第七話_言葉
春がきた、今日の最高気温は21℃だ。
玄関の扉を開けて、近くに腰掛け一服する。
ぼーーっと庭を眺めていると、乾いた東欧の春の風が顔に触る。足元に視線を落とすと、芋虫が”うんしょうんしょ”とお邪魔しますと言わんばかりに半地下へ続く短い階段を降りているところが見えた。虫の類があまり得意ではない僕は、彼の背中を優しくつまみ、お断りしますと、庭に咲く花の近くにそっと返した。
虫も自然も僕と同じように同じくらいこの国の春の訪れを感じているようだった。
授業は相変わらずオンラインで行われていて、僕のアパートは東欧訛りの英語に包まれている。
一週間前に”慣れた!”と思っていた教授達のアクセントは、またもや、僕の極端な夜型と怠惰な克己心のせいで謎の言語のように聞こえる。つい先日行われた、理論化学のテストも制限時間がタイトすぎて(下手な言い訳だが)多分(十中八九)再試になるだろう。
前期のファイナルまであと10週間程度しかない、ここでもう一度やる気を出さねばと今自分に言い聞かせてみよう。
前期のファイナルで僕が一番警戒しているのが、オーラルでの試験だ
くじ箱から三つのトピックを引いて、それらのトピックについて、それぞれ時間無制限で教授に説明する。
医学物理学を例に取ると、前期のトピックの数は90を超えていて、その全てのトピックに対して完璧な知識がなければパスさせないという。ハードコア極まった試験なのだ。まず英語力が ”TOEFL iBT67” の僕には鯉が龍になる勢いで勉強するしかこの試験をパスする方法はないと、そういう話だ。
ブルガリアのイースター休暇が近づいてきているが僕には到底喜べる状況ではない。
10日間の休日。いったい何冊のノートを潰すことになるのだろうか。
この僕の息詰まった状況と相反して余裕なジャーマンと親愛なるイタリアンたちは、5月、ブルガリアの連休が明けるまでここプレーベンには帰ってこないつもりでいる。そのため僕のコミュニケーションツールはまっぴら”Facetime”と”WhatsApp”だけになっている。
人と接する機会が極端に少ない今、ファンタジアのおばちゃん達とタバコ屋の冷たいお兄ちゃん、そして、大家の生粋のブルガリアンなるおじちゃんだけが孤独の抜け道となっている。
ファンタジアのおばちゃん達の口癖は ”Ciao”
大家のおじちゃんのは ”Bonne nuit”
タバコ屋のは特になし
冗談抜きで、このジャパニーズはヨーロピアンに混血だと思われているらしい。
もはや、多数派の意見となっているこの状況。驚きが隠せない。
ここは僕自身も乗る気になってイタリア語とフランス語を学ぼうかとさえ思っている(ご存知の通りそんな時間はない)。
一番仲の良いイタリアンにこのことを話したところ笑われた(この国で唯一いい目を持っていると思う)。
そして、冗談まじりにセーヌ川で泳いでる僕を見たと言われた。少し対抗して見たくなった僕はパリについて熱く語った、すると、始まったイタリアンの免疫反応だ、ローマについて1時間ほど聞かされた挙句に。
『パリは見掛け倒し、ローマは心』
ということ散々念押しされた。
やはり僕の口癖はこの先も”さすがローマ”なのだ。
しかし、ひとつ気になったことがある、イタリアンが他の国について話す時、
UKのことは”him”、イタリアとフランスのことは”her”というのだ。
イタリア語には女性名詞、男性名詞があるからその名残とは思うのだが、少し興味が湧いた。
果たして、日本は男性なのだろうか女性なのだろうか気になるところだ。
まだまだ書きたいことはあるのだが、僕は今、解剖学の授業をミュートしているだけで絶賛授業中なのだ、
残念ながら、そろそろ授業に戻ろうと思う(もう一服してから)。ciao
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