第21話 悪戯めいた笑顔

「あ、俺そろそろ帰るな。長居するのも悪いし……お茶ごちそうさま」

「あ、うん。今日はありがとう美作君」


 香川さんと少し話をしたあと、俺はそろそろいい時間ということもあって、お暇することにした。香川さんも本調子じゃないみたいだし。

 俺は立ち上がり、玄関へと向かう。


「美作君」

「うん?」


 玄関で後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。


「明日は行けると思うから」


 明日は行けるとは、放課後に家に来るという話のことだろう。


「わかった。でも無理はするなよ。それじゃ」

「ん、またね」


 手を振る香川さんに見送られ、俺は帰路に就いた。



 帰宅後。

 俺は早速机に向かい、ラノベ執筆の続きをすることにした。


 …………。


 小1時間ほど、パソコン画面とにらめっこする。しかしキーボードをタイプする指は全く動かない。

 異世界転生チーレム無双スローライフざまぁラブコメとかどう書くんだよ。全くわからん。

 とりあえず、主人公をパーティーから追放させてみるか?

 いや、一応は異世界転生なんだから、冴えないおっさんニートがトラックに轢かれるところから始めるべきではないのか。

 でもありきたりだしなあ……。こう、新しい感じのエモさが欲しい。


 …………。


 俺はしばし考えてみる。

 エモい死に方……。そうだ! こういうのはどうだろう。轢かれるのはトラックじゃなくて、女子高生が乗ってる自転車だ。

 ある日、主人公のおっさんが道を歩いていると、可憐な女子高生の乗った自転車にはねられるんだ。

 宙を舞うおっさん。その時に女子高生のスカートから覗く白いナニを見て、「ああ、生きててよかった。俺、もう思い残すことはない死んでもいい」なんて思ってたら打ちどころが悪くて本当に死んじまうんだ。

 そして異世界で生まれ変わる……と。


 …………。


 それ、普通に成仏してね?

 いや、成仏するくらい満足してるんだから、たぶん転生後は真面目にスローライフに励むはずだ。

 そして菩薩みたいになってチーレム無双と……。


 …………。


 いや、そこからどうやってざまぁ展開に持っていくんだ。菩薩みたいなおっさんならざまぁとか言わねえだろ。むしろ全人類を救済しにかかるだろ。

 でも、それはそれでありなのか?


 …………。


 よしこうしよう。ざまぁはやめて、もう菩薩の後光で全世界を救済しよう。たぶん未確認人型生物と戦えるくらい異能力とかすげえ強い感じだ。そして主人公は冒険者協会の会長に推されたりするんだ。俺は辺境でスローライフしたいのに周りがほっといてくれないみたいな。

 題して『転生したおっさん、菩薩になって異世界を救う』だ。

 ……でもこれ、香川さんに見せるんだよな?

 俺はちょっとこのラノベを香川さんに見せるところを想像してみる。


 …………。


 やめよう。女子高生の白いナニとかはやめよう。

 香川さんに汚物を見るような目で見られるのは……いやそれはそれでありかもハァハァ。

 いやいやだめだろ。さすがに香川さんにはそんな真似は出来ん。

 で、結局どうすんだよこれ。


 …………。


 よし、これはこれで別口として進めることとしよう。でだ、香川さん向けにもうひとつ書くとしよう。

 香川さんが喜びそうな内容か……。ボーイズラブとか?

 いや、あれは素人がうかつに手を出すのはまずい。

 ならば、もう少し万人受けする普通な感じのやつのほうがいいんじゃないだろうか。

 うーん……。

 この際だ。ラノベはやめてもっとライト文芸寄りにしてみるか?

 ライト文芸と言っても、俺あんま読んだことないからわかんないんだよなあ……。わかるのは日常のミステリ的なやつくらいしか。


 …………。


 ん、ミステリ?

 そのとき、俺の脳裏をよぎったのは倉敷さんのことだった。

 なんだか夢ってこととあと可愛いでなあなあになってた部分もあったが、結局彼女が何者なのかも全然わかっていない。それにここ何日かずっとあの夢も見ていない。確か、最後に見たのは金曜日だったか。

 なんかもう、見ることもないだろうなとか思っちゃったけど、やっぱりもう一度くらい見てみたい。そうすれば小説のネタにもなるだろう。

 というか、これはノンフィクションみたいにほとんどそのまま書けば、それっぽいものが書けるんじゃないだろうか。もっとも夢だから普通にフィクションだけど。

 ……それに、あの誰もいない世界でひとりきりでいる少女と、もう一度だけ会ってみたい。

 今は……もうすぐ夕方の5時か。ちょっとだけ昼寝すれば、倉敷さんに会えるかな。

 よし、ちょっと寝よう。

 …………いやな、これは小説のネタのためであって決して怠惰とかその手のものではなくてだな。

 ということで、俺はベッドに入り目を瞑る。思いのほか早く眠気は襲ってくる。

 そして間もなく、俺の意識は夢の中へと落ちていった。



 気が付くと俺は白い天井を見上げていた。

 周囲を見てみる。もう夕方で薄暗いはずだけど、昼間のように明るい。どうやら俺は自室のベッドに横たわっているようだ。

 そして、体が動かない。指一本動かすことができない。

 来た。何日かぶりのあの夢だ。

 よし、このまま起きるぞ。……オーム!


 …………。


 おかしい。体がピクリとも動かない。どういうことだ。

 まさか、この技ではだめということか?

 いやこれはただのネタだろ。一体どうなっている……。

 俺がベッド上で動けないでいると、部屋のドアがキィ……と開く音が響き、誰かが入ってきた気配がする。

 誰かが来たのか!? 一体誰が……。

 その気配の主がベッド脇まで歩いてきて俺の顔を覗き込み、


「おはよう美作君」


 と、悪戯めいた笑みで話しかけてきた。

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