第26話 姉弟
「ありがとうございましたー」
小一時間ほどでファミレスを後にして、俺たちは帰路に就く。
なんか姉ちゃんは相当にむしゃくしゃしてたのか、あのあとやけ食いしていた。
2人しかいないのに注文した量は5人分くらいあっただろうか。
結局姉ちゃんも食べきれなくて、俺が残飯整理することになった。おかげで腹がパンパンだ。
「こんなことやってたら、今にぶよぶよ太るぞ姉ちゃん」
「大丈夫大丈夫。あたし鍛えてるし」
そう言ってにかっと笑った姉ちゃんは力こぶを作って見せる。
まあ確かに空手で鍛えてるからか、いつもやたら食うわりにスレンダーな方だ。
それに身長も女性のわりに高い。170センチ近くあるので、いわゆるモデル体型と言えばそうなのかもしれない。
さらには俺と姉弟ってことはだ、顔も超絶イケメンな俺と似てると言えなくもないってことだ!
「それにほら、さっきの奴らも美人言ってたし? その点だけはまともだったんじゃないかなー。その点だけは」
姉ちゃんはほらほら、と自分の顔を指さしてかわいい娘ぶりっ子だ。
キリッとしながらも大きな瞳に通った鼻筋、そして濡れる唇に肩まで伸びた赤みがかった髪はポニーテールに結っていて、さながら健康的スポーツ少女な出で立ちで……。
「…………」
「……なんだよ、人の顔をじろじろと。きしょいんだけどやめてくれない?」
「ああ。ちょうど俺も自分でそう思ってたところだ」
ジト目で見てくる姉ちゃんはともかくとして、なんか俺のことを羨んでた目黒と陣内の感性も、世間的にはわりと一般的なのかもしれない。
そんなふうに言葉を交わしつつ俺たちが道を歩いていると、道沿いに置いてある自販機の前で今田たちがたむろしているのが見えた。3人ともなんだかにやにやしてこっちを見ている。
……あいつら、先にファミレスを出ていたのか。
姉ちゃんもそれに気づいたのか、表情を一瞬固くする。
しかし俺たちはさして気にするそぶりも見せず、今田たちの目の前を素知らぬ顔で歩いて通過しようとした。
そのとき、
「おい」
後ろから今田に呼び止められた。
そのまま無視することもできたが、俺たちは仕方なく立ち止まり、今田たちの方を見やる。
……まだ何か用か、と俺が言うよりも先に姉ちゃんが前に出て口に出す。
「……まだ智也に何か用?」
「何か用はご挨拶だな。いや、弟のほうなんてどうでもいい。ちょっとあんたに聞きたいことがあってな」
「あたし?」
と、今田が姉ちゃんを指さして言うと、姉ちゃんは意表を突かれたような表情をする。
……ていうか、姉弟だって普通にバレてんじゃねえか。でも聞きたいことってなんだ?
「……なんだよ」
「あんた、2年の美作さんだろ。空手部部長の」
「……そうだけど、だから何?」
「あんたさ、知ってるか? その弟クンのせいで、あんたまで悪く言われてんだぜ」
今田は俺を指さしてそんなことを言う。
一体、何を言うかと思えば結局俺のことか。
「……それがなんだって言うの?」
「否定はしないんだな」
今田の煽りに対して、姉ちゃんは凍り付くような視線を今田に送った。
「うわやっべ、見てるだけでマジぞくぞく興奮する。
ずりぃぞ今田! 俺もお姉さんに睨まれたいハァハァ。なあ、義弟よ!」
なんか蚊帳の外にいたはず陣内が勝手に興奮して、いきなり俺のほうを向いて同意を求めてくる。
いや、誰がお前の義弟だ。て言うか陣内、お前の趣味ちょっと偏りすぎだろ。
もっともこの3人の中では一番語り合いたい気もしないでもないが……。
と、少し思ったが、その直後に前言撤回せざるを得ない行動に出てくる。
「でもさぁ、睨まれるのもいいけど、デレるところも見てみたいわー……」
陣内がゲスい笑みを浮かべて姉ちゃんのほうへ近寄ろうとしてきたのだ。
その姿は正直、そこそこ変態を自負している男の俺から見ても気持ちが悪い。
それに、こいつはラグビー部なだけにガタイだけはやたらいい。ちょっと距離を詰められただけでも圧迫感がある。
だが、空手部部長で有段者な姉ちゃんなら敵じゃないはず。おい姉ちゃん。こんな奴、顔面にいつもの蹴りでも入れてやってくれ。
俺は姉ちゃんのほうを見た。
姉ちゃんは陣内を見て、ぴくっと肩を揺らす。手を見れば、少し震えているのが見て取れた。
「……やめろ陣内」
今田が姉ちゃんのほうへ近寄ろうとする陣内の肩に手を置いて引き留め、姉ちゃんを横目で見やる。
「……あー、なんかもう、やっぱいいわ」
「……はぁ!? あんた結局何が言いたかったわけ!? 意味わかんない。……ほら、ぼけっとするな。とっとと行くよ」
姉ちゃんは今田たちに背を向けて俺の脇腹を小突き、その場を離れることを促してくる。
俺はその後を追った。
最後に、今田たちのほうを見やる。
そこには、あいつらの笑いともつかないような表情があった
その表情は、俺がよく知ったものだ。すなわち、もはや相手にする価値もないと判断した奴を蔑む表情だ。
それは俺だけに対するものなのか、あるいは……。
姉ちゃんは終始無言で、俺の前を速足で歩いていた。
だからその表情は、うかがい知ることはできない。
結局、家に帰るまで俺たちは一言も話さなかった。
わなわなと震える肩を背中から見て、俺から話しかけることもできなかった。
でもそれは、家に入って一変する。
「なんなんだよ、あれ!!」
姉ちゃんがわめき出し、そして涙をぼろぼろとこぼし始めた。
俺はその姿を見て、ただオロオロするしかなかった。
そんな俺を泣き顔の姉ちゃんはキッと睨みつけてきて、ソファーの上に置いてあったクッションを投げつけてくる。そして無言で階段を駆け上がっていく。
それっきり、姉ちゃんは自室にこもって出てこなくなった。
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