好きなものを好きだと言えるわたしに -2-
「わたしは、アサギさんが好きです。『世界』で一番、大好きです」
口にした瞬間、世界に光りが満ちました。
好きなものを好きだと言えることが、こんなにも素晴らしいなんて。
こんなにも満たされた気持ちになるなんて。
あなたが教えてくれたんです、アサギさん。
「わたし、長生きします。それで、いつまでもずっと、ずっとアサギさんと一緒にいます」
ハーブティーも、何杯だっていれちゃいます。
新聞も、何度も何度も買いに行きましょう。
おはようとおやすみを、毎日、お爺さんとお婆さんになるまで、飽きもせず言いましょう。
「髪の毛が真っ白になっても、手をつないでお散歩しましょうね」
「気が早いよ」
ふわりと、アサギさんの手がわたしの髪に触れました。
「けど、約束するよ。シワシワになった手をつないで、散歩をしよう」
「……はい。楽しみにしています」
あぁ、いいなぁ。
すごく楽しい。
温かくてふわふわしていて、今まぶたを閉じればとても幸せな夢が見られるでしょう。
さっきまで、あんなに不安だった感情が、実は怖いものなんかじゃないって分かりました。
この強い想いは、「好き」――アサギさんへの好意。
言葉にすることが出来なかった時は胸を締めつけていたけれど、今なら――
「アサギさん」
「ん?」
「好きです」
――こんなにも幸せな気持ちになれます。
なんて幸せなんでしょう。
好きな人に好きだと伝えられるということは。
好きな人が、好きだと言える距離にいて、わたしの好きという言葉を聞いてくれることは。
「好きです、アサギさん。大好きです」
好きです。
アサギさん。
好きです。
好きです。
大好きです。
好きです。好きです……好、き……
「アサギ、さん……っ!」
床を蹴って、アサギさんの胸へ飛び込む。
口だけではとても伝えきれません。
もっと感じてください。わたしのあふれる想いを。
そして、もっと感じさせてください。あなたの温もりを。
アサギさんの胸に顔を埋めると、アサギさんの匂いがして、とくん、とくんと鼓動が聞こえて、すごく落ち着くのに涙があふれてきて。
わたしはまだ、言葉にするのがへたっぴなので、その代わりとばかりにぎゅっと腕に力を込めました。
わたしは、こんなにもあなたが好きなんですと、伝わるように。
「アサギさん……」
「……ん?」
「うぅ……好き、ですぅ……っ!」
「あぁ……分かった。ありがとうな、ツヅリ」
泣いてしまったわたしを、アサギさんは優しく慰めてくれます。
頭をぽんぽんと撫でて、背中に腕を回してわたしよりも少し強い力で抱きしめてくれて。
そうしたら、アサギさんと出会ってからこれまでのことが一気に蘇ってきて、頭の中が思い出でいっぱいになりました。
初めて会った日のこと。
アサギさんはわたしのいれたハーブティーを美味しいって言ってくれて、わたしはそれがとっても嬉しかったんです。
記憶の混在の影響でアサギさんはまだ思い出せていないかもしれませんが、それでもいいんです。アサギさんの分までわたしがちゃんと覚えていますから。
確かにあったあの日のこと、わたし、絶対忘れませんから。
そして、記憶の混在が起こって二度目のはじめまして。
アサギさんと一緒に受けた最初の依頼は研修という形だったのに、見事にご夫婦の涙を笑顔に変えてしまいましたね。
アサギさんはすごいなぁって思ったんですよ
それで、わたしはアサギさんの正式採用を決めたんです。
英断でした。
アサギさんはとても気が利いて、細やかな気配りの達人で、それゆえに自分の拙さを痛感しまうことばかりで。
なんとかお役に立てないかとひらめいたのが、デスクを交換してもらうための作戦でした。
ハーブティーをいれるくらいしか他人様のお役に立てることがないわたしは、なんとかして給湯室に近い席に座りたかったんです。
ですが、急場しのぎの嘘はあっけなく見破られてしまって……、けれどわたしの意思を汲んで席を換わってくださいましたよね。
わたし、アサギさんは他人の心が読める方なんだと思ったんですよ。
その時から、ことある度に。
実は、今でも少しそう思っています。
相談者様に優しく寄り添ったり、時に怖い顔で迫ったり、隣で見ていてはらはらすることもありましたけれど、最後にはみなさんを笑顔に変えてしまう。
どんな顔をしていても、アサギさんはいつも相手のことを考えているのだと分かり、わたしは……ますますあなたに惹かれていきました。
お仕事だけじゃなく、お料理も整理整頓もお上手で、どんな人とも一言二言会話を交わせば仲良くなってしまって、多くの人から好かれている。どんなことも出来てしまうすごい人……なのに、ただ一人、アサギさんだけがアサギさん自身をあまりお好きではないような、ほんの少し……寂しそうなお顔をされている時もあって。
気が付けば、わたしはあなたから目が離せなくなっていました。
いつからでしょう。
わたしが、自然とアサギさんを視線で追ってしまうようになったのは。
どうしてでしょう。
こんなにもアサギさんのことばかり考えてしまっているのに、それに気付いていなかったのは。
こんなにもアサギさんが好きだって、どうして今の今まで気が付かなかったのでしょう。
今なら、こんなにもはっきりと分かります。
全身に伝わってくるこの温もり、アサギさんの匂い、そして――
体を離して見上げれば、同じタイミングでアサギさんがわたしの顔を見てくれました。
――その綺麗な瞳も、端正なのにどこかお茶目で可愛らしいお顔も、そのすべてがわたしにはっきりと自覚させてくれます。
「わたし、もう随分前から、アサギさんのことが好きだったみたいです」
胸にあふれる想いを伝えれば、アサギさんは優しく微笑んでくれて、その顔を見てわたしはとても満たされた気持ちになりました。
あぁ、きっと大丈夫だと、確信しました。
アサギさんと一緒なら、どんな場所でも、どんなことでもきっと楽しいです。
新聞屋さんへのお散歩も、一緒に食べる朝ご飯も、お仕事をしている時も、一息入れてハーブティーを飲む時も、おやすみなさいとその日最後の挨拶をする時も。
こんな特別な日も、予定のない日も。
どんな時でも、アサギさんと一緒なら楽しいです。
アサギさんを見ると元気になります。
昨日まではそこになかった指輪の感触がくすぐったく感じ、視線がそちらへ向かいます。
少し動かせば光を反射してきらきらと美しい輝きを放つ。
わたしの、宝物。
ほんの少し緊張しながら、指を揃えてアサギさんへ指輪を見せます。
きちんと見てほしくて。
わたしの大切なものを、わたしのもっとも大切な人に。
「ありがとうございます」
今日の感動は、生涯忘れません。
「一生、大切にしますね」
少しでも多くわたしの感謝が伝わるように、精一杯の笑顔で言いました。
そんなわたしを見て、アサギさんはにっこりと笑ってくださいました。
わたしの心臓をぎゅっと鷲掴みにするような、破壊力のある笑みに息が詰まり、そして――
「綺麗だよ、ツヅリ」
――それは、破壊力が過ぎました。
顏に熱が集まり、目の前がぽーっとして、もうアサギさんの顔しか見えなくなってしまった時、それは突然起こりました。
渦を巻くように風が吹き抜けて、ぶわっと花びらが巻き上がりました。
雪のように降り注ぐ大量の花びらがひらひらと舞い踊り、風と戯れるように風に乗って店内を埋め尽くしてしまったのです。
「……桜?」
アサギさんの呟きを耳に、目の前にひらりひらりと舞い降りてきた花びらを両手で受け止めると、それは薄紅色でハートによく似た形をしていました。
「……きれいですね」
「あぁ。そうだな」
わたしとアサギさんは寄り添い、しばしの間その夢のような光景を眺めていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます