第19話 憂鬱な日

 俺は昼過ぎに起きてから、ずっとリビングのソファーにふんぞり返ってぼーっとしている。

 なんだか、何もやる気が起きない。

 いや、お前いつもやる気ないだろと自分で自分に突っ込みたくなるが、まあ、今日は特別そうなのだ。

 言うまでもなく、ラノベ執筆も全くはかどらない。と言うよりは、パソコンを開くことさえも億劫でできてない。

 理由はわからない。朝に一度起きてからずっとこうだ。

 もしかしたら、どこか具合が悪いのかもしれない。


 …………。


 リビングのソファーに座ってぼーっとしていると、玄関のドアが開く音がした。音からして、これは姉ちゃんだろう。

 随分早いな……と思ったが、時計を見るとすでに午後6時を回っており、外は暗くなっているようだった。

 あれ、……さっきまで昼じゃなかったっけ? と本気で勘違いするくらいには、時間感覚が狂っているようだ。


「…………」


 姉ちゃんがドアから俺を一瞥するなり、無言で自室のある二階へと上がっていく。俺は何の感慨もなくそれを眺めていた。

 しばらくして部屋着に着替えた姉ちゃんがどたどたと階段を降りてきて、冷蔵庫の中にあるペットボトルのジュースを取り出し、それを持ってリビングへとやってきた。

 そして、


「……あんたさ、ちょっと今日変じゃないの? いつもない覇気がさらになくなってるし」


 なんてちょっと気の毒そうに言ってくる。

 俺はとろんとした目で姉ちゃんを見て、


「あー、うん」


 とだけ答えてうなずいておいた。


「はぁ……」


 と、姉ちゃんは溜息を吐き、


「ちょっと、そんなど真ん中座られてちゃ、あたしが座れないでしょうが。ちょっと脇に動いてよ。ん、ん!」


 と、俺から見て右側を指さして動けのジェスチャーをしてくるので、俺は素直に従い右側に動いた。

 そして姉ちゃんは俺の左側の空いたスペースにドカッと座ると、ペットボトルのふたを開けジュースを一口飲むなり、俺のほうを横目で見てくる。


「……あのさぁ、そりゃあ、あたしだってもうちょっと小遣い分けてやってもよかったかなーって思ってはいるけどさ……」


 小遣い? ああ、昨日のことか。

 そういえば自分の小遣いを分けてくれると言いつつ、クリームソーダ代と帰りの電車賃をくれただけだった。

 悪いと思ってるならもっとくれ。……と普段の俺なら満面の笑みでダメもとでも言ってみるところだが、あいにく今はそんな気分じゃない。


「……別にそれはいい」

「あ、いいんだ。ラッキー」

「…………」


 俺が下を向いて黙っていると姉ちゃんは何をどう解釈したのか、手に持ったペットボトルで俺の頭を軽く小突いてきた。


「ったく! ほら、今日は母さん遅いから夕飯作るよ! あんたも手伝え」


 と、ソファーから立ち上がって姉ちゃんは台所に向かって行った。

 どうやら、今日の夕飯のメニューはカレーらしい。あらかじめ買っておいた食材を冷蔵庫から取り出している。

 それを俺が黙って見ていると来い来いと手を振ってくる。仕方ないので、しぶしぶソファーを立って台所に移動した。


「じゃあ、あんたはニンジンの皮むきね。さすがにこれくらいならできるだろ」


 と、姉ちゃんはニンジンと皮むき器を俺に手渡してきた。とりあえず、渡された皮むき器でニンジンの皮をシャリシャリと機械的に剥いていく。

 そういえば、金曜日はなぜか無性にカレーが食べたかったんだっけ。なんでだったんだろうな。

 …………何か大切なことだったような気もするんだけど。


「…………」


 なんだか視界の隅で姉ちゃんが怪訝そうな顔でちらちらこっちを見てきているが、突っ込んでいる気力もわかない。

 とりあえず俺は気にせずに作業を進めていく。


 小1時間ほどで夕食が出来上がった。

 今日は親父も母さんも遅いので、姉ちゃんと二人きりで先に夕食を取ることにした。


「うまいか?」


 カレーを食べてると姉ちゃんが聞いてくるので、とりあえず素直に感想を言ってみる。


「まあ、うまいというわけでもなくもない」

「どっちだよ!」


 怒られた。ほめたのに。


「はぁ……あんたさ、ほんとにどうしたの? そういえば結菜ちゃんは? 来たんでしょ?」


 香川さん?

 ああ、今週から学校帰りに毎日来るんだったか。言われてみれば来ていない。


「来てない」

「……あんたまさか、昨日結菜ちゃんになんかやらかしたんじゃないだろうな」

「なんもやってないよ!」


 姉ちゃんがぎろりと睨みつけて言ってきたので、そこは否定しておく。というか本当に心当たりがない。


「まあ、あんたになんかやらかす度胸があるとも思えないけど……。連絡とか来てないの?」

「連絡?」


 そう言えば今日は一日中ぼーっとしてて、スマホをいじるのも忘れていた。

 俺はリビングのテーブルの上に置いてあったスマホをとり、SNSを確認してみる。

 すると、香川さんからのメッセージが届いていた。開いてみると、


〈今日は私も風邪で学校休んじゃいました〉

〈だから放課後に美作君の家に行けません〉

〈たぶん明日も学校休まないとダメそうです〉

〈ごめんなさい〉


 とあった。


「風邪で学校休んだから今日明日来れないって」

「そうなんだ。今流行ってるからねえ……」


 とりあえず、返信しておこう。


〈気にするな〉

〈お大事に〉


「ならさ、あんた明日お見舞い行ってやりなよ。結菜ちゃんこのあいだ来てくれたんだし」

「ああ!?」


 俺が香川さんへのメッセージをスマホに打ち込んで送信すると、姉ちゃんがとんでもないことを言い出した。


「お見舞い行けって言われても、家の場所も知らないぞ!?」

「聞けばいいじゃん」


 さも当たり前のように姉ちゃんは言う。


「そんな簡単に教えてくれるもんなのか? ほら俺、一応男だし?」

「なんならあたしが聞いてあげようか?」


 と、姉ちゃんは自分のスマホを取り出し何やら香川さんに連絡しようとする。


「あーあー、わかったよ! 聞きゃあいいんだろ。聞きゃあ」


 俺は続けて送信するメッセージを打ち込むことにする。


〈よかったらおみま……〉


「やっぱやめない? いきなり女子に家の場所聞くとか不審過ぎでしょ?」

「あー!! もうじれったい!」


 俺が二の足を踏んでいると、イライラと自分のスマホを操作する姉ちゃん。

 うわ、マジでか。

 …………。

 ちょっとの間をおいて、姉ちゃんのスマホの着信音が鳴った。

 姉ちゃんは画面を確認すると、


「ほら!」


 と、自分のスマホ画面を見せてくる。

 そこには住所が書いてあった。〈上ヶ崎市井田町1-15-2 コーポ井田202号室〉とある。

 マジか、ほんとに教えてくれた。

 

「明日行ってくること! わかった!?」


 俺はなまじ脅迫じみた姉ちゃんの勢いに押され、首肯するより他なかった。

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