第11話 遊歩道で

 俺たちは川沿いの遊歩道を、ふたり肩を並べて歩いている。

 隣を見れば、倉敷さんの綺麗な横顔。心なしか、いつもよりさらに可愛く見える。

 やべぇ。これ、マジもんのデートじゃね?

 なんかうれしすぎて泣けてきた。


「美作君? どうしたの、なんか泣きそうな顔してるよ? もしかして、まだ具合悪いの?」


 倉敷さんが顔を覗き込んでくる。

 どうやら心配してくれているらしい。


「……いや、倉敷さんと散歩できるのがうれしくてついつい涙が……」

「……ふふっ、冗談が言えるなら、大丈夫そうだね」


 冗談じゃなくて結構真面目なんだけどなあ。

 でも俺は見逃さない。倉敷さんの耳がちょっとだけ赤くなってる。

 つまり、まんざらでもないということだろう。

 はっ。これはもしや、もしやついに来たか。人生に3回しか来ないという伝説のアレが俺にもついに来たか。

 伝説のアレ、それすなわちモテ期。

 ……今まで数々の辛酸をなめさせられてきたが、ついに来たのか……。

 実に感慨深い。


 …………。

 …………。


 数分が経過しただろうか。

 お互いに何もしゃべらず、ただ黙々と遊歩道を歩いていく。


 ……いや、なんかしゃべろよ俺。


 こんなの人生に3回しか来ないチャンスだぞ。これを逃したら、あと2回しかないんだぞ。

 えーと、えーと、なんか話題ないか話題。

 あ、そう言えば。ここいらで散歩してるってことは家も近いのかな。


「倉敷さん、ここから家近いの?」

「あ、うん。ちょっと歩いたところ」

「そうなんだ。ってことはじゃあ、倉敷さん東中出身なんだ?」

「そうだよ。……って言うか、それ……、ああ、何でもない。忘れて」


 倉敷さんがちょっと苦笑いをしている。

 なんだろう。俺、何かやらかしたかな……。


「それより、さ。私たち、ちゃんとした自己紹介もまだだったような気がするんだけど……」

「えっ? あー、そういえばそうかも……」


 言われてみれば、名前とクラスくらいしか聞いてない。

 …………だったよな。それ以外に何か聞いた記憶はないし。


「じゃあ、私から。1年10組の倉敷碧です。

 もともとは親の影響で3歳の時からピアノをやったのですが、中学から合唱部で所属していて、パートはソプラノです。

 趣味や得意科目は音楽で、高校卒業後は音大に進んで、将来的には声楽家になるのが夢です。

 ……ああそれと! あと、風紀委員会に所属しています。学校の風紀を守るために一生懸命活動しています」

「………………」


 やべえ、これがコミュ力強者の力か……。

 俺こんなにぺらぺらしゃべることないぞ。

 名前と学年クラスと、あとなんだ。

 そんなことを考えていると、ちょっと固まってたようだ。


「……ごめん、できれば何か反応くれないかな美作君……」


 倉敷さんの困惑しているかのような表情と一言に、俺はしまったと思う。


「あ、いや、なんか……同い年でもこんなに違うんだなあって。俺そんなにしっかりしゃべれないし……」


 何より、将来のことなんて考えることもなかった。


「そんなことないよ。私なんてまだまだ」


 手をぶんぶん振って謙遜する倉敷さんを見て、俺はちょっと意地悪してみたくなる。


「まあでも……最後やつ、言い方からして学校の風紀とか実は割とどうでもいい感じなんじゃない?」

「そ、そんなことないよ! そんなことない。うん」


 なんだかやたら必死に弁解する倉敷さん。

 根は真面目なんだろうけど、意外と適当なところもあるのかも。


「ま、まあそれはいいとして。じゃあ、次は美作君の番」

「えっ、俺!?」

「そう。美作君の自己紹介」

「えーとだな……。1年1組。美作智也。……あー、あとは……帰宅部エース!……いや不登校なんだから、正しくは帰宅部じゃなくて自宅部か」


 俺は渾身の自己紹介をかましてみた。これ以上となく俺という人間を表現できているに違いない。

 しかし、それを聞いた倉敷さんは口に手を当てて何やら笑いをこらえている。


「こら、人の自己紹介を笑うな」

「ごめんごめん。前とほとんど同じだったから……」

「えっ、前?」


 なんだっけ、前にもこんなこと言ったっけ。


「あ、いや、何でもない。よろしくね、美作君」


 そう言って、倉敷さんは微笑みかけてきてくれる。可愛い。



「……ああ、あそこのベンチで休憩しない? ちょっと疲れちゃった」


 しばらく歩くと、倉敷さんは遊歩道にあるベンチを指さした。

 

「ああ、そうだな。そうしよう。

 ……あ、じゃあ、俺なにか飲み物でも買ってくるよ。えっと、ジュースとかでいい?」

「えっ? うん。ありがとう」


 俺は店先に自販機が置いてある、遊歩道沿いにある商店まで歩いてきた。

 俺は硬貨を入れ、適当にジュースのボタンを二度押す。

 ガタンガタンと音がして、取り出し口にペットボトルのジュースが出てきた。中に手を差し入れて、冷たい感触のそれを取り出す。

 どうやら、これも現実世界と何ら変わるところではないようだ。俺はそれを持って、ベンチに腰かけている倉敷さんに差し出した。


「ありがとう。……ちょっと待って、今お金出すから」

「いやいいよ。俺のおごり」

「えっ? いや、悪いよそれは」

「いいっていいって」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 根負けしたのか、ちょっと遠慮がちにジュースを手に取る倉敷さん。

 ……いや、女の子にジュースを買ってあげるとか、なんかこれなかなかデートっぽくね?

 そんな風に自画自賛している俺が突っ立っていると、


「美作君も座ったら?」


 倉敷さんは隣を手でポンポンして着席を促してくる。

 

「お、おう」


 まあそうだな。ここは俺も座るのが自然な流れだよな。

 俺はなんとなく緊張しつつ、とりあえず端っこの方に座った。

 ……いやここは思いっきり密着するのが筋ってもんじゃないの。


「もう、どうしてそんな遠くに座るの美作君」


 そしたら、不敵な笑みを浮かべた倉敷さんのほうからこっちに詰めてきた。

 やばい、肌と肌が触れ合いそう……。あ、汗臭くないかな俺……。

 そんな男の子な自意識に苛まれる俺のことなど知ってか知らずか、


「……あのさ、美作君。えっとね、答えたくなければ答えなくてもいいんだけど……」


 倉敷さんは妙に遠慮がちに話を切り出してきた。

 なんだか、すごく神妙な面持ちだ。


「何?」

「美作君って、その、不登校、だったんだよね?」


 …………。

 あー、そのことか。


「あー、んー、まあ……」

「どうして、学校に来る気になれたの……?」

「あー、それは……」


 俺が学校に行く気になれた理由。

 そんなことはわかりきっている。

 それは、ここが現実じゃないからだ。自分にとっては、夢でしかないことがわかりきっていたからだ。

 でもそれを、この世界を現実として生きる倉敷さんにどう言えばいいんだ……。


「ごめん! デリケートなことだったよね! 忘れて!」


 俺が口ごもっていると、倉敷さんは慌てたように頭を下げて謝罪してくる。


「そんな。倉敷さんが謝ることじゃ……」

「ううん、本当にごめんね……」



 それから、俺たちは他愛のないことを話して過ごした。好きなテレビとか漫画とか。

 意外なことに、倉敷さんは子供のころ『激烈闘士修二郎』が好きだったんだとか。

 ……なんかこの間の香川さんといい、俺の周りで好きな奴が異様に多くね、修二郎。


「あ、じゃあ私の家この近くだから、そろそろ帰るね。今日は楽しかった。

 それと、ジュースごちそうさま。あとで何かお返しするね」

「いや、いいって気にしなくて」

「それじゃあね」


 そう言って倉敷さんはベンチを立ちあがり、橋の向こう側へ立ち去って行った。

 はっ、しまった。ここは家まで送っていくべきだったか。

 気づいた時には、もう倉敷さんの姿は見えなくなっていた。

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