第23話 別世界の情報

 そしてやってきた職員室。さて、先公どもの机漁りを始めようか。

 俺はクラス名簿を見るために、窓際にある1年1組の担任の机を漁り始める。

 目当てのものは割とすぐに見つかった。

 しかし、それを見て俺は困惑する。


「なんだこれは」


 俺が今見ているのは1年1組の名簿のはずだが、ひとり足りとも知っている奴の名前がない。これはどういうことだ。

 なら、他のクラスはどうだろう。……と言っても、他のクラスで知ってる名前と言えば、姉ちゃんくらいだけど。

 俺は漁る机を移動し、姉ちゃんが在籍している2年4組のクラス名簿を確認してみる。美作楓……やっぱりない。

 じゃあ、1年10組は? 倉敷さんの名前は載っているのだろうか。

 そう思って今度は10組の名簿を確認してみると、倉敷碧の名前が載っていた。うーん、これはちゃんと載ってるのね。

 なんだこれはどうなってるんだー全然わからん。

 そんな風に頭を抱える俺の視界の隅に、あるものが映りこんだ。教職員用の議事録か何かだろうか。

 俺はなんとなくそれを手にとって確認してみる。するとそこには、今からちょうど5年前の年度が示されていた。

 5年前? 教室にあった漫画雑誌と同じ年度のものだ。

 これは何かの偶然だろうか。

 ……それとも、ここは5年前の過去の世界なのだろうか。

 一応、このことはどこかにメモでもしておくか。

 俺はスマホを取り出し、電源を入れる。

 この世界では電波は通じていない。だから通信機器としてのスマホはほとんど役に立たず、せいぜい時計代わりくらいにしかならないので、俺は電源を落としていた。

 俺はメモ用のアプリを開くと、今日この世界で見たことを書き込んでいく。


 …………。


 書き込みながら気づく。どっちにしても現実世界にメモを持ち出せないなら意味なくね?

 ……まあいいか。途中まで書いちゃったし。



 しばらくして俺は図書室へと戻ってきた。あんまり長居し過ぎても倉敷さんに訝しまれるかもしれないからだ。


「遅いよー美作君。ずっとトイレにいたの?」


 図書室の扉を開けると、ちょっと心配そうに眉毛をハの字にした倉敷さんが待っていた。もう休み時間に入っていたからか、教科書を閉じて休んでいたようだった。


「あー、いや、ごめん。ちょっとおなかの調子がずいぶん悪くて……」

「え、大変。保健室行く? 薬とかあると思うし」

「あー、いや大丈夫。だいぶ良くなった」

「そう? でも無理しないでね」


 そう微笑みかけくれる倉敷さんはすごく無邪気で、とても悪い人には見えない。

 悪い人どころか、軽く天使である。いやマジ天使である。

 やっぱ、ウハウハ青春ライフを謳歌したほうがいんじゃねこれ。

 考えてもみろ。現実でこんなことあるか? いや、ない。

 この際、何事も経験ってことで、ここはもっと欲望に素直になってもいんじゃね。

 ……いや、それは待て。もうちょっとの辛抱だ。もうちょっと設定を詰めなければ。

 そのためにもここは、倉敷さんにもいろいろ聞かなければならない。


「なあ、倉敷さん」

「ん、なに?」

「あー、えっと……」


 しまった。勢いで話しかけたはいいけど、何聞いていいんだかとっさに浮かんでこない。

 ここはだな、あー。


「あー、えー、く、倉敷さんって東中だよね!?」


 俺は思い出したように質問してみた。


「うん、そうだけど」

「じゃあさ、今田って知ってる? うちのクラスの奴で東中出身なんだけど」

「今田さんのこと?」

「いや、男」


 倉敷さんは首を横に振って、


「ううん、知らないけど……。東中出身の人で今田なんて男子はいないよ? 今村君なら確か1組にいたよね」

「いや、今田。すげー性格悪い糞野郎」

「うーん、ちょっとわからない」

「じゃあ陣内とか目黒とか、あと坪内とか小島は? うちのクラスの」

「ごめん、全部知らない……」


 倉敷さんは指を唇に当て、本気でわからないといった表情だ。

 この分だとやっぱ、あいつらはいないのか。

 存在自体消されてやんの。ざまぁ。……と言いたいところだが、この分では俺が知ってる奴は学校には一人もいない可能性が高いな。

 というよりは大方の予想通り、この世界は俺の知っている現実とは違う世界のようだ。例えば、5年くらい時間軸がずれてるとか並行世界だとかその両方か、あとはやっぱり俺の見ている都合がいいだけのただの夢、とかか。

 まあ、最後の夢って線はこの際なしにしておこう。それじゃ設定の詰めようがない。

 まず、時間軸がずれているという場合を考えてみる。つまり、俺はタイムトラベルをしているというわけだ。

 もちろん、これだけでは説明がつかない。漫画雑誌や議事録の情報から推察するに、ここは現実の5年と数ヶ月ほど過去の世界であるということは考えられるが、俺と倉敷さん以外がひとりもいないというこの状況を説明できない。

 次に、並行世界あるいはそれに近い異世界という場合を考えてみる。

 この世界は俺と倉敷さん以外の人間や生物がいない、現実に酷似した別世界だ。そして、俺は眠っている間だけこっちの世界に飛ばされている。

 飛ばされているのは肉体ごとなのか、魂だか何だかだけなのか、まあどっちかだろう。俺が思うにたぶん魂だけのほうだ。なぜなら、こっちでの服装が現実世界に反映されないからだ。

 だから暫定的な結論を出せば、ここは俺の生きる現実に酷似したある種の別世界であり、時間軸的には5年ほど過去であり、俺はたまに寝ている間に魂だけ訪れているということになる。

 で、結局のところ、だ。

 なんで俺はこんな世界に来ているんだ?

 それに倉敷さんは何者なのか。やっぱり異世界人か? それとも俺と同じようにこの世界に訪れている現実の人間か?

 あと、俺の記憶喪失の件もある。

 こうなると、わからないことがむしろ増えたような気さえする。


「ちょっと、美作君! どうしたの急に黙って」

「えっ!? ああ、ごめんごめん。ちょっとね」


 考え込んでいると、倉敷さんにぷんすか怒られた。どうやら、俺がひとりの世界にフルダイブしていたのがお気に召さなかったらしい。

 

「もう……本当に大丈夫なの? 保健室で休んできたら?」


 倉敷さんは苛立たしげに、それでいて心配そうな表情で言ってくれる。

 保健室で休む……。まあ今は自習どころでもないし、考えをまとめるためにもそれもいいかもしれない。

 でも、今の目的は小説のネタ集めである。なら、倉敷さんからいろいろ聞きだすのが先決だろう。


「いや、大丈夫。じゃあ、自習を始めようか」

「……どうしたの美作君。急にやる気出しちゃって」


 俺がやる気満々で机につくと、倉敷さんが目を丸くした。

 ……俺、普段そんなにやる気なさそうに見えるかねえ……。

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