第15話 買い物に行こうⅡ

 俺たちはほどなくして、最寄りの駅に到着した。

 ただ、のんびり歩いてきたのが災いしてか、次の電車の発車まで1分もない。

 20分待てばその次が来るんだから別にそれでもいいだろと俺は言ったが、せっかちな姉ちゃんは断固として譲ってはくれなかった。


「おい走れ智也!」


 発車ベルが鳴り響くコンコースをひた走る姉ちゃんを、改札口を抜け息も絶え絶えに追っていく。

 俺はへたりながらも、何とか発射寸前の電車に駆け込んだ。


「はぁはぁぜーぜ―……」

「ったくだらしないね、あんたは」


 プシューとドアの閉まる車内で、平然とした顔の姉ちゃんに言われた。

 いや、俺はお前みたいな体力バカじゃないんだよ……。

 気持ち悪い。吐きそう。

 座りたい。でも座席が空いてなさそうだ。

 俺がぜーはーぜーは言っていると、


「……美作君……と楓先輩?」


 ウィーンという電車の加速音とともに、俺たちの名前を呼ぶ少女の声が左後ろから聞こえてきた。

 声がした方に死にそうな顔を向けて見てみる。ドア脇の座席に座っていたのは。香川さんだった。

 休日ということもあってパーカーワンピにデニムのジャケットといういで立ちだ。年齢より少しだけ大人びて見えるいつもの制服姿よりも、なんだか年相応に見える。

 ちょっと新鮮だ。


「あれー、結菜ちゃんじゃん。奇遇だねー」

「こんにちは。二人でお出かけですか?」

「ちょっと上ヶ崎駅前の家電量販店に買い物にねー。こいつ荷物持ち」


 姉ちゃんは俺を指さして荷物持ち呼ばわりしやがった。

 ……そんなことばっかやってると、いいパソコン選んでやんないぞ。


「結菜ちゃんはどこ行くの?」

「あ、ちょうど私もそこでいろいろ買い物というか、見たいものがあって……」

「そうなの!? じゃあ、一緒にまわらない?」

「いいですよ。4時くらいまででしたら」


 姉ちゃんの提案を香川さんは快く受け入れる。

 そんな香川さんの方を見ると、何となく目が合った。


 …………。


 俺はなんだか気恥ずかしくて、ちょっと目をそらした。

 

「じゃあまずパソコン売り場に行って、それから他にもいろいろまわろうよ。結菜ちゃんもそれでいいよね」


 俺が視線を泳がせていると、なんか姉ちゃんがいきなり仕切りだした。

 香川さん、こういうのは嫌なら嫌って言った方がいいぞ。

 なんて思う俺の期待もよそに、香川さんは特に嫌がる風でもなく人の好さげな笑顔を見せる。


「ええ。いいですよ。私もちょうどペンタブが見たかったので」

「ペンタブ? 何それ」

「パソコンで絵を描くための入力機器ですよ」

「へー、結菜ちゃん絵描くんだ。すごいねー、今度見せてよ」

「あー、いや、とても見せられるようなものでは……」


 香川さんは一瞬しまったと顔に出しつつ、胸の前で両手をぶんぶん振り苦笑いで謙遜する。

 とても見せられるようなものではって、あのセミプロレベルの腕前でそれを言うか。


 …………。


 しかし久しぶりに全速力した反動か、まだ気持ち悪い……。

 それがどうやら顔にも出ていたらしく、


「美作君……席、譲ろうか……? 顔色悪いよ?」


 ちょっと心配そうに香川さんに言われた。

 ……俺は迷ったが、


「……悪い、頼む……」


 俺はプライドもへったくれもなく、結局その言葉に甘えることにした。

 ここで吐いたらマジでシャレにならん……。



 数分ほどで上ヶ崎駅に到着した電車を降り、3人で東口にある家電量販店に行くことになった。

 上ヶ崎駅は新幹線も停まる県下随一のターミナル駅だけあって、結構な人が往来している。

 俺たちはそんな人波に乗って、ほどなくして家電量販店のパソコン売り場に到着した。


「香川さん。俺たちはしばらくここにいるから、香川さんは自分の見たいもの見てきていいぞ」


 俺は香川さんにそれとなく長くなることを伝えておいた。

 なにせ姉ちゃんの買い物はとにかく長い。アホみたいにあれこれ考えて、これでもかってくらい優柔不断さを見せつけてくる。


「うん。じゃあ私は向こうの方にいるから」


 そう言って、香川さんはペンタブがある方へと向かっていった。

  


 それから約1時間後。姉ちゃんは俺のおすすめするパソコンをなんだかんだといちゃもん付けたりなんとかして、結局買うパソコンを決めきれずにカタログだけ持って帰ることになった。

 それで今は最上階にあるレストラン街の喫茶店で休憩中だ。


「でも楓先輩と美作君、仲いいですね。端から見てるとなんだか恋人同士みたいに見えちゃったから、ちょっと驚いちゃいました」


 クリームソーダ片手の香川さんが唐突に切り出した。


 おぇ……。


 やっと吐き気が収まったと思ったら、なんか一気にいろいろ込み上げてきた。

 冗談でもそんなこと言うなよ、マジで吐きそうになる。

 俺が嘔吐をこらえていると、どうやら姉ちゃんも同じように思ったようだ。めちゃくちゃ顔をしかめてて、いかにも嫌そうな表情だ。


「はぁ!? なんでこんなくそダサくてキモくて意味わかんない奴とあたしが! ちょっと冗談でもやめてよね結菜ちゃん!」

「ははっ……、楓先輩いくら何でもそこまで言わなくても……」

「いーや、これでも全然足りないくらいでしょ。結菜ちゃんももっと言ってやってよ。言わなきゃわかんないんだから」


 とか何とか言って姉ちゃんは、苦笑する香川さんのフォローを必死に否定する。

 いや、言わなきゃわかんないとか言うけどな、お前もいい加減たいがいだぞ。

 それに、どうしてもわかってほしけりゃわかるように言いなさいと言ってやりたい。

 人目のあるところではさすがの暴力女も手出しはできないだろうし、この際言ってやるか。


 ……でも家に帰ってから何されるかわかったもんじゃないから言わない。


 そうして俺が黙っていると、姉ちゃんは何を血迷ったか急に立ち上がり、


「あ、そうだ! 結菜ちゃんまだ時間あるでしょ」

「ええ……」

「ちょっとこいつに付き合っていろいろ教えてやってくれない?」


 俺を指さしてそんなことをぬかした。

 は? いきなり何を言ってるんだこいつは。自分に付き合え言って俺を引っ張り出したんだろ。


「ほら、こいつ内弁慶だからさ、あたしが言うより結菜ちゃんが言ってやった方が絶対いいと思うわけ」

「え? あ、はい」


 ほら、香川さんも驚いたように目をぱちくりさせているじゃないか。


「じゃあ決まりね。私は西口のデパートで適当にふらふらしてるから、このバカよろしくね! あとなんかあったら呼んでね」

「え!? ちょっと姉ちゃ……」


 姉ちゃんは俺の制止を無視してすたすた行っちまいやがった。

 俺はクリームソーダを飲んでいる香川さんと目を合わせると、


「…………」


 ちょっと顔を赤らめて気恥しそうな香川さんに、微妙に目をそらされた。

 ……あれ? 香川さんって、こんなに可愛かったっけ……?

 ていうか、なんだこの展開。一体、俺にどうしろと……。

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