第9話 伝え合う言葉

 目を覚ますと、やっぱり体はだるいし頭もガンガンする。

 それでもまあ、朝よりは楽になったかな。

 時計を見ると、14時を少し回ったくらいだった。

 しかし妙な夢を見た。誰もいない世界で学校に行って、図書室でラノベを読んでいたら謎の美少女に怒られた夢だ。

 倉敷碧。その女子生徒はそう名乗っていた。しかも俺のことを知っているという設定もついていた。

 それでその女子生徒に怒られた後、一応家で休んだ方がいいって話になって帰宅したら、急に意識が遠くなって現実で目覚めた、というオチである。

 それは俺の脳みそが適当に作り出した妄想か、あるいはどこかで見聞きした記憶がごっちゃになって夢として現れたものなのかはわからない。

 しかしなんにしろ、夢という割にはよくできていた。しかも理由はわからないが、やたらとはっきりと覚えている。

 そこで俺は思いつく。これはもしや、自作ラノベのネタになんじゃね?

 そうとなったら善は急げだ。すぐにでもメモを取っておこう。

 俺は気だるい体を起こすと、机に向かってノートを広げシャーペンを走らせていく。


「ちょっと、あんた何やってるんだよ! 病人なんだからおとなしく寝てろって言ったろ!」


 ネタを書いていると、いつの間にか姉ちゃんが部屋の中に入ってきていた。

 どうやら書くのに夢中で気が付かなかったらしい。


「あー、もうちょっと! 今ネタをメモってるから! そしたら寝るから!」

「……ったく! 相変わらずくっっだらないことには精が出るよねあんたは」


 今なんか煽られたような感じもしたが気にしたら負けである。

 俺は構わずペンを走らせていく。ふむ……このヒロインは何系のキャラクターになるんだ?

 ツンデレでもクーデレでもヤンデレでもないし……、ていうかできればデレてほしい。

 あと微妙に毒舌っぽいとこもないでもないし、真面目な風紀委員キャラに見えなくもないが、校内を巡回して取り締まっていたりするのか、あれ。あんまり想像できないな。

 それなら何かといえば、隣の家に住んでいる幼馴染とかのほうがまだ近い気もせんでもないが……。うーん、それもどうだろう。

 で、結局どの層に向けりゃいいんだこれ……。正統派ヒロインで通用すんのかな。

 なんてぶつぶつ思っていると、いきなり後頭部にバシンと衝撃が走った。どうやら姉ちゃんに頭をひっぱたかれたようだ。


「おい、病人相手に何しやがる!」


 ただでさえ頭痛でガンガンしてるのに、これ以上おかしくなったらどうするんだ。

 そんな俺の抗議にも意に返さず、姉ちゃんはぷりぷりと怒って、


「なにひとりの世界に入り込んでんのよ!! 看病してやろうと思ったけどやっぱやめたわ」


 なんて言ってバタンッと大きな音を立ててドアを閉め、部屋を出て行った。

 くっそー、なんだよあの暴力女め。

 でも、ぶたれた頭をさすりつつ俺は気づく。ベッド脇の台の上におかゆが置いてある。

 どうやら姉ちゃんはこれを作って持ってきてくれたらしい。

 ちょっと悪いことしたかも……いや、それを差し引いてもあの暴力はありえん。暴力系ヒロインなど時代遅れだ。

 いや、流行っていた時代であっても、あんなキャラはどこにも需要ないな間違いない。

 …………まあ、後で礼を言ってやらんでもない気もしないでもない。



 俺は姉ちゃんが持ってきたおかゆを食べ終わると、体の調子もまだ悪いしまた寝ようかと思った。

 一応、食器は廊下の外に出しておく。メモ書きで一言添えてな。

 でも、かなり長い間寝ていたせいか、目が冴えてしまっている。

 どうしようか。布団に入りながら漫画でも読んで時間つぶそうか。

 でも自分が持っている漫画は全部読んじまった。なら、親の部屋から何冊か昔の漫画をかっぱらってこよう。


 ……それから2、3時間は経っただろうか。


「うぉぉぉぉ、激烈神速拳!!」


 俺は1秒間に1兆発のパンチを習得すべくシッシと拳を打ち込む練習をしていた。

 何これ、どんなに頑張っても1秒間で1兆発どころか5発もいかないぞ。

 これじゃ強キャラどころか、1秒間に100発しかパンチ打てなくて雑魚っぽく見える物語初期のかませキャラにも到底追いつけないぞ。

『激烈闘士修二郎』は80年代を代表する神作だけどさ、戦闘能力のインフレはやばすぎだろ。皆どんだけ無双してんの?

 俺が無双への道のりの遠さに愕然としていると、急にめまいが襲ってくる。

 どうやら闘気を燃やし過ぎたようだ。

 まあ、病人だから当然か。ここはおとなしく寝よう。

 俺はそう思って漫画を脇に置き目をつぶる。

 すると、ギシギシと誰かが階段を上がってくる音がする。


 げっ、姉ちゃんか?


 だが、足音の主が俺の部屋の前で止まったと思ったら、トントンと扉がノックされる音がした。

 おかしいな。姉ちゃんはノックなんて律儀なことするわけはない。それにとどまらず自分の部屋にはノックをしようが何しようが入れさせてはくれないし、入ったら土手っ腹に正拳突きを打ち込んでくる始末だからな。

 ……じゃあ誰が来たんだ?


「……はいよ」

「入るよ」


 と、扉が開けられる。

 入ってきたのは、クラス委員長の香川さんだった。


「えっ……!? 香川さん!?」


 なんでこんなところにいんの!?

 ていうか姉ちゃん、俺に断りもなく上げるなよ……。

 それに何気に姉ちゃん以外で俺の部屋に入った初の女子なんですが、それは。

 ……あ、よくよく考えたら家族以外では性別関係なく初だわ。俺ぼっちだし。


「先生に言われてね。美作君の具合が悪いみたいだから、ちょっと見てきてくれって。あとこれ、今日のプリント」


 そう言って香川さんは机にプリントを置いた。

 それにしてもなんで俺が体調崩してるなんて情報が洩れて……ああ、そうか。姉ちゃんが学校休むので連絡を入れて、そこから伝わったのか。


「ふぅん? 私男子の部屋入るの初めてだけど、結構さっぱりした感じだね」

「……あんまじろじろ見ないでくれよ……」

「あー、ごめん。つい……」


 まあいいけどさ。

 と、香川さんは俺の部屋の一点を凝視する。

 漫画とラノベがずらりと並んだ本棚だ。小遣いで買ったのやら親から譲ってもらったのやらで結構な数がそろっている。


「あ、これ。美作君も好きなの? 私も好きなんだ」


 そう言って香川さんは本棚から一冊の漫画を手に取る。先日セット買いして昨日一気読みした少年漫画『デーモンバスター』だ。

 そして、なんか見る見るうちに目がギラギラしていって、


「いやー私、実はYUINAってペンネームで同人漫画書いてて、漫画投稿サイトとかSNSとかで上げてるんだけど特に主人公スグルとライバルキャラの青龍のカップリングが……」


 ……ちょっとだけ雰囲気変わったような気が。特に腐ってる感じの方向に。

 いつも学校とかではもっとクールな感じだったと記憶しているけど、お前そんなキャラだったっけ?

 その変貌ぶりに俺が微妙に引いていると香川さんは、今度はベッドの脇に置いてある漫画に気づき、


「あ、美作君それも好きなの!? やっぱりそれならカロンとミューの義兄弟カップリングが定番で……いや輝義と修二郎の禁断の実兄弟カップリングも捨てがた……あ、これは失礼。好きなものを目にするとついついあはは」


 と、まくしたてた後にちょっと恥ずかしそうに笑って誤魔化そうとした。

 しかし、俺ら世代で『激烈闘士修二郎』読んでる奴だいぶ少ないだろ。30年以上前のやつだぞ……。

 こいつ、実は相当ガチと見た。


「ははっ、ごめんねなんか。じゃあ、体調崩しているのに長居するのも悪いし、私はこれで。お姉さんとは仲良くしなきゃ、だめだよ?」

「お、おう……」


 来たと思ったらもう帰るのか。どうせ来たのなら、もう少しゆっくりしていってもいいのに。


「あと、今話したことはクラスのみんなには内緒にしておいてね」


 なんて言ってウインクする香川さん。

 いや、クラスのみんなには内緒も何も、俺お前以外のクラスメイトと関わりないよ……。

 と、そこへ姉ちゃんが飲み物をもって俺の部屋に来た。


「あれ結菜ちゃん、もう帰っちゃうのか」

「はい。楓先輩おじゃましました。美作君またね」


 香川さんはバイバイと左手を振って立ち去って行こうとするが、


「香川さんちょっと待て」


 俺は引き留めていた。


「ん、何?」

「スグルとのカップリングと言えば、お姉さんキャラのシズクが至高だ!」


 ついつい出てしまった俺の一言に香川さんは一瞬ぽかんとして、


「私も好きだよスグシズ。スグ青の次くらいにはね」


 笑顔で言い残して立ち去っていた。


「……スグシズ? スグ青? 何それ?」


 姉ちゃんは困惑しているようだが、俺と香川さんの間でならこれでもかってくらい通じる言葉だ。

 しかし香川さんはあんなキャラだったのか。中学からの付き合いだったけど、案外知らないことも多いもんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る