第33話 碧い空の下でⅡ
あれから数日が経過した。
どうにも一向に目が覚める気配がない。この夢は、いったいいつまで続くんだろう。
そんな疑問を抱きつつ、私は毎日欠かさずに高校の図書室に通うようになっていた。
なぜだか、そうせずにはいられなかったからだ。
一応、制服も着てきている。誰かいると困るし、この間の少年ともまた会うかもしれないし。
でも、あれから私は誰とも出会っていない。ずっとひとりきりの「高校生活」だった。
もちろん私はその間、ずっと学校にいたり野宿したりしていたわけではない。ふと思いついて5年前に住んでいた家に行ったら、すんなり中に入れたので、そこに住みついている。
その家はお父さんとお母さんが離婚したときに売りに出されたはずだから、現実世界では今は違う人が住んでいるはずだけど、家の中は私が住んでいた当時のままだ。もちろん、私の部屋も高校生の時のままだった。
もしかしたらこの世界は現実世界とそっくりだけど、何もかもは必ずしも現実とは一致していないのかもしれない。やっぱり、5年前のそれに近い形になっているんじゃないかと思う。
こんな生活にも、だんだん慣れてきている自分が心のどこかにいる。
そう、諦念めいた思いを抱くようになったころ。
いつものように図書室で本を読んでいると、また遠くから何かの物音が聞こえた。
気のせいかと一度は思ったけれど、やっぱりガラガラと小さく音が聞こえる。
なんだろう。また誰かが来たのかな。
そう思って、私は読んでいた本にしおりを挟み、図書室を後にする。
廊下を歩きながら教室をひとつひとつ覗いて、誰もいないことを確認していく。
そうして、1年1組の教室へとやって来た。
どうやら誰かが黒板に何かを書いているようだ。後姿だけど間違いない。あれはこの間の少年だ。相変わらずパジャマ姿で登校してきている。
しかも書いてあることがこれまたしょうもない。〈今田・陣内・目黒・坪内・小島みんな氏ね!!〉だって。
私が半ば呆れて見ていると、彼がこっちに気が付いた。
「あ、いや、これは、その……」
少年は慌てふためいたように目を泳がす。
……なんか、この間も同じような反応見せてたよね、君。
まあ、これも何かの縁だし、ちょっと話してみようかな。
「君、この間も会ったよね。このクラスの生徒?」
「え!?……な、なんのことだ!?」
……私のこと、覚えていないのかな。それともとぼけてるとか?
「ほら、この間もここでロッカー漁ってたでしょ?」
「いや、それ俺じゃない」
「嘘。絶対君だよ。間違いない」
少年は怪訝そうに、顔にはてなマークを浮かべている。
私は彼の眼をじっと見てみる。眼が合うと、わかりやすく逸らされた。
……うーん、見る限りとぼけてるってふうでもないし……。もしかしてここでやったこと全部忘れてるとか?
「……じゃあ、それはいいとして。君、このクラスの生徒?」
「え、あ、はい……」
「名前は、なんていうの? 私は、か……」
……っと、一応ここはあの当時の名前を言っておいた方がいいかな。
「倉敷碧。君は?」
「……美作智也、だけど……」
「美作君、ね。よろしく」
美作智也。聞いたことのない名前だ。
一応、私は風紀委員をしていたからというわけでもないけれど、できる限り生徒の名前と顔を覚えるようにはしていた。
もちろん、1年1組の生徒も全員覚えていた、はずだ。
でも、私は美作という名前に聞き覚えはない。先輩にも確かいなかったはず。
これは、どういうことだろう。もしかして5年前のじゃなくて、今の上ヶ崎高校の生徒とかかな。
「ねえ、ちょっと君に聞きたいことがあるんだけど、このクラスの香川結菜って知ってる?」
「え……あ――」
少年は私の質問に答え終わるか終わらないかというところで、なんか目の焦点が合わなくなっていく。
「どうしたの?」
と、私が口にした次の瞬間にいきなりその場に倒れ伏し、そのまま白目をむいて動かなくなった。
突然のことで、私は何の反応もできなかった。
えっ、なに、なにが起こったの!?
私は少年に近づいて、肩をトントン叩いてみる。
「ちょっと、君、大丈夫!?」
少年はまるで死んだように全く反応をしない。
とりあえず、救急車呼ばないと!
私はスマホを取り出して、救急車を呼ぼうとする。しかし、圏外だった。
どうしよう……。こうなったらもう、保健室まで運ぶしかない。私は倒れている少年を抱えようとする。
……あれ?
なぜだか、すんなりと持ち上げることができた。現実的に考えれば、私の筋力じゃとても持ち上がらないと思うんだけど。
まあそれはいいとして。とりあえず、保健室まで運ばないと。
私は少年を持ち上げて、体を右肩に担いだ。
……これなんか、端から見たら私が誘拐しようとしてるみたいじゃない……。
なんて思いつつ廊下を歩いていると、なぜだか急に右肩が軽くなる。
見ると、少年の体が煙のように消えていた。
それから私は学校中を探し回った。でも、少年の姿は見つけられなかった。
そこで気づく。そういえば、これは夢だったんだっけ。あまりにも馴染み過ぎていたからか、そのことをすっかり忘れていた。
でも、なぜだかお腹はすく。走り回ったせいか、さっきから私のお腹がぐうぐう鳴っている。
……学食に行こう。
そうして学食に来た。
当然、購買には何もない。学食のおばさんもいないから、食券なんて買っても何も食べられない。
でも、食材なら冷蔵庫の中にある。ガスや水道も問題なく使えることは確認済みだ。
だから、昨日からは自分で作ることにしている。
私はメニューをしばし考える。手っ取り早くカレーでいいか。
………………。
…………。
……。
小一時間ほどで、食事の準備が終わった。
調理場にあったお米を炊いて業務用のカレーを温めて、冷蔵庫内の野菜でサラダを作っただけの、簡単なものだけど。
私はそれらをお盆にのせて席に運ぶ。いただきます、と呟いてカレーをすくって一口食べてみる。
……なんだか少し、味気ない。
普通なら、この時間の学食にはたくさんの生徒たちがいて、とても賑わっているはずだ。私も高校生の時は、毎日のようにクラスメイトと来ていた。
その時のクラスメイトは、もうとっくに高校を卒業して進学なり就職なりしている。
私だけが、いまだにここにいる。なんだか自分ひとりだけ、取り残されてしまったかのようだ。
はぁ……。夢は自分の無意識が見せるものと言うけれど、なんで、こんな夢を見ているんだろう。
せめて、あとひとりくらい誰かいてもいいじゃない。
とっさに、私の脳裏にさっきの少年の姿が思い浮かぶ。
……美作君って言ったっけ。なんだか変わった子だったけど、今度出てきたらご飯くらい付き合ってもらおうかな。
私はそう、ささやかに願うのだった。
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