第3話 勇者③

5話構成の3話目です。

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 翌朝目覚めると俺はベッドの上で寝ていた。いつもの習慣で勝手に寝ぼけてベッドに這い上がったのかね?


 目覚ましよりも早く起きたのなんか久しぶりじゃないか? 昨夜の早寝が利いたんだろけどさ。なんだか身体の調子もいい感じ。


「さて、起きるか……って。なんだ?」


 俺は後ろからエレンに抱きかかえられて、エレンの腕枕で寝ていたようだ。しかも、エレンの足は俺の腰に絡みついてどうやってもびくともしない。


 何ていうの? 拘束具で締め付けられたって感じって言えば分かるかな? 拘束具で拘束されたことないけど。


「エレーン。エレーン。起きろよ~ エレーン」


 身体は動かせないし、声を掛けてもエレンは起きないしで流石に困ったところで、目覚ましが鳴った。


 スタッとエレンはベッドから飛び上がりスマホ目掛けて剣を振り下ろそうとする。


「やめやめやめやめ!!!! ごうるあぁぁぁ!!!」


 その剣何処から出てきた?


 俺の必死の叫びにエレンの剣はスマホの数ミリ手前で停止した。

 一回目の故障はどんなものでも交換無料だけど二回目からは有料なんだよ。だからこっちも必死さ。


「ああ、すまない。またやってしまうところだった。どうしてもこの四角いやつの音が、魔鳥グルンデンの鳴き声に聞こえてしまって身体が反応してしまうんだ」


 ぐるぐるぽんでも何でもいからそういうの早く言って! 目覚ましの音ぐらいいくらでも変えられるから!


「俺こそいつの間にやらベッドに潜り込んでいて済まなかった」


「ん? 向井殿はわたしがベッドに運んで一緒に寝たのだぞ? こんな痩せぎす女に抱かれても貴殿は嬉しくもなんともないだろうが……」


 あ、俺。運ばれていたのね。全然気づかなかったよ……エレンが俺の帰宅に気づかないとかいうレベルじゃなく気づけてねえじゃん、オレ。


「エレンは痩せぎすなんかじゃなくて、ご立派なものお持ちだし、魔王と戦っていたと言う割には柔らかくって気持ちよかったぞ。それにしてもなんでそんな事したんだよ」


 エレンの痩せぎす云々に気を使ってそう答えたけど、かなりキモいな。エレンも真っ赤だし、ドン引きだよね。流石彼女いない歴=年齢。どーてい喪失はプロの方でした!


「向井殿が夜伽を受け入れてくれないので、せめて同じベッドで寝ることぐらいは許していただけるのではないかと、勝手に……済まない」


 いや、だから俺素人童貞だからどうしていいかわかんないし、そもそも弱みにつけ込む気はホント無いから!


「あっちに居る時もいつも夜伽の相手は聖女マリノで、わたしのことなど誰も見向きもしなかったんだ」


「は? どうして? いや、エレン。今更言うのも何だけど、お前かなり美人だし、スタイルもかなりいいと思うぞ。風呂入った時、あんまり覚えてないけどおっぱいもスゴかったじゃん」


 そう言ったのにエレンは悔しそうに俯く。


 つか、聖女が夜伽の相手してくれるの? マジ性女じゃん!


「向井殿。慰めなど要らないですよ。マリノの胸はわたしの二倍はありましたし、お尻も三倍、お腹周りなんかは五~六倍はあって凄くふくよかで美しかったんですよ! それと比べたらわたしなんて……」


 え? 何だって? 二倍三倍五~六倍? 相撲取りじゃん⁉


 え、え、え? それがふくよかで美人だと? ふざけているのかな?


「なあ、その聖女ってこんなのか?」

「あ、はい。あれ? この方は王都の寺院に居る大聖女様そっくりですね」


 スマホで検索して出てきたその画像は元大関琴○菊なんすけど? クリソツなんすか? まじ大聖女やばい。性女なんてありえないわ~ ないわ~


「この人がマリノに一番似ているかもしれないですね」


「あ、うん。もういいです。興味は失せました。エレン、お前こっち来て大正解だわ。いいこいいこ」


 取り敢えず落ち着くためエレンの頭を撫でておいた。エレンも気持ちよさそうに頭を向けてくるので問題ないっしょ?




 ふと時計を見ると流石に出社準備を始めないと間に合わない時間になっていた。


「うわっ、やべ! 今日も昨日と同じで悪いが、この袋のパンを食っておいてくれ。明日から三連休だからちゃんとしたもの用意するし、今夜エレンの着る服も買うから大人しく留守番頼むな」


 過去最速で身支度を整えたらそのまま出社した。なんだか身体が無茶苦茶軽い。


 勇者様のスキル効果の一つで勇者に触れていると触れた者まで回復(弱)の効果を受けられるらしい。これは便利だ。


 今日は金曜日で仕事を残すわけにはいかないので、いつものようにきっちりやっていたつもりなんだけど、仕事が終わらな――


 ――終わらないどころか、終業時刻までだいぶ時間を余して全部済んじまった。凄くね? 俺ってば!


 残業決定の池田を尻目に俺は定時上がり。


 丸一日仕事したというのに今出社したばかり以上の疲労知らず。これも勇者様効果なのかな? それともエレンの事考えているからか?

 ま、いいや。ささっ、帰るべ~




 家に帰ると今日は照明が灯っていた。電灯のスイッチのことは教えておいたからエレンもちゃんと出来たようだ……って誰でもできんだろ? あんなもん。


「只今。今日も何も無かったか?」

「おかえりなさいませ。向井殿。館は何事もなく無事です。えっと、見てください。明かりを灯せました」


 自慢気に天井の蛍光灯を指さされた。

 頭でも撫でておこう。ナデナデ。


 なんだかものすごくエレンが嬉しそうなんだけど? にゃんこが身体をスリスリするみたいにしてくるんだけど……なんだこれ? 可愛すぎる。


 エレンの肩を抱いてやったら俺の胸の中に額を埋めて更にスリスリしてくる。庇護欲が溢れ出てくるんだけど⁉


「向井殿……寂しかったです。心細かったです……勇者のなのに情けないですが、ちょっとの間、甘えさせてください……」


「お、おう。勿論いいぞ! そうだよな、一人でこんなところに待たせて悪かったな。今夜からは数日は一緒にいられるから安心していいぞ」


「向井殿……」

「エレン……」

 潤んだ瞳で俺を見つめるエレン……いいよな? いいんだよな?


 エレンは目を閉じ、俺は唇を重ねた。

 …………ん?

 ……んん?

 感触がおかしい? 


 いや? こんなもんなん? いやいや、いくらなんでもこんなにゴワゴワしないでしょ?


 そっと目を開けてみると、さっきまで目を潤ませたエレンだったものはここ数日俺が枕に使っている潰れたクッションだった。



「なんじゃこれは!」

 クッションを投げ捨てながらそう吐き捨てたところで、エレンが奥から出てくる。


「おかえり、向井殿。どうなさった? わたしは何かやって……あああ! 済まない! 幻惑の魔法の残滓が残っていたようだ。向井殿! 向井殿は魔法にかかってはおられぬよな?」


「……知らねぇよっ」


 クソっ、思いっきりかかってたじゃねえかよ! 恥ずかしいかよ! 無茶苦茶俺、期待してんじゃん!


 腹が立つやら恥ずかしいやらで行動が雑で乱暴になっていたようだ。


「申し訳ない。済まない、向井殿。今朝、向井殿を抱いて眠ったら魔力が少し回復したのだが、向井殿が出かけたあとに知らない輩があの四角い箱に現れたのでなんとか誤魔化せるようにと思いデバブの一種、幻惑の緩いのを使ってみたのだ……」


 インターホンね……。受信料払えってやつだな。うちTV無いんですって何回言えば分かるんだ⁉ 彼奴等バカだろ?


 怖くって朝まで抱いていた俺のことを思い浮かべながら魔法を紡いだので、俺に関する思いが込められたのかもしれないという。


「それで、向井殿。どのような効果だったのだ? 一応、聞いておくのも必要なのかと思うのだが?」


「ん? んんん? 忘れたわ。うん、もう忘れた。それよりその向井殿ってやめてくれよ。洋一でいいからさ。堅苦しくってな、その呼ばれ方だとよ」


 言えるわけ無いじゃん。キスしようとしたなんて俺の欲望のまんまじゃん。誤魔化しとこ。


「よ、洋一殿」

「殿も要らないし、様も、さんも要らないから。洋一って呼び捨てOKでよろしく」


 丁寧な話し方もやめられるなら止めろと言って止めさせる。家に帰ってきているのに堅っ苦しいのはご勘弁だしよ。


「で、では。洋一……さっき、暫く一緒にいてくれると言っていなかったかい?」


「おう、明日から仕事が三連休だからエレンの服とかネットで買ったあとに一緒に外を出歩こうぜ」


 ずっと家に閉じ込めているわけにも行かないし、かと言ってあの鎧で外を出歩かれるのも困る。


 ネットで今夜注文すれば特急便で明朝には玄関前に置き配されてるはず。エレンはネットの意味がわからず首を傾げているがそのうち分かるだろう。


「まあ、何はともあれ飯が先だ。今から用意するからビールでも飲んで待っていてくれ。エレンは酒はイケる方か?」


「酒か? あまり飲まないが飲めるぞ」


 開け方が分からずまたもや首を傾げているエレンに缶ビールを開けて渡してやった。


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残り2話もよろしくご覧ください。

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