第34話 碧い空の下でⅢ

 私は昼食を食べ終わると、一度図書室へと戻ってきた。そして、読書の続きをしようと本を開いている最中だ。

 でも、さっきのことが気になってか読書も全然はかどらない。

 どうしようか。今日はこれで終わりにしちゃおうか。

 本当の高校生であれば、そんな感じに自主休講なりなんなりはしちゃいけないことなんだろうけれど、あいにく私は偽物の高校生だし。

 それにそもそも学校まで来て何やっているのかって言ったら、授業を受けているわけでも自習をしているわけでもなく、好き勝手に本を読んでいるだけだし。

 私はちょっと考える。この夢が始まってからというもの、家と学校を往復するだけの単調な毎日を送っていた。どうせなら別の場所がどうなっているのか、確かめに行ってみるのもいいかもしれない。

 もしかしたら、私の他にも誰かいるかもしれない。さっきの少年のこともあるし。

 なら、そうしよう。

 私はすぐに帰宅の準備を始める。家に帰ったら、しばらく乗っていなかった自転車を引っ張り出そう。

 行先は……そうね、街中に行こう。



 帰宅して自転車に乗って走り出した私は、それから30分もしないで上ヶ崎駅前に到着した。

 いつも病院で受診するときは電車で通っていたけれど、自転車でも案外早く着くんだな。まあ、それは健康な体があるからなんだけれど。

 私は自転車を駅の駐輪場において、駅前を歩いてみる。家や学校の周りと同じように人も往来していないし車も走っていない。殺風景なビル街が目に映る。

 いつもなら人でごった返しているのに、これじゃまるで世界の終末を描く映画の背景ようだ。

 そのうち植物が生い茂って建物にツルが絡んだり倒壊したりして、本当にそれっぽくなるかもしれない。

 もしかして、生き残った人たちがレジスタンス的な組織を作っていて、建物の中に潜んでいるのかも。

 そんな淡い期待を抱きつつ、私は駅前にある家電量販店の前に来て、中に入れそうか見てみる。入口前に立ってみると自動ドアはなぜか稼働していたので、拍子抜けなくらいすんなり入れた。

 中に入ると電気もついている。

 家や学校でもそうだけどなぜかこの世界では、本来なら人がいなければ維持できないようなインフラも使うことができる。

 でも、人だけがいない。このあたりはとことん一貫している。

 スマホの電波が通じないのは……、そもそも通話しようにも相手がいないから意味がないからか。

 結局、私は誰もいない広い店内をひとりさ迷い歩いただけで、これといって何かを見つけることはできなかった。


 家電量販店を出た後は、街中を一通り歩き回ってみた。でも結果は同じだった。

 ……これ以上歩き回っても成果は望めないかもしれない。

 空を見上げれば、少し雲行きが怪しくなってきていた。もしかしたら、一雨来るかもしれない。

 もう、帰ろうか。

 私がそう思い始めたころ、自然と足が向いていた先があった。

 上ヶ崎病院だ。

 この病院は街中にある総合病院で、いつもはたくさんの人が利用している。

 そしてここは、本来なら私がいるはずの場所でもある。

 ……一応、中に入ってみるか。たぶん他との違いなんてないんだろうけれど。

 私は大した期待もせずに、病院の中へと入っていった。


 しかし、それは病院の中に入って一変した。

 空気が明らかに違う。なぜだか、人の気配らしきものを感じる。それも、ひとりやふたりのそれではない。もっと多くのだ。

 周囲を見渡しても人影は見えないし、物音も聞こえない。

 でも、確かに感じる。ここには、たくさんの人がいる。

 なんだろう……。なんだかちょっと、怖い。

 ……でも、行こう。ここには何かあるのかもしれない。

 私は自分がいたはずの病室へと、歩を進めていった。



 ほどなくして病室に到着した。扉の横には〈香川碧〉と書いてある。

 私はそれを怪訝に思う。今までこの世界で見てきたことのほとんどは、5年前のそれに酷似したものだった。

 でも、これは違った。これは私が知っている限り、今現在の現実世界のそれだ。

 なぜ、ここだけが違うのか。

 とにかく、中に入ってみよう。私は、引き戸に手をかける。なんだか緊張して、手が震える。バクバクという心臓の鼓動が、耳にまで伝わってくる。

 私は意を決して、扉を開けて中に入った。


 そこで、私は信じられないものを見た。

 結菜がいた。そしてベッドに腰かけているのは、私。

 もちろん、高校生と言える時期をとっくに過ぎた大人の私と、高校生の結菜だ。

 それも、体が半分透けている。

 何か話しているのだろう。笑いあっている。でも、声は聞こえない。まるで、立体映像を見ているかのようだった。

 私はそこに歩み寄って行って、結菜に手を触れようとする。しかし、私の手は結菜の体に触れることもかなわず、そのまま結菜の体を通過し空を切っていった。

 

「なに、これ……。どういうことなの……」


 思わず自分の口から、そんな戸惑いの声が漏れた。

 

 

 気が付くと、私は走って病院から抜け出していた。

 わけがわからない。これは、本当に夢なの?

 なんだか、少し違うような気がしてきた。

 もしかしたらこれは、夢なんかじゃないんじゃないか。

 ここは、現実なんじゃないか。少なくとも、ここにいる私にとっては。

 そもそも、私は本当に碧なのか。高校生の時の碧の姿を借りた、別のなにかなんじゃないか。

 でもどれだけ考えても、答えなんて出てこない。

 もう、疲れてきたな……。足元に視線を落としていると、空から雫が落ちてきて地面が濡れてきている。

 空を見上げれば、雨がぽつぽつと降り始めていた。

 ……どうしよう。傘、持ってきてない。

 でも、病院には戻りたくない。あそこにいると、胸が張り裂けそうになる。

 ……ここからなら市立図書館が近いし、そこで雨宿りしていよう……。

 私は小走りに、雨の街をひとり進んでいった。

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