第62話 梅ちゃん妖怪化 その3
なんとかレストランのラストオーダーに間に合い『天ざる蕎麦』を注文した私。
お腹が空いていない梅ちゃんは、リンゴジュースを注文。
待つこと数分。運ばれてきた『天ざる蕎麦』を見たとき、私はやばいと思いました。通常ついている大根おろしと生姜がないのです。
『こ、これは…… 夜、油で胃がもたれるかもしれない』
そんな私の心の声を知らず、梅ちゃんは言います。
「その天ぷらだば、サクッとして美味しいべ。おらは、見ただけでわかるんだ!」
なにやら、私は料理に詳しいぞ! 的に自慢しています。
が、この衣の厚さ。
どちらかというと、家庭料理的な天ぷらだけど……
そして、重ねて言う。大根おろしと生姜が添えられていないのは、厳しい。
とはいえ、お腹が空いている私には、目の前の天ざる蕎麦はご馳走だ!
梅ちゃんとゆっくり食べている余裕はないのです。
さっさと食べて、二人で部屋に戻りました。
温泉に行こうとする私と対照的に、梅ちゃんはユニットバスで頭を洗い始めます。
どうやら、さっきの続きらしい。
なぜ温泉に行かないのだろう? と思いましたが、理由を聞く元気もない私。
あちこちビシャビシャで、トイレが凄いことになっているけれど、まぁ好きにさせておこう。
梅ちゃんのこういうところもストレスに感じますが、今に始まったことではない。
私には、これから温泉が待っている! そこで、身も心も清めればいい。
トロリとしたお湯に浸かり、ご機嫌で部屋に戻り布団を敷きます。
「おら、ベッドの方がいがった」
という梅ちゃんの文句は、さらりと聞き流し就寝タイム。になるはずが、梅ちゃんニュースを観ながら、何やらブツブツ。
始まった……
梅ちゃんは、テレビとお話をします。
これは、梅家代々の特徴であります。
梅ちゃんの母も、ブツブツと独り言をいう人でありました。
テレビに向かい、空に向かい、そう、もはや誰に言うでもなく、頭の中に浮かぶ言葉を、ただただ声に出してしまうのです。
目を瞑り、寝たふりをする私。しばらくするとテレビは消され、ようやく私も眠りにつくことができました。
しかし、なぜか目が覚めてしまったのです。
油で、胃がもたれているから?
それもあります。
いや、それ以上に、梅ちゃんの独り言劇場が開幕していたのです!
「いやなぁ、お父さんがたおれたどき病院さ付き添って、一生懸命に尽くしたんだ。みんなの前で泣がなかったけど、一人の時に泣いでなぁ。おら、すっかり、痩せでしまったんだなぁ」
と、過去の話を美談に変えてブツブツと独り言。
延々。
そう、延々……
疲れているのに、眠らせてもらえない私。
こうなる予感はありました。今に始まったことではないのです。
体調が悪いというから、もう夜は寝るだろうと、私が勝手に期待していたのです。が、甘かった……
深夜二時半。
「なんだか、腹減った」
そう言って、冷蔵庫の中にあったお惣菜の残り(おばさんが持たせてくれた物)を食べ始める梅ちゃん。
『えっ…… 夜中に? どうなってるの? 前よりパワーアップしてるし……』
もはや、もうすぐ八十歳の人間とは思えぬ行動。
妖怪か? 化け物か? 餓鬼か? 恐怖が私を包み込みます。
三時半。
ようやく、梅ちゃんは眠りにつきました。
そして、六時過ぎ起床。
朝食を七時でお願いしていたので、レストランに行かなければなりません。
私に起こされた梅ちゃんは「おら、なんだが具合悪い。眠てぇ」と言っています。
……そりゃ、三時半まで起きてたら、そうなるわな。
「朝ごはん、どうするの?」
「薬飲まねばねぇからいぐ」
そう言って、もそもそ布団から這い出した梅ちゃんなのでした。
こうして私の地獄のような夜は、ようやく終わったのです。
二日目の夜。別なホテルを予約していた私。
梅ちゃんは一緒に泊まると言いましたが、もちろん断りました。
この経験を通して確信したことが一つ。
梅ちゃんを施設に入れても、これでは出されるということ。
さすが、史上最強の悪たれ婆さんでございます。
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