第30話 一人の学校

「おい、起きろ智也。遅刻するぞ」


 うーん、なんだよこんな朝早くから……。

 俺は眠気眼をしぶしぶ開け時計を確認する。朝の8時だ。

 なんだよまだ早いじゃないかよ……。俺は二度寝するぞ。


「寝ぼけてないで、とっとと起きろ!」


 何者かに布団をバサッとはがされた。全身が部屋の冷気にさらされて、とっても寒い。

 一体誰だこんな卑劣な真似をしやがる奴は。

 そいつのほうを見やる。姉ちゃんだった。まあ、やっぱりと言うかなんと言うか。


「なんだよ、もう……」

「早く起きな。下で結菜ちゃんが待ってるから」


 結菜ちゃん? 待ってるってどういうことだ。


「いいからとっとと起きて着替えてこい。それともなんだ? またあたしに着替えさせてほしいのか?」


 それは勘弁してほしい。

 ……こうなったら仕方がないので、俺は起きることにする。

 でも、どうせ起こしてくれるなら倉敷さんに起こしてもらいたかったよ。

 …………。

 やっぱり今日はあの夢は見なかった。

 もしかしたら、という淡い期待は見事に打ち砕かれた格好だ。

 もう一度だけ、あの倉敷さんに会いに行きたい。そして……。

 そんなことを考えつつ、俺はしぶしぶパジャマから制服に着替えていくのであった。


「………………」

「いや、監視してなくても着替えるからちょっと外出ててくれない?」


 もちろん、姉ちゃんは追い出した。



「おはよう。美作君」


 玄関で、香川さんが待っていた。わざわざ迎えに来てくれたのだろうか。


「おはよう。どうしたんだよ香川さん」

「一応、気になったから迎えに来たの。迷惑だったかな……」

「あー、いや、そんなことない。ありがたい」


 ちょっと申し訳なさそうに言う香川さんを見て、俺はそう言ってしまった。さすがに無下には扱えない……。

 でも本当は、今日は休みたい!


「悪い、もうちょっと待っててくれ。すぐに行くから」

「うん」



 朝の通学路。

 昨日と同じく上ヶ崎高校の生徒が大勢歩いている中で、俺は姉ちゃんと香川さんと3人で歩いている。

 前を歩く姉ちゃんと香川さんは終始おしゃべりに興じていて、俺はその後をついていくという格好だ。


 ……なのだが、なぜだか周りの視線が気になる。


 自意識過剰だろうかと思ったが、どうにも違う。周囲を見て確認してみると、やっぱり野郎どもがまとわりつくような粘っこい視線を俺に向けてきている。

 な、なんだこれは。もしや、俺の秘めたる力を警戒しているのか!?

 ならば見せてやろう。闇の力に目覚めた我の真の力を……!


「バカなことやってないでよ恥ずかしい」


 顔を右手で覆って中二ポーズを決めていると、姉ちゃんに怒られて頭をひっぱたかれた。

 それを見た香川さんが、くすくすと笑う。


「相変わらず仲いいですね。先輩と美作君」

「んなことないよ。こいつがバカなだけ」


 姉ちゃんが俺を指さしてバカ呼ばわりする。酷い。

 しかし、俺と姉ちゃんが仲いいねえ……。


「なあ、今まで気になってたんだけどさ」

「ん? なに?」


 姉ちゃんと香川さんが俺の方に振り向く。


「姉ちゃんと香川さんも仲いいよな。何つながりなんだよ。ていうか、どこで知り合ったの。中学の部活とか?」

「あー、言ってなかった? あたしたち、小学校のころからの付き合いだよ」

「へ? だって小学校違うだろ」

「スイミングスクールで一緒だったの」

「あー……」


 なるほど……。そういうつながりね……。


「中学のとき委員会が同じになって、それで再会したんですよね。あの時はびっくりしちゃいました」

「それに部活は違ったけどうちらの部、人数少なかったから結構合同で筋トレとかやってたよね」


 ……なんか、俺の知らないところでいろいろあるのね。

 ていうか、なんでみんなそんなふうに人と関われるの?

 引きこもり陰キャぼっち略して雑魚キャラな俺では想像もつかない世界だ。

 ……しかし、なんだかさっきよりも周りの野郎どもからの視線が痛くなったような気が。俺が何をした。

 と、そこへ、


 ――ピロピロピロピロ……――


 誰かのスマホの着信音が鳴った。


「あ、ごめんなさい。私です」


 香川さんはカバンの中からスマホを取り出し画面を見る。

 すると、少し動揺したように目を見開いた。

 なんだろう、誰かからの電話だろうか。香川さんは電話に出て「もしもし……はい、はい……」と、少し緊張した面持ちで言葉を発する。

 しばらくして通話を切った香川さんは、少し青ざめた表情をしていた。


「なにかあったの?」


 姉ちゃんが香川さんに聞く。


「……お姉ちゃんが、急変したって病院から……」


 

 その後、香川さんは学校には行かずに上ヶ崎病院へと向かった。

 俺は学校に着いてからは、そのことを担任に伝えに職員室に行ってから、教室へと向かった。

 しかし、その日の一日はなんとも苦痛を感じるものとなった。

 クラスで俺に話しかけてきてくれるのは香川さんだけだ。だから彼女がいなければ、誰ひとりとして俺には話しかけるそぶりも見せない。

 なぜだろう。なんだか、学校にいるだけで体力気力が削れていくような感じだ。

 こんなことが続けば、再び不登校になるのも時間の問題かもしれない。

 でも、なんだかんだで一日を乗り切った。

 ……倉敷さんがいたあの世界の学校は、あんなに楽しかったのに。



 そして放課後。俺は上ヶ崎病院に行こうかと一瞬思った。

 碧さんが危篤。昨日はあんなに元気だったのに。

 でも、俺が行ったところでどうということにもならないし、そもそもそういうときって家族とか親戚とかが集まるものだったはずだ。

 俺は、何をするでもなく、自宅に帰ることにした。


「智也」


 校門を出ると、後ろから声をかけられた。

 誰だと振り向くと、姉ちゃんだった。その顔を見て、俺はなんとなく安心して気が緩んだ。


「あんた、どうしたんだよ。顔色悪いぞ」

「ああ、いやなんでもない……」

「なんでもないわけないでしょ。……まさか、またクラスで何かあったのか?」

「なんにもないよ」


 そう。なんにも起こらなかったのだ。まるで最初から俺がいないことにされているかのように、何も起こらなかった。

 いや、起こっても困るんだけど……。


「まあ、それならいいけど……。でも、無理だけはしないでよね。……あたしが引っ張ってきておいてなんだけどさ……」

「ああ……。そういや姉ちゃん部活は?」

「今日は休みだよ」


 そう言えば今日は木曜日だった。毎週木曜日は部活が休みで姉ちゃん早かったんだっけ。


「これからスーパーで夕食の食材買って帰るから、あんたも来る?」

「……いや、俺は先に帰ってる」


 荷物持ちにされるのが嫌だったということもあるが、なんとなく早く家に帰って休みたかったのだ。


「そう……。じゃあ気をつけて帰れよ」


 そこで、姉ちゃんと別れて帰路に就いた。



 帰宅後。

 俺は自室に行って早速パジャマに着替える。

 やっぱり、この服装が一番落ち着く。もしかしたら半年ほどの不登校生活により、骨の髄まで引きこもりになっているのかもしれない。

 しかし、どうにもものすごく疲労感がある。夕食まではまだ時間があるし、ちょっとベッドで寝ていよう。

 俺はベッドに横になって目を閉じる。

 睡魔は間もなく襲ってきて、俺の意識はどこか別の世界へと落ちて行った。

 …………。

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