第17話 せいじょの夜伽②
二話目です。
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湾岸地区にある、とある外国の王様からの貢物のマンションに帰ることにする。彼の国では太った女こそが美人なのだという。エンデルバと同じね。異世界と同じ価値観などあるのだなと思ったわ。
普通のタクシーは窮屈なので、ミニバンサイズのタクシーをいつものように呼ぶ。
『毎度お世話になっております。すみません。今夜は少し混み合っていまして、少しお時間をいただくことになってしまうのですが……』
いまさら三〇分だろうと一時間だろうと遅れても何も変わらない。今夜は何も予定はないし、明日だってなにもない。
中学の時からセフレを続けていた鍬原も一昨年の暮から連絡が途絶えた。抱かれた男の数は三〇〇人から先は数えていないが、ただ単に多くの男を食い漁っただけでアタシのもとに残った男など一人もいない。
「みんなアタシの身体だけが目当てだもんね……。アタシだって男の身体……アソコだけが目当てって言えばそうかも知れないけどね……」
どういうわけかアタシもかなり弱っているのだろう。自嘲の言葉しか出てこない。
性技の使者スキルは性行為に関することに特化されたスキルなので色恋沙汰には仕事をしてくれない。抱きたい抱かれたい男は落とせるが、その先は自分でどうにかしないとならない。
そもそもそんなこと必要とは思っていなかった。特定の男なんて要らないって……
こんな考えに至るのはもうそろそろ聖女マリノが死んだ歳に今の自分も差し掛かってきているのも関係しているのかもしれない。
現世の身体でも何時迄もこんな事もしていられないし、ボディマス指数『三七』は伊達ではなく膝や内蔵へのダメージが積み重なってきている。先日の健康診断でもE判定どころか即治療が必要と言う判定まで貰ったばかり……
「(ダイエット……)」
禁忌の言葉が脳裏を過る。
いけない……駄目だ駄目だ! ぽっちゃり風俗『せいじょの夜伽』のオーナーでたくさんの嬢を率いるアタシがそんな思考に囚われていてはいけない!
でも……
アタシは前世の聖女マリノのときも現世の猪股百重のいまも特定の彼氏はいたことがない。
聖女のときはアタシは国民みんなの聖女であり、婚姻はエンデルバ王族以外には許されていなかった。しかし当時の王子はただ一人で大聖女がその后となることがとっくに決まっており、そのせいで救国の英雄なのにアタシの出る番はこれっぽっちも無かった。妥協案で提案されたその王子の第二婦人っていうのも癪に障りアタシのプライドが許さなかった。
最悪公爵婦人という道もあったのだけどアタシのときにはガキかジジイしか相手がいなかったので、丁重にお断りさせていただいていた。こっちからお断り案件だ。
それに、皆が皆、アタシではなく聖女という名や救国の英雄という名にしか価値を見出していないのも気に食わなかった……
そんなことをしているうちにアタシはあっけなく死ぬ。葬儀は盛大に執り行われたんだと思う。知らんけど。あんなもん勝手にやってくれればいい。
現世のアタシには彼氏どころか友だちさえいない。いや、セフレを友だちと言うのなら、それはそれはたくさんいるのかもしれない。
高校生のときなんか、学校の男の三分の一ぐらいとは寝たね。生徒だけじゃなくてね⁉ 言えないけどね⁉ 勉強してないのに成績は良かったよ? ま、そういうことだけどね。
その殆どの男どもは現在進行中の音信不通なんだけどね。あんだけ楽しんだくせにさ。
我が家は貧乏だったし、何も学ぼうとは思っていなかったから大学には行かず高校卒業後はこの業界に直ぐ入ったんだ。
中高と女には無茶苦茶見下されていじめられていたからな。デブだってさ……
だから、デブを逆手に取ってデブ専風俗やAV業界ばかり渡り歩いた。そして、いじめていた奴ら以上に金も手に入ったし男どもにもチヤホヤもされた。
けど、そういう男たちも結局最終的には精々中肉中背かややぽっちゃりの普通の女のところに収まるんだよ。アタシ達はただ遊ぶだけ遊んで捨てられる役目。アタシ達を見下していた女どもの大勝利でゲームオーバーって、ね。
そういう状況を打開しようって有り金はたいて、スポンサーに媚びまで売って自分でお店を開いて同じ境遇の女の子たちを集めたんだけどね。
けっきょく何もアタシ変わっていない。つか、酷くなってるし!
あの女どもを見返す、跨いでいった男どもを見返すってがむしゃらにやった結果、成人病って自己崩壊が先にくるとは何とも皮肉じゃない?
「何か間違ってたのかなぁ~」
雑居ビルの前でタクシーを待つ間、余計なことを考えすぎたのかもしれない。
目前の大通りの向こう側に前世でパーティーメンバーだった剣聖バビが見えるんですもの。
……ミーナ嬢の言う通りアタシはかなり疲れているんだわ。
赤髪にフルメイル。腰には剣聖の愛剣の聖剣――名前は忘れたわ、をぶら下げているのまで見える。最後に彼女を見てから幾分歳をとっているようにも見える。
アタシがこっちに転生してきて二二年も経っているのに視界の先にいる剣聖バビは聖女マリノ、つまりアタシね、の死後二~三年しか経っていないような風貌だわ。
……完全に幻覚ね。何を今更昔のことを思い出したってしょうがないじゃない? しかも前世でさんざん小馬鹿にしていたエレンに陶酔していたバビなんか見るなんて……はあ、ホント皮肉ね。
「貴女はもしかして聖女マリノですか?」
幻覚が道路を渡り、喋りだした。こりゃ相当参っているな、アタシ。
「いかにもこの『せいじょの夜伽』のオーナー兼ナンバーワンの性女マリノよ? 性技の使者スキルで男は骨抜きよ!」
幻覚相手になぜに見得を切っているんだかわかんない。あしたお医者さん行こう。ホント絶対に。
バビの幻覚は何か驚いた様子で口をパクパクしているがもう放っておいて欲しい。
アタシは四〇分遅れで到着したエス○ィマタクシーの後部座席に滑り込む。
「東雲までお願い」
そう運転手に告げると、シートに身体を
♂♀♂♀♂♀♂♀
翌日。
病院に行ったけどアタシは特段精神が病んでいるわけではないらしい。ただのストレスと疲れではないか、と言う診断。とりあえずヤンデブだけ回避……
だけどやっぱり、お医者さんに言われる。
『猪股さん。ちょ~っと太り過ぎですね……。せめてあと二〇キロ、適正体重なら三〇キロは痩せないと、三〇歳まで貴女、命が保たないかもしれないですよ?』
二の舞……舞えるほど膝のダメージは軽くないけどね。って、そういうことじゃない!
マリノの二の舞で私の命は風前の灯……いや現代医学では苦しい治療生活をへて延命されるだけかもしれない。それはそれで怖い。
いままで健康診断で悪い結果が出ても一切病院には来なかった。今回は何かがアタシに警告を発しているのかもしれない。
昨夜みたバビの幻覚もひとつの暗示なのかも?
「ダイエット……か」
とうとう声に出してしまった。
ダイエットとはアタシにとって呪詛の魔法。いや、本当の魔法じゃなくてね⁉ 魔力があれば呪詛の法など聖女の解呪で一発解決だから⁉ 魔力ないけど!!!
身体を思えばダイエットは必要だけど、お店のこと考えると痩せてる場合じゃない。
お店をただ維持するだけなら裏方に回ることもいいんだけど、そうなると折角のスキルも持て余す。アタシがお店に出ないと売上も落ちるだろうし……だけど、やっぱり何より男がほしい。
「本来なら、こんなアタシでも彼氏がいれば全部放り出すんだろうけどな……無理よね」
アタシは前世でも現世でも特定の彼氏どころか恋すらしたことがない。長い付き合いだった鍬原も最後いなくなるまで彼氏にはとうとうならなかった。
前世で聖女マリノは自身の心を神に捧げていた。
文字通り心は神との契約で拘束されており、男性を愛することなど不可能だったんだよね。愛や恋と言った感情がわからないのに身体だけが女になっていった。
契約の対価は皆が羨む聖魔法だったんだけど、
しかしその最期は唯一の欲望さえも教会に奪われて、自棄になった
一方、百重も性愛多き女だった。果たしてアレを愛と呼んでいいのならね。
アタシは気に入った男、気になる男をスキル性技の使者を使って夢中にさせ、行為に及ぶ。しかしその男の方は性愛を肝心の愛情や恋心に変えてアタシに向けてくれることは一切なかった。
本当はね。
寂しかったんだ。
学校でもどこでも女性には蔑まれ、見下されてバカにされ。男性には性的快感以上の感情は一切持たれない。
アタシは耐えられなくて過食に走り更に体重を増す。スキルを使い、男を求め、快楽でしか満足できなくなった……
そんなのではダメってわかっているけど、でも、男はやめられない……
だから……アタシを愛してくれる誰かを求めてしまう。ただ一つの望み。
無理だろうけどね。
わかっている。デブ専はちょっと特殊な性癖。その人物を好きになるのではなく太った身体を好むだけで恋愛感情をもたれるのはかなり稀なこと……
こんなことで悩まされるのなら性技の使者なんてスキルは要らなかった。
ドンッ‼ ガシャッ!!
病院の通路の曲がり角で、何かに思いっきりぶつかってしまった。
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あれ? マリノさん? 大丈夫?
なんて思った方はせいじょの夜伽までおいでください。
けっこう良い娘が揃ってますよ?!
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