだいぶ自暴自棄な生活を送ってきたと自嘲していた。
「仕事もね、上手くいってなかったんですよ。その上、身体もこんなだし……早く動けるようにならないとなって――」
自分の足をペチペチと叩きながら、寂しそうに笑う。
「感覚がないんですよ、こんなに叩いても……。恥ずかしい話、大も小も垂れ流しでおむつ生活なんです。あ、喫茶室で話す内容じゃないですね。デリカシー無くてすみません」
『だからね。戻れるなら戻ってくだいね』別れ際に彼に言われた言葉が深く心に刺さる。
「戻る? ずっとアタシは太っていた気がするけどな……まあ、正常値に戻すってことなんだろうけど……」
まだ死にたくはないので、病院にも通うし………ダイエットもしないと。ぽっちゃり風俗嬢は引退、かな?
翌日は気分が乗らないので、三人だけ客を相手したら仕事は上がった。今日は全然気持ちよくなかった……
なぜだか義彦さんのペチペチ足を叩きながら見せた寂しそうな表情が頭から消えない。また自暴自棄に? まさかね。
ちょと気になったので、ラインを開き義彦さんのアイコンをタップする。喫茶室で連絡先は交換していた。
アタシ、出会ったばかりのヒトとそんなこと一度もしたことなかったのにね。
『こんばんは。昨日はありがとうございました。来週また通院しますので良かったらまたお茶しましょう』
当たり障りのない簡単な挨拶文を送ってみる。返事がなければまあ、それまでってことで……
「既読はつかない、っと。ま、二二時過ぎだもんね。病院は消灯後かな?」
なんであの人のことが気になるのだろうか?
う~ん。久しぶりにお客さんや利害関係者以外の男性と話したからかなぁ~ それだけ?
頭の悪いアタシは余計なこと考えると頭が痛くなる……
「わかんないや。帰ろ……」
タクシーをいつものように呼ぶが、今日も三〇分待ちだった。路地裏の喫茶店で待とうかと、雑居ビル横の路地に入るとそこにはまばゆい光を放つフルメイルの剣聖バビの姿。
「また見える……」
「……貴女。聖女マリノ様ですか?」
また同じ質問。同じ様にまた答えようと思い、ふと口を噤む。もしかして本物?
幻覚にしてもバビが歳をとっているのはおかしいし、もの凄く立体的で影まである。
「あんた、本物の剣聖だったり?」
「いかにも。剣聖バビです。バレリオ・バビ・ラベラに間違いありません。お久しぶりです聖女様」
鎧姿の女をそのまま連れて歩くわけには行かないのでアタシはいったんお店に戻り、替えの服を持ってビルの影に待たせている剣聖のもとに急ぐ。
「あんた痩せているから、鎧の上からでもこの服着られるでしょ?」
剣聖に服を着させていたらちょうど呼んでいたタクシーが到着した。
剣聖には口を噤ませ、そのままタクシーに押し込んでアタシの自宅に向かう。ガチャガチャと金属音は煩いが、高級タクシーの運転手は口が堅いし、余計なことも言わないので安心だった。
「あんたどうやってこっち来たのよ?」
剣聖は世界渡りの魔道具とやらを作ってこっちの世界にやってきたらしい。眉唾だが、勇者エレンもこの世界に飛ばされているってことだ。
「アタシ二二歳よ⁉ こっちに転生して一四の頃転生者だって自覚したのよ? もう魔王討伐から何年経ったと思うの?」
「私からすれば七年です。貴女様が亡くなったのは凱旋後二年弱です。そして……お姉さまは必ずこの世界のどこかにいます!」
時間軸がメチャクチャだね。時空の狭間を超えるってそういうことなのかな? アタシにはさっぱりだよ。
こっちの世界に彼女が言うように勇者エレンがいるかどうかも知らないし、興味もない。アタシはもう勇者パーティーの聖女マリノじゃないし、今更関わりたくもない。
剣聖には申し訳ないけど、お店『せいじょの夜伽』も自分の行く末も決められないのに他人の世話は見られない。ホントごめん。
アタシには異世界人を匿えるだけの器量はないの。日本人男性の吐いた弱音ひとつにまともに返せるだけの言葉を持ち合わせていないぐらいだもん。
「ごめんね……」
「いえ。押しかけたのは私です。聖女様の近況だけでも聞けたことは僥倖。あとはお姉さまを探すだけです」
「当てはあるの?」
「なんとなく。何か、魔力が通ったあとがあの動く長い鉄の塊のところにあるのです……ただ、あまりにも薄いので確定は出来ないのですが」
長い鉄の塊ってなんのことかしら? アタシはそんなモノ一度も感じたことないけど……
この体になって魔法は一度も使っていないし、魔力なんてもう感じることも出来ないのかもしれないしね。
「まあ……アタシには頑張って、くらいしか言えないけど」
剣聖と話している間に炊いた一〇合のご飯で出来る限りのおにぎりを作り彼女に持たせた。
剣聖はリュックサックいっぱいのおにぎりとともに夜明け前の闇夜に消えていった。
「はあ……寝よ」
剣聖の登場に思いの外驚かなかった自分に驚いたが、心身ともガッツリ疲れているし感情が死んでいるんだろうと思うことにした。
寝起きにスマホを見ると義彦さんからメッセージが山ほど届いていた。爆睡していたのでまったく気づかなかったけど、彼も相当暇しているように見受けられる。でも彼の返信に少しホッとしていたのも確か。
午後からの出勤だったのと昨日の疲れからだいぶ余計に寝てしまったようだ。さっさと用意して出勤しないと……
身支度を整えて、タクシーに乗り込む。いつものミニバンタクシーは呼んでいる時間がなかったので普通のタクシーに乗ったのだがかなり窮屈だ。
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バビさん。おにぎり全部食べたのかな?
え? そこじゃない?
百重が倒れたの?
心配だね? って思ったら明日もお願いしますね。
お待ちしております。
せいじょの夜伽マネージャー より。
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