第25話 正しさ

 気が付くと俺は自室のベッドで横たわっていた。時計を見ると夜の7時ちょっと前だ。


 …………。


 なんだか薄ぼんやりと、さっきまで見ていた夢の記憶が頭に思い浮かぶ。

 なんだっけ、倉敷さんが出てきたことは覚えてるんだけど……。

 くそっ。まるで記憶に靄がかかっているようで、はっきりと思い出すことができない。

 えっと……。なんだったかな……。あー。

 だめだ。やっぱり思い出せない。これじゃ、小説のネタにしようがない。

 何か、メモでも取っていればなあ。

 …………あ。

 そういえば。夢の中でスマホにメモしていたな、俺。

 俺は枕元に置いておいたスマホを手にしてみる。

 メモがないか確認してみたが、それらしきものは見当たらなかった。

 まあ、よく考えたら夢の中でメモしてただけなんだから、現実のスマホにその記録が残ってるはずもなく。

 やっぱだめかー。

 でも、あっちのスマホでは記録が残っているはずだ。……たぶん。

 次にあの世界に行ったときに確認すればいいだろう。

 さて、それはそうと。目も冴えたことだし小説の続きを書くか。

 俺は机に向かい、パソコンを開いた。


 …………。

 俺はとりあえず、記憶に残っていることを書いてみた。

 誰もいない上ヶ崎。誰もいない学校。図書室に現れた謎の美少女倉敷碧。記憶喪失の主人公。

 川沿いの遊歩道での会話。

 ……なんか、書いてみるとかなりあっさりしているな……。

 やはり時折、夢の内容を忘れてしまうというのは痛すぎる。肝心のネタが圧倒的に足りなくなる。

 どうにかして夢を忘れないようにする工夫が必要だ。

 しかしどうすれば。

 俺はしばし、あの世界での出来事を頭の中で整理してみる。

 そういえば、覚えている記憶を考えると、すべて最後にこの家の中で倒れているな。それ以外の場所で倒れた記憶がない。

 これはどういうことだ……?


「おーい、智也! いるんだろ!」


 と、俺が考え込んでいると、階下から姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 たくっ、この忙しい時になんだよもう。

 俺が自室を出て一階に降りていくと、制服姿の姉ちゃんが待っていた。


「なんだよ姉ちゃん」

「今日もお父さんとお母さん遅いんだって。だから今日は外食ね」

「外食? 家で作ればいいじゃん」

「買い物はお母さんが帰りにしてくる予定だったから、食材何もないんだよ。今から買い物行って作るのも面倒じゃん」

「なら、買って来ればいいじゃん」

「それじゃあ、あんた買って来てよ」

「えぇー」


 外に出るのなら、外食でも同じじゃないか。


「……じゃあ外食でいいよ」

「なら、とっとと仕度しな。あたしは下で待ってるから」


 そう姉ちゃんはせかしてくる。

 仕方がない。外に出るのは億劫だけど、準備しよう。俺は部屋着を着替えて、姉ちゃんの待っている階下へと向かって行った。



 そうしてやってきたのは近所のファミレス。

 割と知り合いがいそうだから、本当はあんまり来たくはないんだが……。

 店内に入ると結構な盛況ぶりで、席が空いておらず数人の客が待っていた。

 とりあえず、俺たちはミマサカと名前を書いてしばらく待合席に座っていることにした。

 ただ、席がひとつしかなかったので、


「あたしが座るからあんたは立ってな智也」


 姉ちゃんに席を取られた。相変わらず横暴だ。どうにかならんものかこれ。

 俺は仕方なく入口近くに突っ立っていることにした。

 数分待った。その時だった。


「あれー、美作じゃん」


 店内に入ってきた奴に突然声をかけられた。

 俺はぎょっとして顔を上げ、声の主を見る。

 そこには、あの会いたくもないクラスメイト、今田たちの姿があった。


「おうおう、ホントだ。なんだお前、生きてたか」

「めっちゃ奇遇じゃん。いやー、お前の机に花生けてあったからよ、俺はてっきり死んだと思ってたわ。悪ぃ悪ぃ」


 と、目黒が大して興味もなさそうな視線を向けてきたと思えば、にやけ面して馴れ馴れしく俺の肩をポンポン叩いてくる陣内。


「ていうか、お前ヒキってんじゃなかったのか? なにやってんのこんなところで」


 いけ好かないイケメン面で、ゴミくずを見るような目で見てくる今田。


「よせよせ。こいつは高校中退してヒキニートになっていずれ孤独死するんだから、関わるだけ無駄だろ」


 と、目黒。


「やっべ。目黒マジ策士。神かよ」


 と、陣内。

 そんな3人組を見て俺はただ、冷や汗だらだらでハハハッと乾いた笑いを発することしかできなかった。

 そんな俺を見るに見かねたのか、離れたところに座っていた姉ちゃんが近寄ってきて、


「黙って聞いてればあんたらさ、何様なの?」


 すごい形相で今田たちを睨みつける。

 普段俺に向ける睨みとは違う。本気の殺意めいたものがそこには感じられた。

 そんなふうにいきなり自分たちに突っかかってきた姉ちゃんに、今田は臆することもなく怪訝そうな視線を浴びせかける。


「あん? なんだあんた。誰?」

「うわ、誰このポニテ美人。めっちゃ可愛い。マジ俺好み」


 ……なんかお前の美的感性終わってんなと思えてくることを言う陣内。

 ちょっとだけ俺の心に余裕ができた。世の中かわいそうな奴もいたなあ。


「ていうかウチの制服じゃん。まさか、もしかしてこんな可愛い娘がこいつの彼女か!?」


 驚愕の表情を俺に向けてくる目黒。

 は? 何言ってんの目黒。お前も陣内と同じで目が腐ってんの?


「はぁ!? お前マジざけんなよこらぁ!」


 なんか陣内がちょっと泣きそうな感じでガンつけてくる。

 しかし、これはさすがに真顔で冷静に対応しよう。俺は陣内にビシッっと言ってやろうとする。

 そんな一触即発な空気の中、


「2名でお待ちのミマサカさまー」


 ウエイトレスのお姉さんがやってきて、舌足らずな声で俺たちの名前を呼んだ。

 それを聞いた姉ちゃんは、なんかいきなり俺の右腕に腕を絡めてくる。


「そうだよ? あたし智也の彼女だから。ほら、呼ばれてるから行こう智也」

「あ? お前何言って、ちょっ、あー……」


 姉ちゃんに強引に腕を引っ張られて、俺は席までずるずる引きずられていった。

 なんだかウエイトレスがこっち見て苦笑いしてるんだけど。


 席に着いてウエイトレスがいなくなると、姉ちゃんは俺をギロリと睨みつけてきた。


「あんたね、あれくらい言い返せなくてどうするの!?」

「……いや、言おうとしたって……」

「なんて!?」

「そりゃあ……」


 この暴力女がそんなに可愛いわけがないないだろ!

 ……って正直に言ったら、今度はこいつにフルボッコされるんですよね、わかります。

 俺が口ごもっていると姉ちゃんは、はぁ……と下を向いてため息をひとつ吐く。

 そして真顔で俺の目を見る。


「智也さ……、あんな自分らだけが正しいとか思っているような奴らをまともに相手してたら、本当に人生棒にふるよ? 

 それともなに、あいつらが正しいって認めちゃうわけ?」

「そりゃあ、そうだけど…………ていうか、さっきのなんだよ。なんで姉ちゃんが俺の彼女なんだ」

「いいんだよ! 勝手に勘違いしてるんなら勘違いさせておけば!

 大体あんた、悔しくないの!? あいつらあんたのこと格下扱いしてたでしょ! たかが同い年のガキのくせに。ドングリの背比べでしょあんなの」


 ぷんすか怒っている姉ちゃんを見て俺は思う。

 確かに、姉ちゃんが彼女ということになったから、今田はともかく陣内と目黒は悔しがったわけだ。格下だと思っていた俺に先を越された……とマヌケなことに本人たちは勘違いしたから。

 そう思うと、ちょっとだけ清々する。それに、姉ちゃんが俺のことで怒ってくれたのは嬉しかった。

 ……まあ、お前もひとつしか違わないし、格下扱い云々のあたりも大概ではと思わないでもないが。


「あー、胸糞悪い! あんなの忘れて食べよう! ほら、あんたもとっとと注文決めた決めた!」


 俺は姉ちゃんにせかされて、メニューを眺めるのだった。

 ……少し離れた場所からこっちを見てくる視線に気づかないふりをして。

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