第17話 記憶Ⅰ
気が付くと白い天井を見上げていた。
どうやら3日ぶりにあの夢を見始めているらしい。指先一本動かせない。
まあ、とりあえず起きよう。………………。
全身のナンチャラ回路に魔力を通し、俺はさも当たり前のように上体をむっくりと起こす。
さすがは夢だ。この調子なら結界とか邪眼とかも余裕で展開できそうだ。
闇から来たりし黒の精霊たちよ、我が声に応えよ……。
…………。
全然できんわ。
それはそうと、とりあえず今はいつか確認するか。
あたりを見回してみる。カーテンは開け放たれていて、窓の外が明るい。
時計を見てみると、9時ちょっと過ぎだ。
今ごろ学校では、倉敷さんがいるはずだ。でも、今日は何曜日だ?
スマホを見れば今日の曜日がわかるが、そのスマホが見当たらない。
そういや、この間はリビングのソファーの上にあったんだっけ。
俺は自室を出て、階段を降りリビングへと向かう。リビングにあるソファーを見てみると、やはりあった。俺は電源を入れてみる。どうやら今日は月曜日のようだ。
つまり、今日は平日。学校に行けば、倉敷さんに会える。なんだか、すごい久しぶりな感じがする。たったの3日ぶりなのに。
そうと分かれば善は急げだ。早速学校に行こう。
……どうせならこの際、制服も着ていくか。
俺は制服に着替えるため、自室へと戻って行った。
それから家を出てほどなく学校に到着した俺は、倉敷さんがいるはずの図書室へと向かう。
ガラガラと扉を開けると、机に教科書を広げて勉強している倉敷さんが目に入った。倉敷さんはこっちに気づくなり、ちょっと表情に笑みを浮かべる。
なんだこれ。軽く天使やん。
そんな倉敷さんがちょっとわざとらしく怒ったような表情を作り、
「もう、美作君、遅い! 30分以上遅刻だよ!」
なんて言ってくる。
でも全然怖くない。だって怒った表情の中に嬉しさがにじみ出てきてるんだもの。
「ごめん寝坊した」
「全く、もう……」
倉敷さんはため息をついて、あきれたように流し目で、
「そんなに朝弱いのなら、今度から朝起こしに行ってあげようか?」
なんて悪戯っぽく言ってきた。
ヒロインが朝起こしに来る……。ギャルゲど定番の、ときめく思い出がいっぱいなイベント……。
「ぜひお願いします」
俺は深々と直角に頭を下げてお願いしてみた。
「やだなぁ、冗談だよ。本気にしないでよー」
笑顔の倉敷さんにさらっと拒否された。残念だ。
すごく残念だ!
俺ががっくり項垂れていると、倉敷さんはちょっと困ったようおたおたする。
「あ、いや、そんなにがっかりしなくても……」
「じゃあ、起こしに来てくれる!?」
俺は満面の笑みで倉敷さんの目を見つめてみる。
オナシャス。オナシャス。
「…………しょうがないなあ……」
俺は思わず飛び上がってガッツポーズ。いやっほぅー―!!
そんな俺を見て倉敷さんは終始苦笑していた。
「まあ、それはいいから、今はもう授業中だよ。早く美作君も自習始めよ」
ということで、今日も図書室で倉敷さんと自習だ。
倉敷さん流には自習する科目は結構適当で、気が向いた科目をやればいいというもの。今倉敷さんがやっているのは現国であり、俺もそれに付き合って現国の問題集を解いている。
ただ、倉敷さんに聞いてみたところ10組の月曜日のこの時間は、本来は美術の時間であるとのこと。
よくよく考えたら美術は自習って言ってもほとんどやることないし、まあ芸大にでも行かない限り大学の受験科目でもないからな。時間割無視は割と合理的なのかもしれない。
そういや1組の時間割はどんなだったっけ。半年も学校行ってないから忘れちまった。
……それはそうとこの読解問題。俺が生まれる前に放送されていた、伝説級に泣ける感動アニメのノベライズから出題されているじゃないか。わかってるやん問題作成者。
観てからもう1年はたっているが、このシーンはよく覚えている。確か第6話だったか。自分が勝手にロボットにされてしまったことを知ったヒロインが泣いて怒って、開発責任者に詰め寄っている名シーン。
だが問題の作りはわけわからん。下線部におけるヒロインの気持ちを次の選択肢から選べとかいうお決まりの問題だけど、なんか俺が考えたことが選択肢の中にないんだが。どういうことだこれは。
…………。
俺が頭を悩ませていると、倉敷さんがカリカリとシャーペンを走らせる音が妙に耳に響く。
なんだかこの時間もすごく久しぶりな気がするなあ。
…………久しぶり、だよな? 前にこんなことなかったっけ。なかったかも。……よく思い出せない。
そんなことを思いつつ、俺は無意識に倉敷さんのほうを見ていたようだ。視線に気づいた倉敷さんが顔を上げて俺のほうをぽかんとした表情で見てきて、
「どうしたの?」
と聞いてきた。
俺は視線を下に落として、勉強を続けるそぶりを見せる。
「あー、いやなんでもない」
「ふぅん。変なの」
そう言って倉敷さんも視線を落として勉強に戻ろうとする。
しかし、やっぱりここは聞いておきたいな。俺は倉敷さんを制止するように声を上げる。
「あー、えーっと。やっぱある。前にもこんなことやってなかったっけ?」
「え?」
倉敷さんは急に顔を上げ、驚いたような表情で俺を見てきた。
「美作君、記憶戻ったの?」
「え!? あー、そういうわけじゃないんだけど……なんとなくこんなことが前あったような気がして」
でも口ぶりからして、前にもあったっぽいな。
「あ、そうなの……。金曜日にもここで美作君と自習したんだけど……」
やはりか。
うーん、なんとなくそんな記憶もあるようなないような。……だめだやっぱ思い出せない。
というか、それは本当に俺なのか? もしかして俺の偽物なんじゃないだろうか。
この世界は基本的に夢だし、それはありえるかも。
……でもそうじゃないとしたら、なんで俺は記憶喪失になったんだ?
確か、倉敷さんが言うには学食で倒れたんだったよな。
うーん、わからん。
「あ、もう正午過ぎてる。美作君、お昼休みにしよ」
「ん? あ、ああ」
倉敷さんは机に広げていた問題集や筆記用具をてきぱきと片付けて、
「えーっと、実は私、美作君にお弁当作ってきたんだけど……」
倉敷さんがちょっと上目遣いでそんなことを言ってきた。
……すまん、俺の聞き間違いかもしれない。今、倉敷さんなんて言った?
俺のためにお弁当を作ってきただって?
……………………マジか!?
「ほら、一昨日のジュースのお礼。食べてくれるかな」
「もちろんだとも!」
「よかった。じゃあ、学食に行こ」
そう言って、倉敷さんは席を立って図書室を出ていこうとするが、
「あー、学食じゃなくってさ、1組の教室じゃだめか?」
「え? まあいいけど……あ、そうだよね。また倒れちゃったら大変だもんね」
俺はなんとなしにそう提案していた。
だって、教室で彼女とふたりでランチとか憧れなんだよいいだろ!
……ん?
彼女だって?
これはもしや、もしやまたもや来たということでいいんじゃね。
早くも2度目、伝説のアレが来たということでいいんじゃね。
伝説のアレ、すなわちモテ期だ!
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