第7話 ひとつの終わり

 自己紹介の後も、俺たちは他愛のないことを話していた。

 というか、大体は俺が倉敷さんの質問に答えていただけだ。


「あ、ごめん。私ばっかり質問しちゃって」


 なんて倉敷さんは言って、


「いや、遠慮せずどんどん聞いてくれ。なんでも答えよう」


 などと、そこはかとなく器が広い感じもしなくもないようなことを言って、なんとなく時間が過ごしていた。

 まあ、本当は自分から話そうとしても会話が途切れがちになるから、そっちからいろいろ言ってくれた方が非常にありがたい、ってだけなんだけどね?

 ……なんか自分で考えてて、すげえ器がミニマムサイズな感じするのは気のせいだろうか。


「あ、もうこんな時間。あと10分くらいでご飯炊けるから、準備再開するね」


 倉敷さんは時計を見ると席から立ち上がり、調理場の方へと歩いて行った。

 その後姿を見て、

 

「あー……、やっぱ、俺も何か手伝うよ……。大したことできないけど……」


 俺は自然とそう申し出ていた。

 やっぱり全部やってもらうというのも、どうも悪い気がするし。


「別に気にしなくて大丈夫だけど……、じゃあお言葉に甘えて。私はカレーの準備してるから、美作君は食器用意していてくれないかな」

「ああ、わかった」


 ということで、俺も手伝うことにした。

 ただ自分で申し出ておいてなんだが、食器の保管場所もわからん。

 とりあえず見ればわかるだろうか。

 

「食器ならそっちの棚に入ってるから、多分カレー用もあると思う。探してみて」


 レトルトのカレーを温めている倉敷さんが教えてくれた。なるほど、彼女に聞けば大体のことはわかるのかもしれない。

 俺は言われた棚を開けてみる。様々なサイズの食器が並んでいるのが見て取れる。

 少し調べると、カレー用らしき皿は割とわかりやすく置いてあった。多分この大皿がそうだろう。


「倉敷さん、カレー用の皿って、これ?」


 俺は手に取った皿を倉敷さんの方に向けて、聞いてみる。


「うん、ありがとう。 あと、サラダ用もお願いできる?」

「わかった! えっと、サラダ用は……これかな」


 結構やればできるもんだ。……と言っても皿出してるだけだけどな。

でもサラダって、食材古くなってるんじゃなかったっけ。野菜は大丈夫とかか?

 俺は皿を倉敷さんのところに持っていこうとする。

 だが、その時。


「……!?」


 突然、急激に目の前の景色が白んでいく。そして体の力が抜けていく。

 手にしていた皿を床に落としてしまった。プラスチック製だから割れることはないが、カランカランと大きな音が出る。


「美作君どうしたの!?」

「――あ、いや……――――」


 駆け寄ってくる倉敷さんの問いかけに答える間もなく、気がどんどん遠くなっていく。

 ああ、これは、あの時と同じだ。最初にこの世界に来た時の、最後のあれだ。

 全く、いつもいいところで終わるなあ。

 もうちょい起きていれば、倉敷さんが作ったカレーを食えるのに……。


『――――!!』


 もう、倉敷さんが何を言っているのかもよくわからない。

 俺の意識が、ここでないどこかへと引き戻されていく。

 ………………。

 …………。

 ……。



 ……意識が朦朧とする。そしてひどい不快感が体を襲っている。

 体がだるい。吐き気も頭痛もひどい。

 目を開けて周囲を見てみる。自宅の自室だ。カーテンから日の光が漏れているあたり、もう朝だろう。時計を見ると、9時を回っていた。

 なんだかさっきまで見ていた夢のイメージが、ぼんやりと頭の中で渦巻いている。

 ……なぜだろう。めちゃくちゃ体調悪いし食欲なんて全くわかないけれど、無性にカレーが恋しい。

 と、カチャッとドアが開き誰かが部屋に入ってくる音がする。誰だろう。母さんか?


「…………」


 違った。ベッドの脇に歩いて来たのは、姉ちゃんだった。


「なんだよ……姉ちゃんかよ。今日は学校じゃないのかよ……」

「お母さんはお父さんの事務所。朝から法律相談が入ってるんだって」


 俺の親父は弁護士をやっていて、母さんはパラリーガルだ。だから親父の仕事が入れば必然的に母さんも外に出ることになる。

 姉ちゃんは手にしていたお盆をベッド脇の台に置くと、

 

「病人置いて学校なんて行けるわけないでしょ。全く、あんたちょっとひ弱すぎるのよ……ほら、氷枕」


 そう言って俺の頭を左手で上げて枕を勢いよく引っこ抜き、代わりに氷枕を入れてくる。

 後頭部がひんやりとする。冷たくて気持ちいい。

 あと、どうでもいいけど、もう少し丁寧に扱ってはもらえないもんですかねえ……


「あと熱測って……うわ、40度近くあるじゃない……。今日はおとなしく寝てろ……って、あんたにとっちゃいつものことか。水と薬、ここに置いておくから。あと、あたしは下にいるから、何かあったら呼びなよ」


 そう言い残して姉ちゃんは部屋から出て行った。なんだか優しい姉ちゃんは気持ち悪いな。

 だけど……妙な安心感を覚える。

 まるで、久しぶりに実家に帰ってきたかのような感じ。


 ……一体なぜだろうか。


 とりあえず、薬を飲もう。

 俺はベッドから起き上がり、姉ちゃんが持ってきた薬に手を伸ばす。

 市販されている、よくある漢方の風邪薬だ。

 確か、使ってる材料はほとんどカレー粉と同じなんだっけ、これ。昔読んだことのあるグルメ漫画でやってた。

 俺は薬の小袋を開け、中身を口に入れて水で流し込む。うーん……あんまカレーって感じでもないけど……。

 はぁ……、とりあえず寝よう……。

 ………………。

 …………。

 ……。

 


 気が付くと俺は白い天井を見上げていた。

 周囲を見ると、そこは自宅の自室。どうやら俺はベッドに横たわっているようだ。

 でも、指一本動かすことができない。体が言うことをきかない

 ああ、またか。なんて思う。

 最近よくあるのだ。世間一般では、こういう現象を金縛りと言うらしい。

 心霊現象くくりにされている金縛りだけど、あいにく幽霊らしき輩なんて出てこない。

 ただただ、自室の天井や壁を見せられているだけだ。

 なんでも実際には普通に寝ていて、単に夢を見ているだけらしい。

 それは体感的には夢を見ていると言うよりは、閉じた瞼が透けて見えているようなものと言った方がしっくりくる。

 夢を見ているときに特有の、なんだか体がふわふわと宙を浮いているような、不思議な感覚もある。

 俺はその感覚に身をゆだねるようにして、天井の模様を見つめ続けることにした。

 …………。

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