第16話 買い物に行こうⅢ
姉ちゃんの謎の計らいにより香川さんとふたりっきりになったもの、これからのプランも何も俺にはなく……。
これからどこかへ行くか、とは言っても俺がこの辺で知っているところと言えば、この家電量販店とアニオタ御用達の専門店と、あとは市立図書館くらいしか。
まあ、あたりまえだがひとりで考えていてもらちが明かないので、香川さんに行きたいところはあるかと聞いてみたところ、
「私の用はもう済んだし……、美作君の行きたいところに行けばいいよ。あと1時間くらいなら付き合ってあげるから」
とのこと。
そんなこんなで家電量販店を後にした俺と香川さんは、適当に西口まで来てぶらついていた。
さすがに休日の上ヶ崎駅周辺だけあって、周囲を見れば友達連れやカップルなど大勢の人で賑わっている。
これは普段の俺なら呪いの言葉の一つや二つ出てきそうな光景だが、今日の俺は香川さんとふたり。
俺は横を歩いている香川さんをちらっと見てみる。
気のせいか、ちょっとだけ浮ついているように見えなくもない。
「ん? どうかした?」
香川さんは横顔を見ている俺に気づき、笑みを浮かべて声をかけて来て、
「あー、えっと……」
「?」
なんだとばかりに首をかしげる。
もしかして、端から見れば俺らも周りの奴らと同類ということなのか?
ならば、古のヲタクどもに爆発させられないように気をつけねば……。
まあ、それはそうと、ふたり黙って歩いてるだけというのもなんだかあれだな。
香川さんはもともとあんまり口数の多い方じゃないから、沈黙が苦になるというほどでもないんだけど……。
「……あ、そうだ。さっきペンタブ見てたけど、香川さんってペンタブ持ってなかったのか?」
俺はなんとなく思い出したように香川さんに聞いてみた。
「うん。今は小学生のころから使っている小さいタブレットで描いてるの。もうちょっと本格的なの欲しいなーって思ってて……」
マジか。絶対プロが使ってるようなやつで描いてると思ってた。
「でも今はちょっと金欠だから、見るだけだったけどね」
香川さんは苦笑しつつ小声でそう言う。
そうなのか。お互い金欠で苦労するなあ。
…………。
って!!
姉ちゃん! 分けてくれるはずの小遣いは!?
俺の今の手持ち400円だぞ!
帰りの交通費差っ引けば200円ちょいしか残んねえぞ!
どうすんだよこれから。ほとんどなんも買えねえぞ。くそ、前払いにしとくんだった!
…………。
なんて考えながら歩いていたら、自然と足が進んで到着してしまった場所があった。
「アニメグッズ専門店に来たかったの?」
結局ここかい。
でも200円じゃ漫画一冊買えねーぞ。
「あ、いやここじゃなくて。あーっと、市立図書館に行こうかと」
「そうだったんだ。なら最初からそう言ってくれればよかったのに。私も本返しに行くところだったんだよ」
ということで俺たちは右手前方に見えるアニメグッズ専門店……ではなく、交差点を左に曲がってまっすぐ行ったところにある市立図書館へと向かったのだった。
10分ほど歩くと市立図書館に到着した。
ここは県内のみならず、近県一帯で見ても蔵書数随一の公立図書館として有名である。
だからかどうかは知らんがラノベ揃いがやたらいい。マイナーな作品もたくさんあるし、アニメ化作品なら80年代から20年代まで、まず置いてある。
なので、俺はよく利用している。もちろん公立なので利用は無料だ。大変お財布にやさしい。
「美作君もよくここ来るんだ?」
「ああ。香川さんも?」
「ん。まあね」
そうだったのか。
今まで知らなかっただけで、意外と共通点も多いもんだな。
というわけで図書館内に入る俺たち。
「……!!」
あれ、どしたの香川さん。
なんか化け物でも見たかのようにびっくりしてるけど……。
香川さんが目を向けている方を見てみる。入り口近くにあるイラスト展示コーナーだ。
それはその名の通り、図書館利用者が描いたイラストを展示している場所だ。
展示されているイラストを見れば、小学生が頑張って描いたようなイラストからセミプロレベルまでいろいろある。
「…………あれ、このYUINAって、結菜先生ではないですか」
香川さん……じゃなかったYUINAのイラストが展示されていた。
見たことのないキャラクターだ。どうやらオリジナルキャラであるらしい。
それにウェブで公開されているイラストと違い、アナログでの彩色のようだ。
よく見ると色のムラとかはみ出しとかあって、これはこれでなかなかどうして味がある。
「ちょっと、あんまり大きな声で言わないで―……」
香川さんは小声で俺を諫めてくる香川さん。あんまり自分の描いたイラストを見られたくないかのようだ。
なんだか、自分のアカウントのフォローを進めてきた昨日のSNS上でのやり取りとも、かなりギャップがあるんだけど……。
「軽い気持ちで出しただけなのに本当に展示されてる……」
「いや、別にそんな恥ずかしがることないんじゃね? ネットじゃすでにたくさん投稿してるわけだし」
「それとこれとは別!」
そういうもんなのか?
ふむ。どうやら香川さんは隠れヲタクとか言うやつらしい。
この様子からして、絵描きだってことは本当に周りには内緒にしているのかも。
なら、なんで俺に自分が絵描きだってばらしたんだろう。
まあ、あんまり追及するのも悪いかな。
でも、
「俺は好きだぜ、結菜先生のイラスト」
なんとなしに、素直な感想が口をついて出てきた。
そしたら、香川さんは俺の目を見て顔を見る見るうちに赤く染めていき、
「……ありがと……」
顔を伏せてぽつっと言った。
それからは、俺がおすすめラノベを紹介したり香川さんにお勧めの本を紹介されたりして過ごした。
「物語を描くなら、これ読んでおいて損はないよ」
香川さんがそう言って差し出してきたのは、アメリカの有名な脚本家が書いたという創作指南書だった。
ふうん、こういう本もあるんだ……。
俺は中身をぺらぺらとめくってみる。なんかすげえ難しそうだけど……。
まあ、これ読んでラノベ執筆が進むのなら。
ということで、俺はその1冊だけ借りることにした。
貸出口の列に並ぼうとすると、
「あ、もうこんな時間。じゃあ私もう行くね。すぐそこの病院にお見舞い行かないといけないの」
スマホを見て時間を確認した香川さんが、ちょっと慌てたように口にした。
「ああ。今日はありがとな」
「ううん、こっちこそ。じゃあね、バイバイ」
手を小さく振って、香川さんは笑顔で立ち去って行った。
……なんだか、いろいろあった1日だったなあ。
でも楽しかった。
と、我ながららしくないことを思ってしまった。
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