第14話 買い物に行こうⅠ

 翌日の日曜日のこと。

 俺は午前中からパソコンを開き、ラノベ執筆に精を出していた。

 ジャンルは異世界転生チーレム無双スローライフざまぁラブコメ。

 もちろんヒロインは倉敷さんだ。


 …………。

 ネタが足りない! キャラが動かない! ていうか何書いていいんだか全くわからない!!

 執筆とか全然進まん。どないしよう。


 見事に俺はエタっていた。

 エタったというか、そもそも8行くらいしか書けてない。

 俺の目指せパチンコ化作家な野望は、早くも打ち砕かれようとしていた。


 どうしてこうなった。


 やはり、倉敷さんに二晩連続で会えなかったのは痛かった。

 ついに昨夜もあの夢は見れなかったし、もしかして平日限定で見れるとかか?

 それはつまり、倉敷さんとの休日デート第二弾はもう永遠に来ないのか!?

 そ、そんな……。

 ……いや、そんなことはないだろう。

 一昨日金曜日に見たときは向こうでは土曜日だったわけで、必ずしもこっちの世界と曜日が一致しているわけじゃないし。

 たぶん、週末にはまたチャンスはある!

 それに平日限定なら今夜は見れるはずだ。

 そして倉敷さんといちゃいちゃラブラブに過ごして英気を養わなければ!


 …………。


 よし、倉敷さんとのいちゃラブ展開を想像したらちょっと元気が湧いてきた。

 もうちょっと気張るか。


 …………。

 俺は軽く燃え尽きてた。もうだめぽ。

 内容はあれから進むどころか書いては消し書いては消しで、今は白紙状態だ。

 前より退行しとるやんけ。


「おい智也! さっきから呼んでるのに何で返事しないんだよ……ってどうしたんだよお前」


 姉ちゃんが部屋に入って来るなり、机に突っ伏す俺を見てそう言った。


「……んだよ」

「あんたさ、どうせ暇だろ? お昼食べたらちょっとあたしに付き合いなよ」

「あん!?」


 この俺の何を見てどうせ暇とぬかすか!


「今の俺には、いずれパチンコ化するラノベ執筆という崇高なる使命が……」

「そんなの後でいいじゃん。あんたのことだからどうせ三日坊主で終わるんだし」


 あんたのことだから!? どうせ三日坊主で終わるんだし!?

 何たる暴言。許すまじ。

 意地でも最後まで書きたくなってきた。

 そしてパチンコ化した暁には、こう言ってやるんだ……。

 え? あなた俺のこと無能扱いしていませんでしたっけ? だが今さら見返してももう遅い。俺は印税で悠々自適に暮らすから、お前はどこにでも消えてくれ。


「ああ、あとこれね」


 と、ざまぁ展開の妄想にふける俺のことなど意にも返さず、姉ちゃんは手に持っていたものを俺に手渡してきた。


「あん?……トイレ用の洗剤?」

「トイレ洗っといて」


 はあ?


「あたしはコンビニでお昼買ってくるから。やらなきゃあんたお昼抜きね」

「…………」


 そう言って姉ちゃんは部屋から出て行った。

 ひどい。これは虐待なんじゃないだろうか。

 トイレ掃除なんて、主人公の友達キャラがやればいいようなことだろ!


「ああそうそう。トイレットペーパーのセットと便座カバーの交換も忘れんなよ!」


 階段の方から姉ちゃんの声。

 くそー、あとで見てろ。

 しょうがないので、俺は掃除をすべく部屋を出てトイレに来た。

 しばらく洗ってなかったのか、だいぶ汚れがたまっている。

 これは結構手間がかかりそうだ。

 なんだこのしつこい黄ばみは。誰だよ的外した奴は……あ、俺か。

 そして俺は、洗剤を便器にシューシュー吹きかけては紙で拭いていくという機械的な作業を淡々と進めていく。

 なんだかもうなんも感じない。これが無我の境地か……。

 ラノベ執筆もこれくらいサクサク進められればなあ。

 繰り返すこと数分間。ようやく綺麗になった。

 おっと、トイレットペーパーのセットと便座カバーの交換を忘れてた。

 …………。

 ふう。とりあえず終わったな。

 腹も減ったし、そろそろ姉ちゃん帰ってきてるころかな。

 俺は一階に降りて待っていることにした。



「智也、ほら早く仕度しろ」


 昼食後、リビングでくつろいでいると姉ちゃんに言われた。


「仕度?」

「さっき言ったでしょ。ちょっと付き合えって」


 あー、そういやそうだったっけ。

 でもだるいわー。


「ったく。付き合ってくれたらあたしの小遣い分けてやるよ」

「なぬ」


 小遣いを分けてやるだと?

 ぶっちゃけ、このあいだセット買いした漫画で俺は小遣いが底をついていた。

 ここでの臨時収入はおいしい。


「それは本当だろうな?」

「あんたじゃないんだから、嘘はつかないよ」

「ま、まあ、そこまで言うのなら……」

「ならとっとと仕度しな」


 なんか急に態度でかくなりやがった。

 まあでも気にしてても仕方がない。とりあえず俺は一度部屋に戻り速攻でパジャマから外出着に着替えて玄関へ。


「……とっとと仕度しろとは言ったけど、20秒で仕度しやがったよこいつ。

 て言うか顔くらい洗いなよ恥ずかしい」


 あきれ顔の姉ちゃんが待っていた。



 …………。

 家を出た俺たちは一路、駅があるほうへと歩いている。

 木曜日に降った雪は日陰ではまだだいぶ残っているが、普通に歩道を歩く分には不自由がないくらいには溶けていた。


「で、どこにいくんだ?」

「上ヶ崎駅前の家電量販店。パソコン買いに行くんだよ」

「パソコン? そんなの誰が使うんだ」

「もちろんあたしだ」


 姉ちゃんは己を指さし自信満々にそう言うが、どこの脳筋が言うかって感じだ。

 よりにもよってお前かよ。

 まあ事情はともあれ、俺は臨時収入があればそれで満足だけどな。

 でも一応、釘は指しておこう。


「悪いことは言わん。すぐ壊すだけだからやめておけ」

「い、いいじゃん! あたしだってちょっとくらい……。それに来年は受験だし……」


 さっきの自信満々な態度はどこへやら。ガラにもなくもじもじとしおらしい姉ちゃん。

 

「だからさ……あんたにパソコン選び、手伝ってほしいんだよ」

「ほう?」


 ほほう。俺に頼み事とは。

 これはそれなりの見返りを期待してもよろしいのですかな?


「……まあいいでしょう。このわたくしめに任せておきなさい」

「調子に乗るな!」


 と、頭をひっぱたきに飛んできた右手をひらりとかわしつつ、そんなこんなで俺たちは肩を並べて道を歩いていった。

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