第24話 理由

 正午の図書室。

 俺と倉敷さんは自習していた手をいったん止め、昼休みにすることにした。

 とは言っても、俺は弁当なんて持ってきていない。もちろん学食も購買もやっていない。食べるものなんてないのでどうしようかと一瞬思うも、


「ああ、私が美作君のお弁当作ってきたよ。……あ、おなかの調子はもう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」


 と、なんでも倉敷さんは俺の分まで弁当を作ってきてくれたらしい。


「じゃあ今日こそはちゃんと食べてもらうよ、美作君!……と言いたいところだけど、おなか調子悪いのならそんなに無理しないでね」


 そう言って倉敷さんがカバンから出したのは、大きな重箱だった。

 重箱……。正月以外で見たのは初めてかもしれない。


「一応、昨日もこれ持ってきていたんだけどね。美作君食べてる途中で倒れちゃったし」


 あー、そういえばそんなこと言ってたな倉敷さん。

 カタカタと重箱を机に並べていく倉敷さん。その内容は高級そうな箱に劣らぬ豪華さだった。


「さあ、食べて食べて」


 う、うまそうだ……。よし、ここは有難くいただくことにしよう。

 ……いや、待て。今、俺はネタ集めのためにここにいることを忘れたか。


「あ、ちょっとごめん。その前にトイレ……」

「もう、お行儀悪いよ美作君。やっぱりおなかの調子悪いの?」

「いや、そっちはもう大丈夫。小さいほう」

「もう……」


 倉敷さんのちょっとジトッとした視線を背中に受けつつ、俺は図書室を出て、廊下をカツカツと歩いていく。

 とりあえず、この間に記録をしておくか。俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、図書室での出来事をメモしていく。

 そしてメモしながら階段を上り下りしつつ廊下をぐるっと一周し、図書室に戻ってきた。


「あー、ごめんごめん。それじゃ、食事にしよう」


 俺がちょっとフランクに右手を挙げて倉敷さんに言うと、やっぱりまだちょっと機嫌を損ねているのか、その表情は半目がちだ。


「おお、うまそうだなあ」


 俺は着席すると重箱の隅に鎮座していたエビチリを箸でつまもうとする。

 だがそのタイミングで、倉敷さんに重箱を取り上げられた。


「いただきますは!?」


 ムスッとちょっと怒ったような顔で、まるで母さんのようなことを言う倉敷さん。


「いただきます」

「よろしい。召し上がれ」


 ニコッと笑って重箱をもとの位置に戻してくれた。早速俺は先ほど狙ったエビチリを箸でつまみ口に放り込む。

こ、これは!


「プリプリのエビが口の中でも大海原を暴れまわるがごとく生き生きと跳ね回り、さらにそこにチリソースのピリッとした辛味そして酸味が絶妙に絡み合っている……! これはさながら、エビチリの大津波が起こっているかのようだー!!」

「ふふっ、ありがと」


 席を立ち体をエビのごとくのけぞって叫ぶ俺を、倉敷さんは笑って反応してくれる。

 やべえ、これはマジでウハウハ青春ライフだ……。

 これを満喫しない手はないぞ……!

 ああ、もう設定とかネタ集めとかどうでもよくなってきた。もうこの世界で一生生きていきたい。

 そんなことを考える俺の脳裏に、香川さんの顔がよぎる。


『……あのさ、小説、書くからさ、そしたら読んでくれ。……あ、あと、よければ挿絵なんて描いてほしいなーって……。ダメかな?』

『……うん、わかった』


 香川さんはそう言って、俺の小説を読んでくれることを了承してくれた。挿絵も描いてくれると言った。

 それは、裏切れない。そう考えると自分の心が急速に冷静になっていくのを感じた。

 俺はゴホンと照れ隠しの咳払いをすると、自分の席に戻った。そんな俺の様子を見て倉敷さんはちょっとだけ訝しんだようだが、気に留めるそぶりは見せず、


「じゃあ、私もいただこうかな」


 と、箸を持ちエビチリをつまんだ。



「ふう……うまかった。ごちそうさま」

「お粗末さまでした」


 なかなか量があった。さすがに全部は食べきれない。


「ごめん残しちゃって」

「ううんいいのいいの。ちょっと作りすぎちゃったし」

「よかったらまた作ってくれよ」

「お安い御用、だよ」


 倉敷さんは満足そうな笑顔を見せながら、重箱を片付けていく。もしかしたら、こんなふうに誰かに感謝されたり尽くしたりするのが好きな性分なのかもしれない。

 は……っ、これはもしや、ヒモになるチャンス!?

 そしたらぜひとも一生養ってもらいたい。

 …………いや、違うだろ。今はそれよりネタ集めだ。

 うーん、ネタか。倉敷さんに聞いておきたいことは、他に何かあったかな……。


『どうして、学校に来る気になれたの……?』


 そう言えば、三日前に川沿いの遊歩道で言ってたあのセリフ。まだ真相を確かめていなかった。

 俺は重箱をカバンに入れる倉敷さんに聞いてみた。


「倉敷さん」

「えっ、なに?」

「あのさ、三日前の土曜日に俺たち川沿いで話したじゃん? その時なんで俺が学校に来る気になったか聞いてたと思うんだけど……」

「……あー、うん」

「まあその、俺が学校に来る気になれたのは……、えっと、なんか急に人がいなくなったっていうのが一番大きいかも」

「うん」

「でも、それは一番最初の時だけで。二回目以降に学校に行こうと思えたのは、あー」


 俺はちょっとの間、恥ずかしくなって口ごもった。

 倉敷さんは、口ごもった俺のことを黙って待っていてくれている。

 そんな倉敷さんを見て、俺は意を決して言葉を発した。


「あー、えー、き、君がいたからだ」

「えっ?」

「倉敷さんがいたからだ。だから、もう一度学校行こうと思えたんだ」


 なんかもう、これ半分くらい告白だよなあ。

 俺がひとりで頭の中で悶えていると、倉敷さんも同じように解釈したのか、ちょっと耳や頬が上気しているのが見て取れた。

 

「そう……だったんだ。その、そう言ってくれると素直にうれしい」


 倉敷さんが恥ずかし気にちょっとだけ顔を伏せて、上目遣いで俺をちらちら見る。

 その姿は一言で言ってマジ天使。

 この勢いでもう告っちゃおうか。幸いまだモテ期は残ってるし! 俺が撃沈する的なネタバレ次回予告が流れることはないはずだ!

 …………いやいやいや。そうじゃない。ここはもっと他に聞くべきことがあるだろう。


「あのさ、倉敷さん。なんで、そんなことを聞いたんだ?」


 倉敷さんは一瞬「え?」とキョトンとした表情を見せたが、すぐに落ち着いたような表情に戻り、淡々と話しだした。


「……えっとね……――」

「あ……――」


 倉敷さんが話し出したその瞬間。

 目の前が白んでいく。

 どうやらまた、終わりの時が来たようだ。


「――みま――君!?――」


 倉敷さんの声がだんだん遠くなっていく。

 なにも、こんなところで終わらなくてもいいじゃないか……。

 ………………。

 …………。

 ……。

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