第8話 違和感
……しかし何だろう、この違和感は。
しばらく天井を見続けた俺はふと思う。
こういう夢を見るのはこれまで何回かあった。でも、これほどの違和感を覚えることはあっただろうか。
それに何か大切なことを忘れているような……。
……まあいいや。考えていても仕方がない。わからんものはわからん。
それより、いいことを思いついたぞ。この体を抜け出して、この世界を自由に歩き回ってみよう。
しかしどうやるんだ? 体は全然動かないし。
…………よし、あの方法を試してみるか。
すーーはーーすーーはーー
俺は昨日読んでいた『デーモンバスター』に出てきた奥義〈丹田呼吸法〉を試してみることにした。深い呼吸によって全身に酸素が行き渡っていき、身体能力が超人的に上昇していく……かどうかはよくわからんが。
するとゆっくりと、体が起き上がっていくような感覚。
成功だ。
まるで前にもやったことがあるかのようだ。意外とすんなり自分の体を起こすことができたことにちょっとびっくりする。
何はともあれ、これでこの世界を自由に動き回れる。
とりあえずそうだな、家の中を見て回るか。姉ちゃんの部屋は……なんか出てきたらやだからそこ以外で。
そうして俺は家中を歩き回ってみたけど、特に特筆すべき点は見当たらなかった。強いてあげれば、小物の配置が微妙に現実と異なっているくらいか。
それよりも家の外の道路だ。車が1台も走っていないし、通行人もひとりもいない。
なんだ、この世界は。人がひとりもいないのか。
あと雪もないし草木が生い茂っていて、まるで真夏だ。どうやら現実とは時間軸がずれているらしい。
この際だ。外も行ってみよう。
俺は外出着に着替えて、玄関から外に出てみることにした。
うわっ……蒸し暑っ!
景色の見た目通りやっぱり空気は真夏のそれだ。冬物の外出着を着ていたせいで、余計にそう感じる。
というか、夢なのに空気感まで再現されているんだな。やっぱ普通とは違うのかこの夢は。
とりあえず、夏用の服装に着替えて街の中でも歩いてみるか。
そうして来てしまった。上ヶ崎高校。
なぜこんなところに来てしまったのか。自分でも訳がわからない。
……何かに誘われるようにしてとしか、言いようがない。
帰ろうか。
いやこれは夢だし、それにどうせここまで来たんだ。どうせなら、いじめっ子連中に天誅でも食らわせてざまぁしてやろう。
でもどうやって?
俺はしばらく考えてみる。
じゃあ、あいつらのロッカーの中身を燃やすのはどうだ。
うん、これがいい。これで行こう。
俺は意気揚々と校舎の中に入っていく。
久しぶりの学校。なのにあんまり懐かしさを感じない。まるでつい最近も来たことがあるような……いや、そんなはずはない……と思う。
もしかしたら、夢だから感覚的にも色々と勝手が違うだけかもしれない。
俺は直接自分のクラスの教室に行くのではなく、ちょっと遠回りして色々見て回ることにした。
理由は特にない。何となくだ。
まず、図書室に来てみた。ここは通学していた時は休み時間に世話になった場所だ。教室にいても何なので、いつもここでラノベを読んでたものだ。
久しぶりに読んでみるか。
学校の図書室に置いてあるラノベはまあ全体的に古いが、しかし古くても面白いものは面白いものだ。
俺は何度となく読んだラノベを手に取ってみる。つい先日にオンデマンドでアニメ版を見たばかりの作品だ。
ちなみにアニメ版は全体的には神だが、一部のアニオリ展開だけはきつかった……。何でも放送当時は悪い意味で話題になっていたようで、リアタイで追いかけていた古のオタクどもの間では、炎上もしていたらしい。
まあ、俺も当時の雰囲気を体験してみたかったと言えばそうなんだけどな。
…………。
なるほど。アニメ版と原作とではこういうふうに展開が違っていたんだな。これは今まで気づかなかった新発見だ。
俺がラノベを読みつつそんなことを思っていると、不意に図書室の扉が開くガラッという音が聞こえた。
何だろう、誰か来たのか、と思ってそちらの方に目を向けると、女子生徒が入口の所に驚いた表情で立っているのが目に入った。
腰まで伸びた長い黒髪。整った目鼻立ちに、平均かそれより少し高いくらいの身長。
見たことのない生徒だ。見たことないはずなのに、どこかで会ったような……。
「美作君!」
女子生徒が俺の名前を呼んでくる。あれ、やっぱりどっかで会ってた?
でもどちらさまでしたっけ……?
「お、おお、おお、久しぶり! 元気だった!?」
名前が全く出てこないので、とりあえず右手を挙げてそう言っておく。
ほら、アレだ。同じ中学だった奴に久しぶりに会ったはいいけど名前が出てこなくて、でもどちらさまでしたっけ言うのは悪いからとりあえず誤魔化す的なアレよ。
でもホントに誰なんだこの娘。こんな可愛い女の子忘れるはずがないのに。
そんなのんきなことを考えている俺をよそに、女子生徒は怒ったような表情をして俺のほうにずんずんと歩いてくる。
「おお久しぶり、じゃないよ! 心配したんだよ!? いきなり倒れちゃうし、その後どこかへ行っちゃうし……」
目に涙を浮かべて俺を叱責する女子生徒。その表情は真剣だ。
……あー、やべぇ、何のことだかさっぱりわからんのだが……もしかして俺なんかやらかした?
「あー、ごめん……なんか俺、その……」
「でも、無事でよかった……! もう急にいなくなったりしないでよね!」
涙をぬぐい安堵するような女子生徒の表情を見ると、非常に言いにくい。言いにくいんだけど……。
もうここは正直に言っちまおう。
「いや、そうじゃなくてだな。……あー、……ごめん、君の名前……俺、君に会ったことあったっけ?」
「……………………」
それっきり女子生徒は押し黙ってしまう。
うーん、これはやはり地雷を踏んだか?
俺が気をもみつつ女子生徒の顔色を窺ってみると、彼女は神妙な面持ちで俺を凝視してくる。
そして重々しく口を開いた。
「……美作君、もしかして倒れたとき頭打ったの?」
「…………あーうん。多分そう。頭にでっかいたんこぶできた。記憶もぶっ飛んだ」
……もう、そういうことにしておこう。
「やっぱり……。おかしいわけだよ。……もともとちょっと変だったけど」
「なぬ。もともとちょっと変だった?」
「あ、いや……今のは口が滑ったというか……あはは」
笑って誤魔化そうとする女子生徒。
というか、聞き捨てならんこと言ったなこの女の子。初対面のわりに他人を変人呼ばわりとは随分と失礼ではないか。可愛いから許しちゃうけど。
……それにしても、ホントに初対面……なのか? なぜか、胸がざわざわする。
「でも、それ以外は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫大丈夫。平気平気」
俺はこくこくと頭を何度も縦に振る。
「ならよかった。でも体調が悪くなったら、すぐに言ってね。私は倉敷|碧(あおい)。今度は忘れないでね?」
「ああ、俺は美作智也だ」
「うん、知ってる。よろしくね」
そう言って彼女、倉敷さんは屈託なく微笑んだ。可愛い。
でもなぜだろう。彼女を見ていると、どこか違和感がぬぐい切れないのは。
彼女は、いったい何者なんだ?
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